資金も底をついてきた。
この世は幻だ。ここに価値はない。
起きてくることに身を任せ、
お金もなくなりホームレスになるのが運命ならそれでいいではないか。
どのみちこれは幻想だ。
と、言い聞かす。
でも心がいう。
このまま死んでもいいんだろうか。
いや。このままじゃ死ねない。
やれるとこまでやってみる。
久しぶりに営業に動く。
今まで出版社やデザイン事務所、
ニューヨークではそれプラスイラストレーターエージェントに営業をしてきたが、今回は画廊。
自慢じゃないが数々の門前払い、無視、お断りの経験を積んできたから、
営業といえば辛かった思い出ばかりがよみがえる。
今は昔と違ってメールでやりとりができる。
作品を持って行ったり、作品ファイルを送ったりという手間は省けるが、
相手の反応がちっともわからない。
それでもお断りの返事をくれるだけの丁寧さがあるところはありがたい。
営業が好きな人っているんだろうか。
作品に自信を持って送っても、
まったく場違いだったり、
「あんたどこに絵を見せてんの?」みたいな反応があると、
私バカなんちゃうか?と落ち込む。
どんどん落ち込んでかなり辛くなってきた。
いったい何十年同じことを繰り返してきたんだ。。。40年?
そしていつも同じ反応だ。
自分の無能さがほとほとイヤになる。
惨めだ、ひとりぼっちだ、もうイヤだ!
これは私に何を教えてくれようとしているのだろうか。。。
私の中に
営業の失敗=私が間違っている/無能
お金がない=私のやり方が間違っている/無能
という法則があった。
有名な人は正しい営業をして、
お金持ちは正しいやり方をした。
という法則。
つまり私はひたすら間違った無能な人生を送っていることになる。
確かにそう思っている。
この信念は正しいんだろうか。
それは自分の価値を人に渡していることになる。
仕事が決まれば自分の作品もしくは自分という存在に価値があるとされたことになり、
仕事にならなければ自分には価値がないということになる。
自分の存在価値を外に渡している。
たとえ仕事が決まったところでそれはひとときのものだ。
決して長続きはしない。
そしてまた自分の価値を求めて外をさまようことになる。
自分の幸せは他人次第。
そんなことをやっている自分がいた。
この世は幻想どころか、あきらかにこの世を実在させていた。
知覚に完全に振り回されている。。。
営業に失敗しようが成功しようが、私は幸せ。
お金があろうがなかろうが、私は幸せ。
知覚ではなく、知識を思い出す。
私という存在が、
ただそこにあるだけで価値がある。
正真正銘そこに行くために、
私はこの出来事をひき起こしたのだ。
夜3時に目が覚める。
窓を開けると目の前に、
満開の夜桜が満月を浴びて輝いていた。
心の中に緑あふれた草原が広がっている。
私はそれを自分の中に
どんどんどんどん取り込んでいく。
私という存在が、
内側から大きく膨らんでいくのを感じていた。




