ラベル 不思議な話 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 不思議な話 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年3月4日日曜日

オルゴールの中にいる私


自分の中にわき起こる思考をじーっと観察していると、あることに気づいた。
同じ言葉しかしゃべっていないのだ。

朝ふと目が覚めて、あたまが言い出す言葉。
ストーブがスイッチオンになる時に、感じる感情。
布団をあげる時に、言いはじめる言葉。
起き上がってトイレに入った時にいう言葉。
仕事している時に出てくる言葉。
買い物に出かけた時にいう言葉。
レジでお金を支払いながら出てくる感情。
晩ご飯の用意を考えている言葉。
風呂に入った時に言う言葉。
寝る前に言う言葉。
夜中にトイレに起きた時出てくる言葉。
そして朝目が覚めた時に、言いはじめる言葉。。。。

まるでオルゴールか、カセットテープが自動的に動き出すみたいに、
まったく同じ言葉を呟いている私がいた。

さらに聞いていると、一言一言はまったく同じなのだ。

がくぜんとした。
いやいや。私は曲がりなりにもクリエイターだぜ。新しいものを生み出す仕事の人が、同じ言葉しかしゃべってないだなんて。
どっかで新しいことを言っているはずだ。新しい、聞いた事もないような内容を、日々の中で発見しているはずだ。。。

しかし意識的に聞けば聞くほど、クリエイティブのひとつもない。
いつも同じ言葉を吐き、それを聞いたら、同じ感情をわき上がらせ、いつも同じ結末を憂う自分を見ただけだった。。。




心と見ている世界は同じものだ。なので、同じ考えの中にいては、同じ世界しか見れない。たとえ場所を変えて新しい所に出かけてみたところで、見たものに同じように反応するので、またおなじようなモノを見る事になる。
いわば、ひとつの箱の中で、ぐるぐるぐるぐるまわっているだけ。角度を変えてみたって、結局の所、同じ箱の中でしかない。


思考に乗らない、思考と同一化しないとは、こういうことだったのか。
理屈では判っていたし、だからこそ思考観察をつづけていたが、ここに来て、どうしてそうなのかと言うことを、別の視点から見たような気がした。




あたまが言うことをそのまんま聞く、鵜呑みにすると、わたしはいつまでたっても箱の中だ。その箱の中は、同じ思考で出来ているからだ。そしてずっと同じ世界を見続ける。

思考はある種、みえない牢獄の壁なのかもしれない。限られた思考の中で、限られた世界を見続けさせられる、透明な牢獄。。。

それは歳をおうごとに、固くなっていく。
世間はこういうもの、人はこういうもの、年がいったらああしなければいけないもの、こうでなければいけないもの。

歳がいくほどに、そういう言葉を友だちから聞きはじめる。そうやって、頭もカラダも固くなっていくのか。
お年寄りがどこか頑ななのは、「そうあるべき」が沢山増えて、かれらの見る世界は、より固く、狭くなっているのかもしれない。透明な壁は、ますます頑丈でびくともしないのかもしれない。


自分で自分を牢獄にはめている。
小さなオルゴールの箱の中で、同じ声を聞き、
それを鵜呑みにして同じ世界を見ている自分。
ここから出たい!と思いながら、
そのオルゴールの音に耳を傾け続けている自分。

小さなおとぎ話の中にいる私をみた瞬間だった。


2018年1月14日日曜日

高知の旅


年明けに高知に帰って来た。
父の容態も悪く、母もいよいよよいよいで、楽しくもない帰郷だった。

だけどふたを開けてみれば、自分にとっていろんなことを思いださせる濃厚な時間だった。

このごろの帰郷は深い。
自分のお国=高知=大好き♥という法則から、だんだんと親の老いの問題、自分の老後という重々しさゆえ、高知=気が重いという法則に変わっていった。(笑)


父の車を借りて、制作に使う土佐和紙を買いに、伊野に向かう。足を伸ばして仁淀川に。ここは父の故郷。山の中腹にご先祖様の墓があって、狭い山道を墓参りに出かけたものだ。いつもコウゾの香りがあたり一面漂っていた和紙の村だった。

私が絵の具でなく、紙を扱うようになったのも、そんな記憶があったからかもしれない。紙は私のからだのどこかを刺激して郷愁を誘っていたようだ。


仁淀川におりてみる。河川敷が広い。最近は「仁淀ブルー」と言って、蒼い川の色で有名になった川。四万十よりも清流と言われている。和紙と水は切っても切り離せない関係。土佐和紙が発達したのはこの仁淀川のおかげなのだろう。

高知にしてはいつになく冷たい雨が降っている。蒼い川は静かに流れていた。雨のおかげで、河川敷のゴロゴロした石が濡れて、かれら独自の色をくっきり際立たせていた。桂浜の五色の石と同じ色をしている。ここから下流に流れていったのだろうか。美しい色とりどりの石に見ほれて写真を撮る。
石の一個一個が抽象絵画のようにうつくしかった。





もう少し車を走らせて、沈下橋を見る。
台風で水かさが増えたとき、流木が橋の欄干にひかっかからないように、手すりがない。おっかなびっくり歩いていると、地元の車がすごいいきおいで通り抜けていった。なれている人々には、なんてことない橋なのだ。


顔がビビってます



今度は車を東に向けて走らせた。
「今回で、そこにいくのは最後だぞ」
仁淀川のほとりのカフェでカプチーノとモンブランを食べながらだんなが言う。
その言葉を聞いたとたん、予期せず涙があふれた。

そこは私にとって特別な場所だった。父の仕事の関係で、高知の田舎を転々とした。
その中でも、幼稚園から小学校3年生までいたその場所は、私の人生にあらゆることを教えてくれた。人が生きていくあいだに味わう数々の感情、この世のルール。そしてこの世ではないような不思議な体験。私の考えの基本を作りあげてくれたところだった。恐怖とよろこびと興味が入り交じった所。。。

これが最後。。。。そう思ったときあふれて来た涙に、
「ああ、私はここを愛していたんだ。。」と知った。


いまはない私たちが住んでいた場所にたつ。
井戸の跡が、かつてそこに家があったことをかすかに教えてくれるのみ。まわりはおびただしい墓に囲まれていた。

私はその墓たちのなかでひとり遊んでいたのだ。



「あ、そこ踏んじゃダメ。お墓あるから」
だんなにうながす。

枯れ草の間からかすかに石らしきものが覗いている。それは墓の頭だった。
よく見ると、墓として存在している場所は、すこしくぼんでいる。ここは砂地。長い年月のあいだに、墓石はじょじょに沈んでいったのだ。まだここらにご子息がおられる墓は、掘り起こしているのだろう。
私がここにいた時は、まだ草も生えておらず、お墓は至る所にあった。今は枯れ草の草原が広がっているが、その下にはおびただしい墓石が眠っているのだ。

人に踏むなと言いつつ、踏んでいたらごめんなさい

その墓たちの中でも、ひときわおおきな墓があった。私はそこで秘密の基地を作って遊んでいた。今もその姿が残っていた。きっと土台からガッチリ作られているからなのだろう。昔は小さな植木しかなかったのが、今は巨大な木になっていた。そしてあれ放題だった。

人様のお墓の前で嬉しそーな私



神社にも向かった。
ここはお祭りのとき、参道に灯籠がずらっとならんだ。その灯籠一個一個が恐ろしい絵が描かれており、闇夜に浮かんだその絵を見たとき凍りついた思い出がある。
しかし子供の記憶は曖昧なもので、それが本当に恐ろしい絵だったか、さだかではない。





母のアパートに戻って、そこに行ったことを伝えると、母は一枚の写真を見せてくれた。
それはまさにあの場所で、あの墓の横で、母と幼い私が嬉しそうに立っている写真だった。


うしろには今はないあの家が。
父はカメラをもっていて、家で現像していた。あの当時カラー写真は珍しいので、どこかで現像してもらったのだろう。

父と、母と、私。
それぞれの思惑が交叉する時間をとらえた写真。

けれどもシャッターを切ったその瞬間だけは、私たち親子は幸せだったに違いない。






2017年11月1日水曜日

へんてこな夢


夢を見た。

高いビルからとうとつにでっぱった半畳ぐらいの小さなスペースに、わしら夫婦は住んでいる。

そのでっぱった先には動物の巣のようなものがあって、そこには3、4匹のけもくじゃらのタヌキみたいな野生の子供が丸くなって寝ている。カラスも鳥もやって来る。ときどきヘビもやって来る。
アオダイショウとマムシがぐっちゃになって、布に絡み付いていて、それをだんなにとってくれるように頼む。
だんなは、ヘビが絡み合った布をぶんぶんふって、落とす。
ヘビたちは宙を舞って下に落ちていく。



目が覚めた。
「へんてこな夢だなあ。。」と、頭をボリボリかく。

布団を畳みながら思う。
あの夢、ぜんぜんつじつまが合わないじゃないか。

だいたい高いビルからあんな小さなスペースが飛び出しているわけがない。
んで、そこに住んでいるはずもない。
そこにタヌキみたいな野生動物の巣があるはずないじゃないか。

それなのに、夢の中に出て来るわしらは、それを「ふしぎ」ともなんともおもってない。つじつまがあわない、ともおもってなくて、トーゼンのように、住んでいて、トーゼンのように、布に絡み付いたヘビをふりはらう。。。



布団を上げながら思う。
わしらは、ここに住んでいる事を何の不思議とも思わずに、住んでいるよね。
つじつまあってるとおもってるよね。
ほんと?

それを夢が冷めた存在から見たら、
「あっはっはあー。おかしなところで住んでたよなあ。なーんであれがつじつまが合ってるって、信じ込んでいたんだろ。いやー。馬鹿げた夢だった」
って、おもってたとしたら。。。(笑)

いやいや。しっかりつじつまあってる。ものを落とせば、下に落ちる。
太陽は東から昇って、西に落ちる。。。うんうん。あってるあってる。
と、つじつまが合う証拠をいっぱい探してくる。

でも、その「つじつま」も、たんに夢の中での「つじつま」だとしたら。。。

うっひゃあーーっ!






2017年10月29日日曜日

あなたはなにもまちがっていない


3日前の夜、小学生だったころの私を思いだしていた。
2、3年生ころの私。

記憶の中の「私」は、母が作ってくれた黄色いワンピースを着て、家の門の前でしゃがんでいた。
その顔は哀しげだ。母に怒られてどうしていいかわからず、家を飛び出したはいいがどこにも行けず、門の前で泣いていた。

動かない写真での顔の記憶はあったが、その姿が動き始めた瞬間、その存在が苦しくなるほど愛おしくなった。

私はそばに寄って、しゃがんでいる幼い私を抱きしめた。

ビックリした顔が見上げた。その顔を覆うようにして、私はグッと抱きしめる。
「だいじょうぶだよ。。。だいじょうぶ。。」
言葉が出て来くる。
「今は辛いかもしれない。けど大人になったあなたはこんなに才能ある存在になったよ。心配しないで。あなたは何も悪くない。あなたは何もまちがっていない。。。」

布団の上で座る私のほおを涙がつたった。

そのとき、幼い頃ふいにやって来る安堵、やさしい雰囲気、温かい愛情のようなものの気配があったのをおもいだした。

それは今、私がこうやって彼女を抱きしめているからではないのか?50年のときを隔てて訪れた、未来の私からのおもいだったのか?

そんな絵物語のような事を考えた。



それから、思いだしては、彼女を抱きしめている。
私を見つけると、向こうからしがみついてくる。見上げてくる心細そうな顔。

「だいじょうぶ。だいじょうぶ。あなたはなにもまちがっていない」

彼女の体温と私の体温が一緒になる。
いつのまにか彼女は消えている。
ただ、そこにふんわりと漂う空気がある。

過去の彼女を癒す。
過去の自分の哀しみが消えると、
今の自分は変化するのだろうか。

いやいや。そんなことは考えないでおこう。

今はただ、彼女と一緒にいる時間を味わおう。


絵:「COOPけんぽ」表紙イラスト
この作品を作ったときはニューヨークにいた。日本の原風景が恋しくて恋しくてたまらなかったころだ。幼いころの記憶とおもいが合体した作品。

2017年10月18日水曜日

黒い大地に触れて


畑で佇む。

2mの高さになったオクラを引き抜く。
大地を踏みしめる。
クモをそっとフェンスの向こうに追いやる。
大地をほぐす。
黒い土と戯れる。

わたしは、動物を擬人化した絵本が好きではない。
わたしは、植物を擬人化した絵本も好きではない。

わたしは、動物も植物も、人間とはまったく違う世界を生きているとおもう。
心があるのは人間だけだとおもう。
心がない世界は冷たいものか?
いや、むしろ逆だと思う。

かれらは個別の意識を持っていないようにおもえる。
むしろひとつの意識の中でいるようにさえおもえる。
人間の意識を越えた、とてつもない世界にかれらはいるように思える。

畑にひとりいると、そういう感覚の中に入る。
ことばにできないなにかで、満ち足りてくる。

擬人化された動物や植物たちの物語を聞いて、
幼い子供たちが、かれらを人間とおなじだとおもうことに、
どこかしのびなさを感じる。
人間の自我のレベルにおとしめられるような、窮屈さを感じる。

そんなところに、かれらはいない。


絵:「ねこじゃらし」/和紙、水彩、オイルパステル


2017年8月20日日曜日

自分へのイメージ/土塊と口うるさい女の子


やまんばの中に、自分へのあるイメージがあった。

二つの存在。
ひとつは、顔のないジャミラみたいなおおきな土のかたまり。
もうひとつは、赤いスカートをはいた女の子。

「私」は、土のかたまりのほう。
女の子は「私」の先生、物知り、指導者、ご意見番的な存在。


自分は土のかたまりでできたでくのぼう。なーんもできない存在。目も口も鼻もなくて、ただぼーっと佇んでいるだけの存在。

その存在の肩に座っている女の子は、赤いつりスカートをはき、赤い靴を履き、目は大きくちょっとつり上がっている。ムーミンに出て来るミーみたいな、口うるさい存在。

彼女はこの世のルールをよく知っていて、このでくのぼうに、ああしろ、こうしろ、あれじゃダメだ、これもダメだ、だいたいあんたはねえ~、といい、あげくの果てに、この能無し!と言い放つ。

でくのぼうの私は、その子の言うことをよく聞いた。そうじゃないと、この世についていかれないからだ。そうやっていつもその女の子に意見を聞き、お伺いを立てながら、ビクビクと生きて来た。

そう、そうやってずーっと、大人になってもその子の言うことを聞きつづけた。

ある日、その子の言うことが矛盾していることに気がつく。
AをBにしろ、というので、Bにしたら、今度はAにしろという。。。
おかしいな。。。とおもいはじめる。
その子の言葉は私にとって絶対だった。その声を聞くことが、この世を生きる術なのだと。しかしそのとき、それはほんとに、そう。。。?と。




そして、いろんな本を読んでいくうちに、その女の子は、私のマインド、思考そのものだったことに気づく。
そしてその土塊でできたでくのぼうは、その女の子(つまりマインド)が作りあげたイメージだったのだ。

本当の私は、土で固められた身動きの取れない何もできない小さな存在でもなく、限定された収縮した存在でもなく、どこにもない、そしてどこにでも偏在している存在であった。



この世に生まれて来て、やまんばは、その女の子を必要としたのだろう。
この世でしっかり頑張って生きなきゃダメなのよ!そのためのルールを教えてあげる!と教える側と、それを教えてもらう側の、コインのウラと表を作りあげたのだ。

それにずーーっと振り回され続けて来た。
その女の子の存在に。その言葉に。その怒りに。その葛藤に。。。


今は、その子はかわいい存在となった。
以前は大きな声で訴えて来たが、今はたまに耳元で囁く程度。それもただ聞いているだけで、やがて消えていく。
でくのぼうだと思っていた土塊も、いつのまにか消えている。

それをイメージとしてこの世に表してみた。
なんかふしぎな感覚。






2017年7月21日金曜日

アーシングの威力



庭ではだしになる。
畑ではだしになる。
ついでに畑ではだしで歩いてみる。
ついでにはだしで野良仕事してみる。

こんなに心地よいとは思わんかった。

ふわふわした土の感触。
さらさらした草の感触。
でこぼこした石の感触。
ちくちくした刈ったばかりの草の根元の感触。

むき出しの足の裏が、あらゆる物体の存在を教えてくれる。
いや、そんなことよりも、なんとも言えぬ、なんだろう、ずいぶん忘れていた感覚。。。子供の頃に知っていた感覚。
大地と、この世と、直接触れているという実感と安心感。。。

その感覚にひたろうとすると、大人になった疑い深い心がさわぐ。
「汚い。危ない。破傷風になる。。」


アーシングという言葉を聞いたのは、つい最近だった。
エハンデラヴィという冒険家が教えてくれた。

地面に直接足をつけることは、じつはわたしは昔から知っていた。
身体に電磁波がたまるから、大地に足をつけて放電しなさいと母に言われていたことがあったので、ときどき地面に足と手をつけて四つん這いになって、
「ほうで~~ん!」
と叫んでいたから。

それを徹底してやったことはなかったが、ここに来て、この「ほうで~ん!」がいかに身体に良いか、いかに私たちが常日頃電気まみれになっていて、それを放電する機会がないかを知る。

さすがに夏の虫が多い時期に、畑ではだしで野良仕事もできないので、黒足袋を履いて作業をしていた。

地下足袋はゴム底なので絶縁する。だから普通の綿素材の黒足袋を着用。


ある日、足の裏に異変を感じた。
「あれ?魚の目が。。。。?」

それはかれこれ10年以上は持っている持病の魚の目。
さながら活火山のように、カルデラがぱっくりと深い口を開け、カルデラのフチは毎年のように高くなって行く。歩くとフチがあたって痛いので、ときどきカッターで削ぎ落とすが、ほどなくしてまたカルデラのフチは高くなる。それをカッターで削ぎ落とし。。。
そうやって10数年、この魚の目火山と戦って来たのだ。

それがある日。
「か、カルデラが消えてる。。!」
ぱっくりと深い底なしの穴を見せていたはずのカルデラが平らになっている。
「えーーー。なんでえーーー?」


頭をぐるぐるめぐらせる。最近何か変わった事をしなかったか?
ある!あれしかない!アーシング!

1ヶ月前から畑と庭でやっているアーシングだ。
調子がいい、野良作業が疲れない、などの効果は実感をしていたが、魚の目まで治すとはしらなんだ。恐るべし!アーシング!



おもしろいので、写真を撮ってみた。
お見苦しい写真を失礼いたします。

これが6月20日、最初に発見した、消えていくカルデラの様子。
元の姿をお見せできないのが残念。(そんなもん、いらん)
なんともいえぬひどいカルデラであった。


それから20日後/7月10日。
そこに何かがあった足跡はあるが、これがかつて活火山だったとは夢にも思うまい。


そして、10日後/7月20日。
もはや大きな指紋の一部のようにしか見えない、かつての魚の目火山。



アーシングは、私たちの身体にたまった電磁波を放出して、自然体に戻してくれるというだけではなかった。

植物が根を張るために大地を必要とするように、人間もその根のごとく、大地を必要としていたのではないか。それが60年代に靴の底にゴムを貼るという画期的な文明のせいで、大地との交流が絶縁状態になった。そこからありとあらゆる病いや問題があふれて来たのではないだろうか。


眼に見えない根っこが大地と私たちを結んでいる。大地も私たちの皮膚の一部ではないか。いや、私たちこそが大地の一部なのだ。

魚の目事件をとおして、大地とのつながりをじかに実感させてもらったいい体験だった。

大地さん、ありがとうーーっ!
魚の目さん、ありがとうーーーっ!


2017年7月12日水曜日

「止まれ」


夢を見た。

両脇を建物や壁や岩などで囲われた、まがりくねった道を歩いていた。向こうから車が来る。それをよけながら前に前に歩いていた。脇道はない。この道の先にきっと開けた場所があるはずだ。。。という確信の元にずっとずっと歩いて行く。

何度も折れ曲がりながら、そのつど道がすこしずつ狭くなる。はたと気がつく。こんな道をあの対向車は通って来たのか?
この先に本当に開けた場所などあるのだろうか。。。

道はいよいよ狭くなり、ところどころ開き戸まである。足元にむきだしの和式の白い便器があちこちに。。。よくみたら、半分壁に埋まっているものまである。いよいよ怪しくなって来た。

部屋の中のような道を歩きながら、この先には開けた場所などない、と確信する。後戻りしようか。あのもう少し広い道に戻って。。。。
だけど、歩いて来た道を戻ってもしかたがない。かといって、前に進めば進むほど、もっと狭くなるだろう。。。

進退窮まったとき、これは進むことでも、戻ることでもないというインスピレーションが。


目が覚めた。


布団の上で、ぼうぜんとする。さっきまで見ていた夢を思いだす。
あれはまさに私の探求の姿。ひたすら前に前に進んで、開けた場所、つまり解放や悟りを探して歩いてきた。だけどこの先、歩いても歩いても解放はない。それどころか、もっと狭くなって行くだけなのだと教えられた。
これは動くことではない。
つまり「止まれ」ということだ。

「止まれ」かあ。。。

人はじっとしていられない。じっとしていると不安になる。不安になるから動く。動く動機を探す。動くきっかけを探す。
悟りは、ぼーっとしてては悟れない。動いていれば、探していれば、歩いていれば、なにかいいことさえしていれば、いつかきっとそこにたどり着くはずだと信じて来た。
それは自我の主張だったのかも知れない。動けば自我は満足する。その声に心も身体もあわせて来たのだ。


だがあの夢は、それをやる意味のなさをはっきりと教えている。
もう、止まれと。

止まるとはどういうことか。
その場にとどまるってこと。

動くことは、その場を離れようとすることだ。その場とは今。今のここが、どこか居心地が悪いから、どこかに移動しようとする衝動。その衝動を真っ向から断ち切る。
その今の居心地の悪いこと、もの、状態を、そのまんま受け入れろ。とどまりつづけろ。
その意識はその状態に巻き込まれてはいない。その不快を見ている意識だ。

そうはいっても、その止まることに慣れていない。

どうやって止まったらいーの?
カンタンじゃん、止まるだけだよ。
えーーーー、止まり方、わかんない。

小学校の頃、ぼーっとしてて、怒られたことを思いだす。
あの時は、止まっていた。今にいた。
でも止まっていて、怒られた。
それでつねに動くことをじぶんに課した。長年の訓練の結果、それが空気すうように自然になってしまった。じっとしていられない。何か常にしようとする意識。ぼーっとしてたら、怒られる。ぼーっとしてたら、ろくな人生にならない。(って、もうなっとるがな)

でも「止まる」ことはぼーっとすることじゃないことはわかる。

人間歴長くなると、止まり方を忘れてしもた。


絵:「MAYHEM&MASS」ミステリーペーパーバック表紙
   新たなミステリーシリーズ始まりました。

2017年5月27日土曜日

キジバトの死


最初はモグラだった。

キュウリの種を蒔いた畝に、ちょこんとモグラの死骸。
あおむけになってて、かわいかった。ちょんちょんと小さなつめのようなお手手を触った。
畑の外にそっと捨てた。

次は、畑に行く途中のけものみちにリスの死骸。
そーっとそばの木の枝で持ち上げて、けものみち脇に置く。その上に土と葉っぱをかぶせた。まだやわらかかったので、死んで間もなかったんだろう。

そして今日。
畑の一角に鳥の羽根が散乱していた。色からしてキジバトだ。ぐるっとまわりを見渡してもその本体は見当たらなかった。

しかしスナップエンドウを収穫している時にそれはあった。
胸のあたりを大きく開いて、中身はほとんど食べられていた。下の方に黄色い腸があった。私はゴム手袋をして、彼(彼女?)をそっともちあげ、用意した紙袋に体を入れた。

眼はやさしく閉じられていた。
当り前なのかもしれないけれど、苦痛な表情はしていなかった。野生動物はいつも、死に顔が美しい。なぜだろう。それは私たち人間のように、自我がないからだろうか。

散らばった羽根もいっしょにかき集めて、畑の外の川っぷちに穴を掘る。死骸をそっと入れて、土をかけた。


最初はモグラの死骸。次はリス。そしてキジバト。だんだん大きくなる。
このペースでいけば、次は父親か母親の死骸を見る?
心はそんなことを考える。

二元の世界は、これがあったら、こうなる。こう言う現象が起こるってことは、きっとこうなる前兆なのだ。。。。などと、いろんな解釈をする自我がいた。

きっとそうではない。
そいうことではなく、これはわたしがスナップエンドウを収穫していることと、まるで同じことなのだと気づく。

私はスナップエンドウを殺して食べている。野生動物が、モグラやリスやハトを食べるのと、なにが違う?全く同じことをしているのだ。

ハトやリスを殺すことは残酷で、スナップエンドウを殺すことは残酷じゃないって誰が決められるのだろう。
しかしどちらも「残酷」ではない。
それは人間が勝手に「解釈」したことだ。


この自然は、私も、野生動物も、生きているものを殺して、生かされる。
そのことを自覚しながら生きる。
その尊さに心を震わせる。

その自覚こそ、だいじなのかもしれない。




絵:オリジナル絵本「あめがくる」より/水彩画


2017年4月13日木曜日

そうだ。貯犬箱で、京都へ行こう。



「ピンポーン」
「はあ~い」
「宅急便でえ~す。お荷物届いてます」
「へ?」

アマゾンから、謎の荷物。。。
はて。なんかたのんだっけ?
開けてみると、意味不明なものが。。。。

ちょっと前に怪しい不在通知にご注意!という記事を読む。
はては、これも新種の詐欺か!?
と、とまどうやまんば。(これでもかなり、気が小さいw)
あとから、不当な請求書でも届くか???と、身も凍る思い。

犬のおもちゃみたいなものが、箱の上に乗っている。
そこに「CHOKEN-BAKO」というあやしげーな文字が。。。

「ちょ、ちょけん・ばこ???」
貯金箱なら、知ってるが、ちょけんばこ?
ひょっとしたら、金は、犬?
貯金箱ならぬ、貯犬箱か?
(犬を貯めてどーする!)

宛先をながめながら、そこにあったケータイ番号におぼえがあった。
そーいや、最近「あの方」が、
「えーもんおくったでえーーー」
と、言ってたなーと、気がついた。

人生の大先輩が、来年京都で個展を大々的に開かれる。
そのために、
「金貯めて、俺の個展に来い!」
と、ビンボーな後輩に向けての、愛ある「強制的なw」贈り物であった。

毎日、犬のミーちゃん(勝手につけた名前)に、100円コインのエサをあげる。するとミーちゃんは、むさぼるよーに、コインをかっ食らうのだ。その食いっぷりは、昔ユタにエサをあげた時とそっくり(笑)!

コインを入れると、前後左右に激しくコインに食らいつく。


1年後には、ミーちゃんを引き連れて、大先輩の個展を見に行こう~!


2017年4月9日日曜日

心の旅へダイブ


心の旅を続けている。

わたしは、何気ない自分の行為が、人に迷惑をかけているのではないかという思いに囚われている。

今、こうしてブログを書く、それを文章にすることさえも、間違っているのではないか?人に迷惑をかけるのではないか?と、心はつねに戦々恐々としているのだ。
そうは見えないかも知れないが(笑)。

きのうも近所の八百屋さんで野菜を買い、それを家に配達してもらった。
「老人ホームに配達があるから、いいよ。もっていくよ」
と、いってくれる。
配達代はただ。こういうサービスが、八百屋さんの信頼を買っている。

手ぶらでぶらぶら近所を散歩しながら、心の中がざわざわしているの気にづく。
八百屋さんに配達を頼んだことを気にしている自分に気がついた。

持って行こうと思えば持てる量なのに、配達を頼んでしまった自分。。。
いやいや、ダイコンとキャベツがまるまる入っているのだ。重いに決まっている。。。
言葉にならない言葉が、ざわざわとわたしを襲う。
「これ、罪悪感だ。。。。」

人は自分の感情を見ないようにするため、言葉を使う。

なぜ感情を見たくないのか。
それは持ってはいけない感情があるのだという信念がゆえ。

怒り、哀しみ、嫉妬、不安、そして罪の意識。
そういうものは、あえて気がつかないようにするのが私たちの習性になっている。

怒ってはいけない。嫉妬してはいけない。罪悪感はもってはいけない。。。
何かの出来事に無意識にぴくりと反応する自分にフタをする。
見ないフリ、聞かないフリ、気づかないフリ。
もし、それに気がついてしまえば、それをきっかけに、ありとあらゆるがらくたが、心の中にあふれてきて、おぼれてしまう!と、信じているがごとく。

だから誰かを非難する言葉や、自分の正当化などで、心の中を言葉で埋め尽くし、自分の感情を自分で見ないようにしている。

心の旅とは、自分で自分のその心の中を旅することだ。
感情、言葉、感覚。
今、まさに自分のからだの、頭の、この中で起こっている出来事に、直接触れていくこと。
正直に、今感じているもの、そのものに触れていくこと。
ここからすべてがはじまる。

わたしが感じているその罪悪感に、心をよせる。
ただそれだけの中にいる。
そこにある罪悪感を、とりのぞこうと躍起にならない。
その罪悪感を愛おしく観る。


罪悪感をとりのぞこうとすればするほど、それはもっと居座る。大きくなる。ぴったりくっついてはなれなくなる。
それは怒りと同じ。哀しみと同じ。嫉妬と同じ。そして思考と同じ。
考えちゃいけないと思えば思うほど、頭の中の声が巨大になる経験をしたことがあるだろうか。



わたしは八百屋さんに罪悪感を感じていた。迷惑をかけてしまったと。
それはほんとうだろうか。ほんとうかほんとうではないかは、わかりようがない。きっと八百屋さんに聞けば「だいじょうぶだよ」というだろう。でも本心は、わかりようがない。

人が罪悪感を感じる底には、別の考えがある。
罪の意識を感じることによって、
「わたしは罪の意識を感じるいい人間である」
と、自分を自分に納得させたいという隠れた意図がある。
じつはそれは「人のため」ではなく、「自分のため」に、行なっていることだった。

自分の感情を知り、それを見る心の旅。
ひとつの感情は、たったひとつの出来事からストレートに現れてくるものではなく、その人が体験してきた出来事、思い、信念などが複雑にからみあい、つむがれたもので出来ている。

表れて来た感情に心を寄せることは、恐ろしい魔物を見ることではなかった。
むしろ、自分を愛おしく思いはじめる。
こんな感情を持つのは当然だったなあ。。。としみじみと味わうことさえできる。
その後ろに隠された、今まで気がつかなかった、自分がそうせざるをえなかった理由もみえはじめる。

心の旅は、自分の感情を観る旅であり、そして自分の身体を観る旅でもある。

思考を離れ、感覚の中に意識を研ぎすませる。
その時、わたしは今にある。
閉じられていた扉がじょじょに開きはじめる。
小さい頃、開いていた扉だ。
大人になるにつれて、閉じられてきた扉。

深い深い意識の海に、心を泳がせて行く旅は、まだはじまったばかりだ。
深くダイブすればするほど、心もからだも軽くなっていく。


絵:「人はなぜ砂漠で溺死するのか」メディアファクトリー新書表紙


2017年3月18日土曜日

言葉のない絵本、顔のない絵本。




今から22年前に出版されたわたしの絵本を紹介します。
今から思えば、よくこんなぶっ飛んだ絵本を出版してくれたものだなあと、あのとうじの出版社、そしてそれを見つけてくれ、出版にまでこぎつけて下さった編集の方に本当に感謝します。

この本は、「言葉のない絵本」として3部作出されました。
つまり、言葉がありません。
その絵本を手に取った人が、その人独自の解釈でもって、物語をつむいで下さいという、かなり前衛的な絵本でした。

その3部作を紹介したいと、あるテレビ局の方から電話があったこともありました。残念ながら、わたしの事情でそれが紹介されることはありませんでしたが、出版社さんには申し訳なかったと思っています。雑誌などで紹介されましたが、その後廃刊になってしまいました。



この絵本にはわたし個人のたくさんの思い入れが入っているのは知っていましたが、
久しぶりに開いてみると、今の自分が考えていること、めざしているもの、探求していることが、そのまま絵になって表されていたことに驚きました。



この絵本の主人公は、ひとり車に乗って旅にでます。
開かれてすぐ気づかれると思いますが、この主人公には顔がありません。

絵本やマンガには、主人公は顔をもって現れてきます。読者はその主人公の様子を外からながめて、その主人公と一体となって、物語の中に入って行きます。
ですがこの絵本は、主人公の顔がありません。
それはまさに今、私たちが見ている世界そのものと同じ状態なのです。

私たち自身に見えているのは、目の前のあらゆるモノたちと、自分の手、腕、脚、身体、です。
かろうじて見えるのは、ぼんやりと見えている鼻?
私たちは「自分」と指さす、「自分」の象徴である「顔」が、どうやっても見えないのです。鏡に映ったものは逆さまになっている。写真で撮ろうが、水に写そうが、直接的には見えないのです。


自分であるはずの象徴が、私たちには直接見えない。
一体、誰が見ているのでしょうか。
直接見えないこの「自分」とはいったいなんなのでしょうか。


そしてもうひとつのこの絵本の特徴は、この主人公は目の前で起こっている出来事を、
ただ観ているだけなのです。
魅力的なお姉ちゃんにも関与しません。
ただ観照している。
すべての出来事に参与することなく、感情を動かすことなく、ただ淡々とこの世を観ているだけなのです。

このことにわたしは驚きました。
22年前、わたしはすでに観照者であることを無意識に知っていたのです。
いや、子供の時から、すでに知っていた。そして、ただそれは忘れ去られていただけなのだと。




 目の前をUFOが飛ぼうが



 浮浪者と出会おうが



 主人公はどこに向かっているのでしょう。


 さらには、たった一枚のコインに運命をゆだねます。
自分で試行錯誤しない。
この世の流れに、完全に身を委ねているかのようです。

 


 どんどん怪しい世界に入っていきます。
それでも進んで行きます。




そして。。。

 

その後、この主人公は車を降りて、どこへ向かったのでしょうか。
ここからは、読者自身が想像を膨らませて下さい。


大人になって私たちは、物事の出来事にいろんな価値を与え、干渉し、感情を揺り動かし、物語の中に飲み込まれて行きます。そしてその中で苦悩し、溺れて行きます。

しかし幼い子供たちはちがいます。
目の前におこる出来事に、何の解釈も入れず、ただ興味深げにながめているだけなのです。そこにはこの世界にたいする深い信頼があります。
「この世」対「自分」という分離したものは存在していません。この世も自分もおなじものなのです。

この絵本がその視点に立って観ていることだったのだと、22年後に気がつきました。
この絵本は、大人のための絵本だったのです。


出版された当初、読者の方々から、嬉しいお便りをたくさん頂いていました。
その中で、息子がこの絵本を見ながら、次々に新しいお話を作ってくれるというものがありました。
子供たちは天才です。大人の固くなった頭を柔らかくほぐしてくれます。

幼かった頃、いろんなものに恐がりもせず触れていた自分を思いだします。
母がいうには、よちよち歩きの頃、アオダイショウの頭をなでていたそうです。

日々のいろんな気づきが、わたしを柔らかくしてくれています。


絵本「ことばのない絵本シリーズ/ロードムービー」
1995年 アリアドネ企画 三修社