私の散歩コースには、たくさんの物語が潜んでいる。
また新たな物語が展開した。
コースの途中に梅林がある。そこは人が滅多に入らない場所。こっそり入っていって、オオイヌノフグリを芝生がわりに、靴を脱いでしばし大の字になって寝る。今年の梅はよく香った。甘酸っぱい匂いに包まれながら、極楽を味わう場所だった。
梅の花もほとんど散ったある日、見慣れない光景に出会う。箱だ。私が寝ていた場所に、大量の縦長の箱がそこかしこに並べてある。そーっと近づくと、ブンブンと音がする。縦長の箱の下の方にある小さな穴から大量の虫が出たり入ったりしていた。
「ミツバチだ!」
それからまもなくして、道で例の箱をいじっているお兄さんを見かける。
「あれはなんですか?」
「ニホンミツバチです」
「へ~。あれがニホンミツバチ!」
初めて出会う養蜂家の方にちょっと興奮した。
ニホンミツバチとセイヨウミツバチはまるで違うらしい。いわば前者は野生で、後者は家畜。彼は野生のニホンミツバチを育て、増やしていったそうだ。なかなか難しいらしい。しかも蜂蜜の取れる量はセイヨウミツバチのそれに比べてほんのわずか。とてもじゃないがそれで生計は立てられないらしい。
「そんな生業にならないものを、なんでわざわざ?」
「。。。可愛いから。。。」
そのはにかんだ、嬉しそうな顔に、彼のニホンミツバチへの愛を感じた。
「手を突っ込んでも刺さないよ」
「え~~~」
おそるおそる群の中に指を入れる。そこに人の手があることを気にとめてもいない様子の彼ら。相変わらず忙しく働く。少しだけ触れた彼らの感触に、ほんのりこそばくて愛くるしさを感じた。
「こんなに無抵抗でいていいのかって思うくらい」と楽しそう。
それでも冬は気が立っているらしく危ないらしい。
でも分峰する頃のこの時期の彼らは大丈夫なのだそう。
人にはほぼ無害だが、スズメバチには容赦しないらしい。大きなスズメバチを大勢で囲み、熱を浴びせて殺すのだそう。この日本で長い年月を過ごして生き抜いてきた彼らの知恵なのだ。熱を浴びせてという攻撃の仕方が、なんか気に入った。
一方セイヨウミツバチは一人で戦い、散っていくという。まだ外来種ゆえにその知恵がないのだろうか。
セイヨウミツバチは、一種類の花の花粉を採取するだけだが、ニホンミツバチは、だいたい2キロ圏内の花という花を渡って花粉を採取する。だから百花蜜。なんだか素敵な響き。
お兄さんは、どこに彼らを設置するか、周りの環境を見て決めるのだそう。畑の近くには置かないそうだ。農薬でミツバチがやられるから。
その土地の植生の様子で、どんな味の蜜が取れるかわかるのだそうだ。それを見極めて設置する。すごい。
セイヨウミツバチの蜂蜜と一緒に売っていたが、その値段の違いがすごい。高い!
以前母に高知から送ってもらっていた高価な蜂蜜の比ではなかった。ちょっとビビりながら買う。
ひつ口食べてびっくりする。
口の中に複雑な味わいが後から後からあふれてきて、最後にほんのり酸味を感じる。まさに百種類の花の味がする。深い深い味わいだった。
私が住んでいるこの高尾に咲く花を採取して作られた蜂蜜だと思うと、なおさら感慨深くなるのであった。
「この仕事やりだしてから、風邪ひかないよ」とお兄さん。
ニホンミツバチの蜂蜜は、なんちゃらかんちゃらというものが、なんちゃらかんちゃらで、、、。
まあ、早い話がその栄養価は相当高いそうだ(思いっきりはしょりました)。
昨日スタバでサンドイッチを買って、ダンナと二人そこに行くと、お兄さんにまた出会った。
初めて出会った養蜂家の彼に、ダンナは彼の蜂蜜の美味しさを、アランデュカスのチョコレートに匹敵する!と、褒め称えた。蜂蜜の味と、彼の真摯なたたずまいが繋がって、心打たれたようだ。
ブンブンと大量のハチが乱舞する中で食べたサンドイッチは、幸せな味がした。あのブンブンという音は、心のどこかを動かすようだ。お兄さんはこの音をいつもきいているのだなあ。
夕方、庭に咲くルッコラの花に、足に大量の花粉をつけたミツバチが忙しく動き回っていた。
きっとお兄さんのところのミツバチだろう。
今年の秋にはまた新たな蜂蜜ができる。
蜂蜜に変化したうちのルッコラの花を味わえるかも。。と思うと心踊る。