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2020年4月7日火曜日

高尾の蜜




私の散歩コースには、たくさんの物語が潜んでいる。
また新たな物語が展開した。


コースの途中に梅林がある。そこは人が滅多に入らない場所。こっそり入っていって、オオイヌノフグリを芝生がわりに、靴を脱いでしばし大の字になって寝る。今年の梅はよく香った。甘酸っぱい匂いに包まれながら、極楽を味わう場所だった。

梅の花もほとんど散ったある日、見慣れない光景に出会う。箱だ。私が寝ていた場所に、大量の縦長の箱がそこかしこに並べてある。そーっと近づくと、ブンブンと音がする。縦長の箱の下の方にある小さな穴から大量の虫が出たり入ったりしていた。
「ミツバチだ!」

それからまもなくして、道で例の箱をいじっているお兄さんを見かける。
「あれはなんですか?」
「ニホンミツバチです」
「へ~。あれがニホンミツバチ!」
初めて出会う養蜂家の方にちょっと興奮した。

ニホンミツバチとセイヨウミツバチはまるで違うらしい。いわば前者は野生で、後者は家畜。彼は野生のニホンミツバチを育て、増やしていったそうだ。なかなか難しいらしい。しかも蜂蜜の取れる量はセイヨウミツバチのそれに比べてほんのわずか。とてもじゃないがそれで生計は立てられないらしい。

「そんな生業にならないものを、なんでわざわざ?」
「。。。可愛いから。。。」
そのはにかんだ、嬉しそうな顔に、彼のニホンミツバチへの愛を感じた。

「手を突っ込んでも刺さないよ」
「え~~~」
おそるおそる群の中に指を入れる。そこに人の手があることを気にとめてもいない様子の彼ら。相変わらず忙しく働く。少しだけ触れた彼らの感触に、ほんのりこそばくて愛くるしさを感じた。
「こんなに無抵抗でいていいのかって思うくらい」と楽しそう。
それでも冬は気が立っているらしく危ないらしい。
でも分峰する頃のこの時期の彼らは大丈夫なのだそう。


人にはほぼ無害だが、スズメバチには容赦しないらしい。大きなスズメバチを大勢で囲み、熱を浴びせて殺すのだそう。この日本で長い年月を過ごして生き抜いてきた彼らの知恵なのだ。熱を浴びせてという攻撃の仕方が、なんか気に入った。
一方セイヨウミツバチは一人で戦い、散っていくという。まだ外来種ゆえにその知恵がないのだろうか。

セイヨウミツバチは、一種類の花の花粉を採取するだけだが、ニホンミツバチは、だいたい2キロ圏内の花という花を渡って花粉を採取する。だから百花蜜。なんだか素敵な響き。

お兄さんは、どこに彼らを設置するか、周りの環境を見て決めるのだそう。畑の近くには置かないそうだ。農薬でミツバチがやられるから。
その土地の植生の様子で、どんな味の蜜が取れるかわかるのだそうだ。それを見極めて設置する。すごい。


後日、彼の蜂蜜を買う。
セイヨウミツバチの蜂蜜と一緒に売っていたが、その値段の違いがすごい。高い!
以前母に高知から送ってもらっていた高価な蜂蜜の比ではなかった。ちょっとビビりながら買う。

ひつ口食べてびっくりする。
口の中に複雑な味わいが後から後からあふれてきて、最後にほんのり酸味を感じる。まさに百種類の花の味がする。深い深い味わいだった。
私が住んでいるこの高尾に咲く花を採取して作られた蜂蜜だと思うと、なおさら感慨深くなるのであった。

「この仕事やりだしてから、風邪ひかないよ」とお兄さん。
ニホンミツバチの蜂蜜は、なんちゃらかんちゃらというものが、なんちゃらかんちゃらで、、、。
まあ、早い話がその栄養価は相当高いそうだ(思いっきりはしょりました)。




昨日スタバでサンドイッチを買って、ダンナと二人そこに行くと、お兄さんにまた出会った。
初めて出会った養蜂家の彼に、ダンナは彼の蜂蜜の美味しさを、アランデュカスのチョコレートに匹敵する!と、褒め称えた。蜂蜜の味と、彼の真摯なたたずまいが繋がって、心打たれたようだ。

ブンブンと大量のハチが乱舞する中で食べたサンドイッチは、幸せな味がした。あのブンブンという音は、心のどこかを動かすようだ。お兄さんはこの音をいつもきいているのだなあ。


夕方、庭に咲くルッコラの花に、足に大量の花粉をつけたミツバチが忙しく動き回っていた。
きっとお兄さんのところのミツバチだろう。
今年の秋にはまた新たな蜂蜜ができる。
蜂蜜に変化したうちのルッコラの花を味わえるかも。。と思うと心踊る。





2017年10月9日月曜日

おもひでの「カレーせん」


5時で〜す。
麦汁プッシューッ!

今日は100円ショップで買ってきた、カレーせんがおつまみ。

思いだすなあ。ちっちゃいころ。
風邪で熱だしてたらおかーちゃんが、
「なんか食べたいもんある?」
ってきくから、
「ウン。。。坂の下の駄菓子屋さんのカレー味のおせんべ、たべたい。。。」
「よっしゃ、わかった!」

かーちゃんは、カレー味のお煎餅を買ってきてくれたんだが、
なんと当たりくじを引いて、いつもの倍以上のカレーせんを紙袋いっぱいにして、もって帰って来てくれた。
「おいし〜い。。。」
熱でうなされながら食べたことを思いだす。

あれが忘れられなくて、毎朝「熱でんかな。。。」と、楽しみにするも、
いっこうに風邪も引かず、今にいたる。


2017年3月8日水曜日

モチ粉ケーキをつくってみた



むかーし、ニューヨークで「モチ粉ケーキ」とゆーものを作って、毎日食べていた。

なぜかっちゅーと、あっちじゃ大福は贅沢品。ときどきジャパニーズグロッサリーにいって、憧れの高ーい大福を買ってきては、その一瞬だけ味わって終わりだった。

そのフラストレーションを解消してくれるモノが「モチ粉ケーキ」!

アメリカのスーパーに安く売っているモチ粉に、牛乳やら、小豆やらをまぜまぜしてオーブンで焼くだけのシンプルなお菓子。だけどまわりのカリカリにこげたのと、中のモッチリした感触が絶妙なお菓子だったのさ。

一度作っては、小分けにして冷凍庫にいれ、そのつどオープンで焼き戻して、カリッカリのもっちもちにして、それが朝ご飯。

今日はなぜか上新粉があるのを思いだして、モチ粉の代わりに上新粉で(なんと贅沢な)、モチ粉ケーキもどきをつくってみたわけさ。

ダンナが仕事から戻ると
「お!モチ粉ケーキの匂いだ!」と気がついた。鼻オンチのダンナでもさすがにあの匂いはわかったか。

出来上がって、さて味見。
本来のモチ粉ケーキより上品なお味になった。これがいーんだか、悪いんだかわからぬ。
だけど思い出の逸品に、感無量。

これがわたしの誕生日プレゼント。
56歳、おめでとう。
かあちゃん、ありがとう。

写真がヘタ過ぎてぴんぼけやし、じぇんじぇんあかん。
とりあえず「こんなやつです」と、のっけてみる。
ご笑覧ください~w


底の方にあるのが、あずき。


2017年1月1日日曜日

私の料理の原点は煮物

安い材料でお正月

私の料理の原点は、煮物だとおもう。
生まれてはじめて作ったインスタントラーメンも感慨深いが、いろんな意味で煮物が原点にある。

高校時代、母が毎朝仕事に出かける前に、甲高い声で台所から叫ぶ。
「つくし~~!下へ降りて来なさい~~!」

ふとんにくるまってぐずぐずしていると、
「はよう~~。はようおりてきなさ~~い!」

母は時間におわれている。ぐずぐずしてたら、電車に乗り遅れるから必死だ。
娘は渋々二階からおりて来る。

「カボチャの煮付けしといて!それからサンマの塩焼き!ほんで小松菜でおひたしつくっちょきなさい!ええかね!」
「え~~~」
ねぼけたやつに矢継ぎ早に命令されても頭は動かない。
「わかったかね!ちゃんとやっちょきなさいよ!」
「え~~~。。。」

「バタン!」
玄関のドアが閉まる。
「。。。。。。」

高校時代、私はバンドをやっていた。
学校が終ると、近くにある高知大学にある軽音クラブの一室を借りて、毎日練習をやっていた。そのあと高知の街の楽器屋に行き、メンバーと楽器屋のお兄さんとライブの打ち合わせをするのだ。
そんな多忙な中、母がかえってくるまでにいそいで家にもどってカボチャの煮付けやら、サンマの塩焼き、小松菜のおひたしを作らなければならない。
ヘタコクと、「なんぞね!この味付けは!」と、雷が落ちる。
へたくそなカボチャの煮付けはその場でぼそっと流しに捨てられた。

母は自分では料理学校に通っていたくせに、娘には「母親の背中を見てれば覚える」と、むちゃくちゃな理論を展開。自力で覚えなければならなかった。だから母の舌にあうように必死で作った。

仕事で忙しい母は、毎日かえってくるのが遅く(ほんとはパチンコして遊んでいたんだが)、家にいる時は、身体も弱かったので、たいてい横になっていた。
たまに元気で家にいる時は、やたらにこったデコレーションケーキを作っていたので、高校時代の晩ご飯の思い出は、何だかいつも私が作っていた気がする(笑)。
母は母なりにいろんな苦労をしていたので、パチンコやケーキ作りで発散しなくてはいけなかったのだろう。

お正月にお煮染めを作るたびに、母に怒られながら煮物を作っていたことを思いだす。
だから私の料理の原点は煮物。
料理を作るのがいやだったのは、その思い出からだろう。

だけど、いまごろになっておもう。
本当は母と一緒にいる時間がうれしかったのだ。

今は煮物を作りながら、私は料理が好きだったのだと気がついた。


2014年2月9日日曜日

高級居酒屋のパクリ



東京じゃ45年ぶりの大雪だったんだそうな。

我が高尾も降ったぞえ。
ベランダの積雪、53センチ。
きたあーっ!
ベランダに分厚い羽毛布団が乗っかってるかと思った。洗濯どないするんじゃ?

どんどん降り積もる雪にワクワクしちゃった。
だけど、なんとその前日にぎっくり腰やっちゃって、大好きな雪かきができな~い。(ウソつけ)

リハビリかねてまわりを歩いてみると、ウチのまわりは除雪車なんか来てないから、道路に軽く50センチの積雪が広がっている。車なんか出せやしない。
いつもは静かな通りにご近所さん全員が出動していた。雪かきで大変そうだけど、みんななんだかうれしそうだったな。子供みたいにはしゃぎたいねえっていってた。

「いやあ、すんごい雪降っちゃったねえ」
独身貴族のオヤジが言う。
「でね。あんまりキレイなもんだから、さっき雪食ってみたのさ。ジュースに入れてね。うまかったなあ」
「そりゃあ、優雅でいーですねえ」とやまんば。
「だけどこんな雪じゃ、買い出しにも行けない。冷蔵庫空っぽだよ」
「じゃあ、雪で煮物でもしたらどーですか?」
と、ボケをかましたら、ウケてくれた。

畑までムリヤリでかけた。途中、道に吹きだまりができてて、腰まで雪に埋もれた。リハビリどころの騒ぎじゃない。やっとのことでたどり着いたら、畑の入り口のドアが開かない。雪に埋もれていた。(あたりまえじゃ)しゃーないので、遠くから畑の野菜さんたちにご挨拶した。



話は変わって、先日友だちが高知から出張でこっちにきてて、誘われて品川の高級居酒屋に行った。
そこのメニューがうまくって作れそーだったんでメモってみる。

これはチャンジャのクラッカー。お店ではお麩をかりっと焼いたものだったけど、クラッカーでいけるはず。チャンジャの強烈さがクリームチーズのまろやかさでちょうどいいバランスになっていた。

わしならチャンジャの代わりに、高知の酒盗を乗っけるな。
いけると思わない?

お次は、オイルサーディンの南高梅のせ。
そっかあ、なるほどね。
だって鰮と梅干しって、煮物に使うじゃん。相性いいはずだよな。
その下に水菜を敷いておけば、あっさりと濃厚がちょうどいいハーモニーになる。これもモーライッと。

やまんばは高尾の山の中でばっかりくすぶってるけど、たまにはお街でこーゆー刺激もいいね。

あ、それから、おきにいりのゆずダイコン。あの、おつゆの使い道を発見した。
畑にあるスが入って使い物にならないと思ってたダイコン。いちょう切りにして、このゆずダイコンで出たおつゆに、醤油をテキトーに混ぜて、つけ込むといい感じになった。ちょっと重しをしておくといいかも。
三日ほどでい〜感じの新たなお漬け物ができる。




2013年6月22日土曜日

梅ちゃん、ありがとう〜。



梅酒、梅シロップ、ほんでもって梅干し!
梅って偉大やなあ~。なんでもできるんやなあ~。

今、やまんばの家ん中は、うめ、うめ、うめ、一色である。
高知に帰った時、友だちが持っている梅山から、梅をごっそりちょーだいしてしまったのじゃ。
欲深~いやまんばは、アホほどもらってしまって、手に余ってしまった。結局かあちゃんや高尾の友だちに押し付けた。(だったら、とるなっちゅーんじゃ)

シロップは、砂糖漬けと蜂蜜漬けにわけた。蜂蜜漬けは、室内に置いたままなので、ぶくぶく泡が出てきた。においをかぐと、あきらかに発酵している。なんじゃこりゃ。ひょっとしたら、パンの発酵に使えるのかなあ。。。?

植物って、切られても生きてるんだなあ。
生きてるっていったいどこまでが生きてて、どこまでが死んでるんだろう。ひょっとしたら、そんな境目ってニンゲンが考えだしただけで、命は変化し続けているもんなのかもしれん。腐ることも発酵することも、死ぬことじゃなくて、変化し続けているというだけなのかもしれん。

とすると、ニンゲンだけが変化しないわけじゃあない。変化するのがこの宇宙の摂理なのだ。だとすると、変化することをこばむ必要はないのかもしんない。

梅ちゃん、ありがとう~。
Sちゃん、ありがとう~。

2010年9月2日木曜日

玄米の炊き方




私が玄米を本格的に食べ始めたのは、ニューヨークで近所に住む日本人の絵描きさんから教えてもらったことからだった。それまで玄米と言えば、圧力釜でぷしゅぷしゅ言わせながら炊き上げる、ちょっとメンドーなやり方しか知らなかった。しかも玄米と言えば、かんでかんでかみまくって食べないと消化に悪いというふれこみも、身体にいいとは知りながら何となく敬遠させていた。
しかしニューヨークの乾燥した空気の悪い、しかもジャンクなフードにかこまれた食生活は、わしら夫婦の身体をじょじょに蝕んでいた。そんな矢先にお気軽にできる玄米の炊き方を教わったのだ。

なんのことはない。炊飯器で炊くのだ。こつは水の量の調節だけなのだ。炊飯器によってくせがあるので、それはやりながら調節してもらう事になる。でもだいたい普通の白米の水の量の1、5倍〜1、7倍くらいだろうか。そこらあたりまで水を張ってフツーに炊く。2時間ぐらいそのまま水に浸しておくと、なおいいかもしれん。私はそうやって7年間アメリカの玄米を食べ続けた。

今は日本に戻って玄米も炊ける炊飯器にたよっているが、それでもお釜にある水の量よりも多めに入れる。2合炊くのに、水の量の目盛の8ミリから1センチ上まで入れるのだ。最近は古代米といわれる黒米を大さじ一杯入れる。炊くとお赤飯より少し濃い色の紫飯ができる。これが玄米をより柔らかくしてくれるようだ。もちもちとした触感がとっても味わい深いし、やわらかい。この紫色は肝臓に非常によろしいようだ。目にもいい。こんだけコンピューターにかじりついているけど目が痛くならないのはこれのおかげかもしれない。もっとも老眼までは治してくれぬが。。。

その玄米を白米食べるのと同じように食べる。玄米はよくかんで。。。というのをスッカリコン忘れている。しかし最近読んだ本に、かめばかむほど胃腸が弱くなるという説もあった(笑)。口でかみすぎて小さくなるので、胃が働かなくなるという。だからあまりかまずに飲み込んだ方が胃ががんばるから強くなる!とも。
モノはいいようだ。好きなように解釈してくれ。わしゃ、わしのやり方で食べる。

玄米食べると野菜中心の食事、肉は御法度、魚は時に食べても良い。。。てのが鉄則らしい。しかしあのきついニューヨーク生活の中で、好きなもん食えんかったら死んでしまう!ってなことで、鉄則無視してがんがん食べた。で、イノチに別状はない今に至る。あのとき玄米がなかったら、あそこで元気ではいられなかった。玄米さまさまなのだ。

あのかむほどに味わいが広がる玄米独特の味わいに、スッカリコンほれてしまったやまんばであった。


絵:アジアを旅行するガイドブック表紙/中国

2010年9月1日水曜日

やまんばの食事




私は基本いやしーので、あまり食べ物に規制はつけたくない。
だけどこのやまんばにも歴史があって、昔っから自分は身体は弱い(とおもいこんでいた)ので、色々食事療法をやった。いつも身体がだるく、その原因も分らず、ひたすら「なにかしなきゃ」とおもって、漢方薬にも手を染めた(なんだか恐ろしーもんでも触るような言い方だな)。糖分を控えたり、塩分を控えたり、添加物をとらないようにしたり、マクロビオテックもちょっとかじったし、丸元淑生さんの本にもスッカリコンのめり込んだ。あげくに小食を知り、ほとんど食べない方向にまで行ったこともある。

数々の食事療法大作戦を繰り広げて、その結果こういう考えに至る。
何でも食べてやろ。

酒も飲むし、肉も食べるし、お菓子もジャンクフードも食べるし、カップヌードルもインスタントラーメンも食う。タバコは好きじゃないから吸わないけど。身体にいいことしているとしたら、玄米ぐらいか?けど、玄米食べる人は基本的に肉は食べてはいけないといわれている。だからそこで肉食べたらマイナスに転じて、なお身体に悪い事している事になる。しかし肉と一緒に玄米食べ始めてかれこれ15年ほどになるが、別に大病するわけでもなく、風邪もほとんどひかない。なので、玄米と肉の関係は、かんけーないのかもしれない。やまんばとダンナの身体だけがおかしーのかもしれんが。

ネットを見ると、いやというほど、身体に悪いものを教えてくれる。アステルパームやフッ素や添加物や電磁波やワクチンや。。。あれは食べてはいけないコレも食べてはいけないと畳み掛ける。そしてコレから飢餓がやって来るから自分でじこじこ食料を備蓄しましょうなんて。
なんだかねえ。テレビ見ても嫌気がさすほど脅されるけど、ネット見てももっと脅される。

こーゆーのはうんざりするのだ。
ヒステリーになって野菜ばかり食いたくないのだ。ヒステリーになって備蓄したくないのだ。備蓄する人はいざというとき、他人にその備蓄を分け与えられるのかい?わしゃできん。絶対自分の分だけ黙って確保しちゃうもん。こんな精神のわしだったら、備蓄しないがましだ。そんな自分を見るのはイヤだもん。

人は食べないでも生きていけるという説がある。水もいらないという説も。こういうのを聞くとホントかどうか知らないが、なんだか心のどこかがうきうきする。食べなきゃいけない、飲まなきゃいけないと、イケナイコトづくしに縛り付けられない開放感がある。この世に完全食なんてモノがいまだにないのは、ニンゲンが考える範疇でニンゲンは生きていないという事ではないかな。全く未知のもので生きているのかもしれない。


最先端の科学の説の中に、物質というものはないという説がある。それをもとに考えるなら、食べている食べ物も本来は存在しない事になる。おなかの中にたまった気になっているだけなのかもしれないし、それが栄養になって身体を作っている、という気になっているだけなのかもしれないではないか。どっかのウチュー人の話の本に、食べ物は単なる愉しみだから、からだの中に入ると食べ物は消えていくというのがあった。そんな考えがあるとしたら、砂糖をとったら太る、という気になって地球人は太るのかもしれないし、お肉を食べたら血液がドロドロになる、と思っているからどろどろになるのかもしれないではないか。そもそもその私たちの身体という物質はなかったらどーなる?私はこの物質的身体と思い込んでいるものも単に思い込みだけだったら?

お化けが見えるという人がいるけど、あれはラジオのようなものにチューナーの周波数をお化けが見える周波数に合わせているからみえるのだと言われる。だったら、ニンゲンの身体が見えるのも、その見えるという周波数に合わせて見ているだけなのかも。じゅーじゅー焼けるステーキがある、とみえるのは単に立体的なテレビの周波数に合わせてみていて、そこには匂いも味もあるから、そんな気になっているだけで、そのチューナーを変えればいきなりなにもなくなったりするかもしれないわけだ。
そのくらい曖昧なものだとしたら、食事をどうしたら健康になるなんて、どっかのテレビ番組を見ているのと同じレベルなのかもしれない。

なあんて考えると面白くなって、そんなら何食ってもいいや、という考えに至ったのであーる。そう思えるようになったのも、石けんなし生活が見る見るうちに私を元気にさせてくれているからかもしれない。そしてほんの少し野草などの自然のままの植物を口にする。これも大自然のエネルギーを受け取る大事な感覚じゃないかと思ったりする。
あれこれ心配しながら食べたり除菌するより、何でも食って「おーしあわせ〜」といいながら夜空を見上げ、布団に潜り、すっかり寝ちまうのが一番の健康法じゃないか?などと単純なやまんばは思うのであった。


絵:メディアファクトリー新書表紙