2026年4月11日土曜日

ごとごとと音を立てて変わり始めている

「山笑ふ」

 

「久しぶりに一緒に散歩に行こう」

「やだ。嫌だけど無理やり行ってやる」


前の日にケンカ。私はひきずっていた。

一緒に歩くのも嫌でだんだん距離が出る。

100メートル離れて歩く。

途中でダンナが振り返る。


「歩くの辛かったら引き返すよ」

「いい!先行って!」


山の中に入り川に降りてボーッとする。

思いっきり罵倒してやったらスッキリするんだろうかと思い、

大声で怒る。

どれだけ頭にきたか訴える。

山の中だから誰にも遠慮しない。


山歩きの人が私たちを覗く。

知り合いが声をかける。

「私たちは今ケンカしてるの!」

「そうは見えない」と笑った。


私が怒っている間、彼はニヤニヤしている。

それに余計腹がたつ。


川に渡された太い木を伝って彼が川の反対側から戻って来るとき、

「そこから落ちて頭打って死ね!」

とまで言ってやった。

「そんなことでは死なん」

と笑う。


帰り道、あんだけ心の中の思いを吐き出したからスッキリするかと思いきや、

全然スッキリしない。

「ふん、そんなもんか。。」

と、トボトボ歩く。

もちろん一緒には歩かない。




でも歩きながら、

彼のタフさに気がついた。

私が怒っても、笑っている。

前は一緒になって怒り返していた。


タフなところは心だけじゃない。体もタフだ。

しんどいしんどいと言いながらも仕事に行かないことはない。

寝込むこともない。

なんだ。ちっとも弱かねえじゃねえか。


この「弱くない彼」

というキーワードがなぜか私を揺り動かした。

私を安心させた。

つまり彼に気を回す必要がなかったということに気がついたのだ。


以前は彼が疲れていないか密かにチェックしたり、

機嫌悪くさせないようにしようとか、

やたらと気をまわしていた。

それが「ほっといてもこいつは大丈夫」という立ち位置に変わっていったのだ(笑)。


彼のすっとんきょうな行動にもびっくりしなくなった。

というよりも笑って受け入れられる。

「なんだそれ。おもろいやんけ」




すると今度は彼がおかしなことを言い始めた。

「俺、今まで欠乏ばかりを見てきたと気がついた。

それ、いくら眺めたって欠乏は埋まらないよなあ。

それよか、俺は今まで好きなことやれてきたよなあ。

好き勝手やらせてもらえてた~。

それって祝福されてるんだよなあ。ありがたや~」


こういう話は、他人がどんなに口すっぱくいっても理解できるもんじゃない。

理屈でわかったって、それは本当の理解には繋がらない。

自分で「わかる」ことでしか本当の理解にならないのだ。


一体どこでこんな風に変化が始まったのかわからない。

劇的な啓示があるわけでもなし。

何かのきっかけがあるでもなし。


ただゆっくりと、自然に、知らないうちに、

しかし明らかに、ごとごとと音を立てて、何かが変わり始めている。


毎日が愉快になっていく。








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ペーパーバックの表紙を制作した原画のオンラインショップです


2026年4月7日火曜日

この世のことは放っておきなさい

「夜のハス」

 

意識しているとしていないとにかかわらず、

人は常に自分の非を恐れている。


昨日歯医者に行った。

自分の歯に異変を見つけられると、

何か悪いことをしたような気分になる。


甘いもの食べ過ぎたからだ、

不健康な生活しているからバチが当たったんだ。。

きっと自分は悪いことをしたに違いない!と心の中がざわつく。


銀行のお金が減っていくのもそうだ。

今日より明日、明日より明後日と、

徐々に減っていくお金が、

私の罪をさらに大きくさせる。


あまりの苦しさにいっそゼロになってしまった方が楽かもしれないと思う。


完全にゼロになったら、

日々罪が重なるよりマシ。

大罪を受け取ってせいせいするかもしれない。


試しに想像してみる。

今、完全にゼロなら。。。?

きっと今この時を味わうだろう。

もし5億円銀行にあったら?

きっと同じだ。今この時を味わう。


おかしな話だ。

徐々に減っていくという恐れが消えた時、

ゼロでも5億でも同じように今を味わうなんて。




人の苦悩は大体三つにある。

お金、健康、人間関係。


私の人生の苦悩の大半はお金だ。

フリーランスには常につきまとう不安。

そしてそのうち体が言うことをきかなくなり、健康へとシフトするのだ。

そして病院や施設で今度は人間関係に悩まされ。。。。

パターンは読める。



プルプルと震えるちりめんビブラートのような恐れが私を襲う。

取り除こうともがいてももがいてもその恐れは消えない。

お金がなくなる、私は罪を犯した。大罪だ。この罪は消えない。。。


この恐れはお金を稼ぐことで解決することではない。

お金が入るという結果でホッとすることをやっている限り、

その恐れはまたやってくるのは目に見えている。

でもどうやってこの恐れを取り除くのだ。。。


凄まじい苦しみの中で必死に聖霊に頼む。


どうか教えて欲しい。。。

どう見ればいい?

あなたの見方を教えてください。。。


ひたすら祈り続ける。

長い時間が過ぎた。



ほんの一瞬、言葉が浮かぶ。


「じっと黙って、静かにする。。。」


先日読んだコースのテキストの中に出てきた言葉だ。


そうだった。。。



私は恐れの中で、じっと黙った。

じっと静かにした。


闇が静まった


真っ暗な中で、チリチリと震えていたちりめんビブラートは

し。。。。ん。。。

となった。





ただ、じっとしていた。


そして気づいた。


この世界にべったり張り付いていた私を。


今、まったく違うところに立っている私を。


この世の道理とは関係ないところにいる。


そういうことだったのか。



あの夜からお金への恐れが消えた。

状況は何一つ変わっていない。

またいつでも戻ってくるかもしれない。

それでもいい。



一つギフトがあった。

不意にお金が入った。

額は小さいけれど、

これはメッセージだ。




「この世のことは放っておきなさい。

わたしがちゃんとする。」



そう言われていると感じた。





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2026年4月5日日曜日

赦せない私

 

「夜の梅」

いつもの散歩コースに、

トレイルランの人々が走るようになってきた。


コロナあたりから増え始めた。

土日は大勢走ってくる。

すぐ川の向こうに車道があるのにそっちは走らない。


それまでは山登りの人々や四季折々の山野草を楽しむ人々が歩く、

ゆったりと落ち着いた場所だった。


一人ぐらいしか歩けない細い遊歩道を後ろから走ってくる。

私は脇の斜面に身を避ける。

あるいは崖すれすれに立って通り過ぎるのを待つ。


お礼を言う人もいれば言わないで走り去っていく人もいる。

団体だったり二人で走ってくるときは、皆大声で話しながら走ってくる。



日々変わっていく足元の小さな風景や木々の変化を

味わいながらのんびり歩いているのに、

それを蹴散らされているような気分になる。


なんかいやだ。


赦そうと努力する。

でもどうしても赦せない私がいる。


それは私が走れない罪悪感から来ているのか。

ジムで練習して走れるようになったら、彼らを赦すことができるのだろうか。

でもそれも違う気がする。


奇跡のコースは私が走れようが走れまいが、

彼らを赦すことを促している。



最近、遊歩道の入口にトレイルランをできるだけ控えてくれるよう看板が出た。

このエリアの自然を守っている団体だ。

しかしいつの間にかその看板も雨にさらされて

何を書いているのかわからない状態になっている。


昨日、あまりの多さに声をかけた。

「すいません、ここ、トレイルラン禁止の場所なんです」

最初に声をかけた男の人は、

「あらっ、そうなの?知らなかったわ。ごめんなさい」

と、ほおに両手を当てた仕草が可愛かった。


それから次から次に声をかけた。


だがだんだんいやになってきた。

これいつまで言い続けるんだろう。


走っている人は悪者で、歩いている人は善人。。


私はトレイルランをしている人を敵にしている。

自分と他人を完全に分離させている。


こうやって書くことで、トレイルランをしている人が浮き上がってくる。

人は何かにフォーカスすると、

それを肥大化させて、さらに実在させる。


人が敵を外に見るのは、

自分に罪があると信じているから悪い人を外に置くのだ。


そしてその人に

「お前が悪い!お前には罪がある!」

と宣言することによって、

その時だけ自分は無罪になると信じている。


だから私はトレイルランする人に罪をなすりつけている。


だが罪があると言った瞬間、自分に罪があると宣言している。


罪は罪を作る。


どっちかが有罪でどっちかが無罪。。。

なーんてことはドラマの中の設定でしかない。


事実は、誰かに罪を見た時、同時に自分に罪を与えている。


これは本当にきつい。

最初そのことを知識で知った時、まさかと思った。

しかし今はそれが事実だとわかる。

私は罪に魅了されているのだ。


罪があると信じている以上、その罪を手放すことはできない。


罪を握った手を緩めることはできない。


だから私はじっと見る。

罪を手放そう手放そうとあがいている私を見る。


じっと黙って静かにそこにいる。


じっと黙って何もしない。








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