明け方不安で目が覚めた。
何が不安って、やっぱり未来。
もうすぐやってくる老い、病、死。
でもその前に経済。
未来はもう恐れしか見えない。
布団の中でいくらもがいても、
どう計画立てようとも、
その不安が全く解消されることはない。
そうだ。
形のないもののところへ。
この世界の背後にある、まったく形のない何か。
とてつもなく大きな何か。
今もそれに包まれている。
満ちている何か。
そこに意識を向けた。
すっと不安が消えた。
穏やかで優しく、満ち足りた静けさがそこにあった。
ああ、そうだった。
答えはここにあった。
何が答えかを知るための感覚は、
心が穏やかになる、喜びが広がる。
この感覚を覚えておくと便利。
そっちに向かっておくれというメッセージだ。
不安とはこの世界のもの。
人という形、社会という形、ルールという形、形、形、形。
その形をどう変えようともがいても、
絶対的安心はない。
そのことを知るために、私は苦しんできた。
この世界に生きる私の絶望を徹底的に味わい、
そこに解決の道筋はないとはっきりと知るために。
ここに一枚の絵があるとする。
それは神の子の心だとしよう。
神の子はそれを小さくちぎってバラバラにした。
その小さな絵のかけらの一つが自分だと思った。
かけらとかけらの間の隙間を「これは自分の体だ」とした。
その小さなかけらの中に、小さな心を入れて、
その心に「この小さなかけらが自分だ」と思わせることにした。
元は一つの心なのに、ちぎってバラバラにすることで、
「自分以外の体の心はわからない」ことにした。
そしてその小さなかけらは弱く限界があって老いて死ぬことにした。
その小さなかけらは病気にもなる。
病気になることでさらに他の存在とバラバラになっていった。
だがそのちぎったと思っていた絵は、ちぎられてはいなかった。
ちぎることさえできないものだ。
ちぎったという夢を見た。バラバラになったという夢を見た。
その夢がこの世界。
バラバラで心は不安に満ちて、
自分一人でサバイバルしなければ生きていけない、
この冷たい世界に一人置き去りにされた、
たった一人ぼっちの私という夢。
それは自分をずっといじめていたんだ。
小さな自分、弱い自分、ダメな自分、生きていくのが下手な自分
という設定にして。
このちぎられた小さなかけらが自分だと思うことにして。
「私は体ではない。
私は霊だ。
私は自由だ。
私は今でも神が創造したままの私だ。」
コース言葉は、最初はチンプンカンプン。
そしてある時、ふとその言葉を理解する。
そしてその感覚を忘れる。
そしてまたある時その言葉をさらに理解する。
そしてまた忘れる。
そしてまたある時、その言葉を以前よりもさらに理解する。
そして徐々に浸透し始めるけど、
また忘れてかけらに戻る。
そしてまた以前よりさらに深く理解する。
そしてそれを頻繁に思い出すようになる。
そこに至っていない自分を嘆く。
そしてある時、それが自分の事だったんだとはっきり理解する。




