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2024年9月8日日曜日

写真集の作業

 




先日8月12日に、写真家である私のダンナ海沼武史が、

自身の写真集を出すために募った寄付金は、

8月の末の時点で目標額に達し(現在44万円)、

写真集の印刷に向けて動くことになりました。


その日から次々にご連絡をいただき、

愛の思いを皆様から受け取って、感動の日々でした。


これも皆様が賛同してくださったおかげです。

この場をお借りして心より御礼申し上げます。



さて海沼の写真の編集も終わり、私の出番となりました。

私はイラストレーター、デザインはほんのちょっとかじっただけで、

デザインと言えるほどのものはできないかと思いますが、

せめて作品の邪魔はしないようにレイアウトできればと思っています。


100点以上の作品が入った写真集が2種類。

そのレイアウトと版下作業の大変さを今身に染みて感じております。





今回の彼の写真集は独特のものがありました。

いわゆる綺麗どころの作品を寄せ集めた写真集ではなく、

大きな物語がそこにありました。


一つはこの人間の世界の死について。

もう一つはこの世界にいながらにして垣間見える生命/神への賛歌、喜び。


一点一点の作品と向き合い作業をしていると、

絶えず流れている彼の音楽が聴こえます。

彼は音楽家でもあるので、彼の中に流れている音が、

その時の写真ひとつひとつに入り込んでいるようです。


1冊目『廻向/transfer』は、

彼の作品の中に「死」を予感させつつも、

その根底に流れる慈悲の思いが見るものの心を静けさへと引き込みます。


見終わった時、一つの壮大な映画を見たような気になる人もいるかもしれません。

あとがきに出てくるチャプターの説明は、

その作品ができた背景を思い起こさせ、さらに説得力を増すでしょう。


2冊目『奇蹟/ Lumière』は、

そのタイトルどおり「光」です。

光によって生命が満ち、愛の思いがその絵に定着されています。

物語などない一瞬の出会い、そして永遠の喜びにあふれています。


言葉ではなかなか言い表せないので、

皆さんが手にとって見てくださるその時を心待ちにしています。



今回の写真集つくりにあたって思うことなど、

海沼が久々にブログに綴っております。

もしよろしければご覧ください。


そしてそれとは別に、写真の販売も始めました。

今回のものはフレームディレクターである中村明博氏との共演。

全て一点ものです。

彼がプロディースしたフレームの魅力もご堪能ください。



海沼武史のオンラインショップです


2023年11月21日火曜日

オンラインショップ始めました





 ニューヨーク時代に、数々のラブロマンスやミステリーの表紙の仕事をしてきた。


その頃の手法は、今のパソコンでの仕事と違い、
紙を切って貼るというアナログな手法。

ファンシーペーパーという色がついた紙を絵の具がわりに使っていた。


一口に「色がついた紙」といっても、色紙じゃない。

ありとあらゆるテクスチャーがついたラブリーな紙なのだ。

マーメイド、レザック、ツムギ、岩はだ、などなど個性豊かな存在感のある質と色がある。

それを細いシャープなカッターで切って、貼っていく。


渡米する時、日本の紙屋さんであらゆる紙が揃ったのだから、

きっとアメリカにもあるだろうとタカをくくっていたが、実際住んでみてびっくりした。

ない!全然ないのだ!

そりゃあ、さすがアメリカ、中にはチベットの紙など、

なかなか手に入らない面白いものもあることにはあるが、色もお粗末なら、質も悪い。


ある日、ソーホーに新しい紙専門の店ができた。

喜んで出かけてみると、なんとそこで高級な紙として売られていたのは、

全部私がいつも日本で買っている紙だった(笑)。


結局、紙問屋の竹尾さんからまとめ買いをして、船便で大量に送ってもらい、

アメリカで日本の紙を使いながら制作をしていたのだ。


さて、その紙は日本からアメリカに送って、

そして帰国の際また日本にその紙は戻ってきたが、

まだその紙たちは色褪せない。

日本の紙の質の高さは、その昔の和紙の時代から脈々と受け継がれてきている。




そしてあの頃、ラブロマンスといえば、

「風と共に去りぬ」の劇画タッチのイラストが主流だったアメリカ。

マッチョな男性がか弱い女性を抱きかかえるという保守的なイラストが主流だった世界。


それが面白くねえなあ~と思い、逆に女性が男性をリードしていくというやり方、

そして大胆でポップな絵で勝負したのが私のイラストだった。

これも紙を切って制作すると、シャープなラインが出るという相乗効果を出していた。


あの時、先見の目で私のイラストを選んでくれたアートディレクター・Gailに心から感謝する。



さて前置きが長くなりましたが、

ニューヨークで制作してきたアメリカのペーパーバックの表紙ために作られた原画を、

オンラインにて売ろうと思いました。


テクスチャーの面白さは、オンライン上でどこまで伝わるかがわからない。

印刷物になっても、その切り絵としての魅力は、実際原画を見てもらわないとわからないところが、もどかしいところであります。


もしご興味があれば、ご一報ください。


URL:TSUKUSHI ART WORKS STORE











2018年10月23日火曜日

野葡萄



信号で待っていると、土手に生えた草に目がいった。
秋がだんだん深まって、植物たちがその姿を変えはじめている。

すこし黄色がかってきたイタドリの緑の葉っぱが、赤い水玉模様を作っていた。あいらしさにおもわず見入る。あっちにもこっちにも。

緑一色から、赤い水玉模様に服装を変えたイタドリの葉っぱたち。モスグリーンの地の色に、レンガ色の大きな水玉模様を大胆にあしらった、ウールのコート。
茎や葉脈が赤く、それがなぜか赤いヒールを思わせる。
まるで芯の強いOLみたい。

その横には季節外れのよもぎが凛と立っている。
青みがかった緑色のスーツを着た中年の紳士のよう。

勝手な妄想の中、じーっと草たちに見とれていると、信号が青に変わっていた。あわてて渡る。


柿の葉っぱなんか、芸術家の極みだ。もうどの葉っぱを手にしていいかわからなくなるほど、最高傑作だらけ。葉っぱの一枚一枚に向かって、その美しさをほめたたえたいぐらい!でもそんなことしてたら、日がくれちゃうね。

いつもこの美しさをぐっと所有したくなる衝動にかられる。
けれども家に持ち帰ったかれらは、ほどなくその美しさを終らせていく。
それもまた潔いかっこよさ。


だからじーっと目に焼き付ける。
あんたらの美しさをどれだけ味わっているやつがいるか、わかってる?
ここにへんな一人の人間がいること、かれらは知っているのかなあ。
まあ、そんなことへともおもわず、かれらはかれら自身がその美しさを謳歌しているのだろう。



今日の作品は先日制作した野葡萄。

わたしの絵の生徒さんが、昔スケッチしたという水彩画の野葡萄の絵を見せてくれた。それがとても強烈な印象を私に残した。
ふしぎなカタチの枝、葉っぱ、カラフルな野葡萄。

私は植物の正しいカタチを描くことが苦手。それはいくら正しく描こうとしても、かれらの調和のとれた美しさにはかなわないのだもの。
だから私は私の印象で、かれらを表現してみたい。
それは今日であったイタドリのOLさんのように。


2017年10月25日水曜日

緑色にあえた


洋紙、ファンシーペーパーを使って、絵を制作していた頃、どうしても行き詰まった色があった。

緑色だ。

どの緑色の紙を見ても、山にあるあの緑色じゃない、植物がもつ、あの緑色じゃない。。。と、いつも「うっ。。。。」と、妥協しながら緑の紙を置いていた。

それが和紙を使うようになって、やっと緑色にあえている気がしている。
私が日頃見ているあの、緑色だ。


植物が放つ色は、緑といっても、きっと光とともにある色だ。
生きている色だ。
自らが放つ色だ。
それを紙で再現するのは難しいのかもしれない。しかし和紙を何枚も重ねて、複雑な風合いにしていくうちに、かれらの色に近づいているのを感じる。
奥深い色合いになる喜びを感じる。洋紙はべたっとした色だった。それ以上でもそれ以下でもない色。


そうだ。おもいだした。
もともと美大の授業で、べた塗りがへたくそで、それがコンプレックスになって、塗るのが嫌いになってたんだ。
「あ、最初っからべた塗りされたいいヤツがあるじゃないかこれだー!」
といって、嬉々としてべた塗り洋紙を使ったんじゃなかったかい、おい。

それがいつのまにか、べた塗りキラーイの、最初に戻っただけじゃんw
何だ。もともと「べた塗りへたくそ」でよかったんじゃね?

いんやいんや。
その時代があってこその今なのだ。
嵯峨美のせんせー、ありがとー。(いやみか?)

でも最初の違和感があってこそ、「緑」にこだわった。
緑色とはなんぞや???という、奥深いところにまで意識がおよんだ。

色を塗る。
その上に薄い和紙をかける。
もう一枚別の色かける。
そうやってやるうちに、複雑な色合いになる。ホンモノの色に近づく。
そういう醍醐味が和紙にはある。

今、ちょうど山の緑は別の色に変化しようとしている。
その途中経過が、なんともいえず美しい。
雨にぬれるかれらの世界をただただながめ、目に焼き付ける。

上の絵:「アケボノソウ」/和紙、水彩、色鉛筆
友だちが撮ったアケボノソウの写真がとてもきれいで感化されて作った作品。小さな世界に宇宙があった。

下の絵:「むかご」/和紙、水彩、オイルパステル
庭の桜の木に絡み付いた山芋のつる。

2017年9月14日木曜日

今日の一枚「ドイツトウヒ」


今日の一枚。
「ドイツトウヒ」

我が家の庭に、年々巨大化する一本の樹があった。
ドイツトウヒ。

アルプスの少女ハイジのお家の後ろにある巨大な樹。あれあれ。
引っ越して来たころは、小さな樹だったのに、12年このうちに住むうちにどんどん成長して、庭全体をおおいつくさんばかりになった。
台風が来て倒れたらえらいこっちゃ。気になってしょうがなかった。

ある日、家に帰ると、庭の様子がちがう。なんだかすっきり。
なんとダンナがあの巨大な樹の枝をことごとく、たった一人で切ったのだ!
さすがに根元までは切れないようで、そのまま放置。

しばらくして、その樹に山芋のツルが登って来た。
命を全うしたドイツトウヒは、今淡い若草色の衣装をまとう。
その姿が美しい。思わず絵にする。

素材/和紙、水彩、色エンピツ、オイルパステル


2017年9月2日土曜日

今日の1枚「夏の終わり」


今日の一枚。
「夏の終わり」

春、我が家に夏のカーテンゴーヤの代わりに、キュウリの苗を植えた。手づくりのネットに絡みながらひょろひょろと上に登って行く。

肥料も何もない庭で、一生懸命キュウリをならせてくれた。
絵の中の一個のキュウリは、彼が残りの力を振り絞って今作ってくれているものだ。

黄色くなって行く葉っぱがなんともいえず味わい深い。
生命力の美しさもいいが、枯れていく美しさは、心に響く。

和紙、水彩、色鉛筆、オイルパステル

2017年8月6日日曜日

最近の和紙の作品たち



「飛び石」
和紙、水彩、オイルパステル、色鉛筆
いつもながめている庭に飛び石がある。
夏の午後、その石をテーブルにして、コーヒーやビールを飲む時間が好きだ。
草たちが自身の姿を誇るように、石の上をはう。
一瞬、飛び石が舞台になり、草たちがその上で踊っているようにみえた。





「紫色の木」
和紙、水彩、オイルパステル、色鉛筆
アスファルトの道から、一歩森の中に入ると、
すっと涼しい風がほほをなでる。
杉林に入ると、また一段と温度が下がる。
その青い空気感を作品に。




「ホタルブクロとドクダミ」
和紙、オイルパステル、水彩、色鉛筆
どちらも地味で花屋の店先にはけして並ばない花。
だけどすごく個性的。
野の花には、こういう個性的なものが多い。
それを和紙で挑戦してみる。
和紙は何でも味わい深くする。




「ドクダミ」
和紙、水彩、オイルパステル、色鉛筆
我が家の玄関口に今年はいっぱい咲いたドクダミの花。
名前だけ聞くと、ドキッとするような響きだが、
この花をひそかに愛する人は多い。
葉っぱといい、花といい、すべてはキュンとするようなカタチをしている。
しかしいったん手に取ると、独特のにおいが。。。
このコントラストを表現してみたかった。







「夏」
和紙、水彩、オイルパステル、色鉛筆
和紙はいろんな表情を見せる。
強烈に薄い和紙、強烈に分厚い和紙、
透明で、不透明で、その表現は縦横無尽。
私はそれをカッターで切り、ちぎり、その効果をためす。




「春」
和紙、洋紙、オイルパステル
一本の木で春を表現できないかとおもった。
架空の木。山が笑ふように、木もまた笑ふ。




「針葉樹」
和紙、洋紙、オイルパステル、水彩
家の前には、スギとヒノキの林がある。
針葉樹はどこかつっけんどんだけど、
心の中はあったかい、だれかさんのよう。
それをイメージしながら、思うがままに色を置いてみた。





2017年7月6日木曜日

エンヤではんにゃ


紙絵の教室が細々と続いている(笑)。

先日、初老の男性が生徒さんとして入って来られた。
教室で絵の素材は、だいたい花や季節ごとの風情だが、男性に花の絵もなんだかなあ。。。

ふと能面はどうかな?とおもった。

「能面か。いいなあ」
と気に入られ、小面と、翁と、般若の写真を見せる。

「どれがやってみたいですか?」
と聞くと、
「般若!」と、即答。
「は、はんにゃっすか。。。w」

彼に下書きからはじめてもらったが、線画とちがい、紙で切ることを前提にする下書きは、ちと難し過ぎた。
それでも面で構成することを念頭に入れてもらいながら、私が手直しし下書きができた。
それを元に紙を切りはじめる。
どこにどんな色を置くか、影はどうつけるか。
はじめて紙で切るには、かなり難しい素材を選んでしまった。
時間内にはおさまりきれないので、次の教室で続きを制作してもらうことに。

お手本なしでは彼もイメージがわかないので、彼の下書きを元に、センセーの私は般若を仕上げて行く。

さっき般若の絵が出来上がった。

「エンヤ聞きながら、般若かい」
ダンナが二階から降りて来てつぶやいた。

エンヤを聞きながら、般若の絵を作っていた私。
全然気がつかなかった。

「やっぱ、エンヤの音は植物だよなー〜〜〜!」
とか感心しながら聞いていた。

じぇんじぇん合わない?

エンヤではんにゃつくりました。

どお?




2017年5月4日木曜日

Tsukushi in the Tree



野良作業ばっかりやってるみたいですが、いちおー絵描きです。

和紙と洋紙で絵を描いてます。
「紙絵」と呼んでます。

GW中、ダンナが動画を作ってくれました。

「樹」のシリーズです。

2014年3月24日月曜日

展覧会「裏高尾の不思議な仲間たち」


久しぶりに展覧会を開きます〜。

ここ高尾にこしてきてからとゆーもの、なんとな〜く脳裏にちょこちょこ見え隠れするへんなイキモノたちを描きます。妄想おばばのやまんばは、頭の中で勝手に物語がシンコーしてしまい、一人ほくそ笑んでおる毎日であります。

そして今回は線画!ついに私の地の部分満開でございます(きゃ〜っ、はずかしーっ)。

じつはもともとこんな世界を描いては、
「こんなものイラストレーターの仕事ではないわい!」
と、押し入れの中にしまい込んで誰に〜もみせないよーにして、しらん顔して過ごしておりました。

しかし日々自分の心の中をのぞき、だんだん自分の世界観を掘り下げていくにしたがって、どーしてもこれを出したくなったわけであります。
どこまで自分にショージキになれるかを追求すると、こーゆー事態になるのですね。
それにこのブログでもじょじょにこの世界を描きはじめているので、自分でもテイコーがなくなったのかもしれません。いやいや、まさにこのブログさまのおかげです。

お近くに来られましたら、ぜひお越し下さい。
作者は毎週日曜日、午前中から2時頃までふじだなさんのおいしいコーヒーを飲んでおります。
みなさまにお会いできるのをたのしみにしております〜。


2012年5月29日火曜日

キモかわいいキャラ展ぜよ




いつもおなじみのふじだなさんで、来月個展をやります。
今回は「ちょっときもくて、かわいい、キャラクター」作りました。
つくしが見て見ないフリをしている、ここら近辺に生息するイキモノたちを公開してみました。

高尾山を眺めながら、おいしいコーヒーをすすりながら、つくしが描くみょ〜な世界に逃避してください(笑)。

やまんばは暴走する!(あ、いつものことか)