お知らせ:秋の展覧会の日程が決まりました。
築紫(つくし)作品展
2026年10月9日(金)~19日(月)
高尾駒木野庭園
八王子市裏高尾町268ー1
tel:042-663-3611
開館時間9時30分~16時30分
無休 入場無料
今年から作家名を「つくし」から
本名の漢字である、
「築紫」に変更していきます。
よろしくおねがします。
注:九州の「筑紫」ではありません。
元々母はこの漢字を私の名前にしたかったようですが、
父が役所に届け出ましたところ、
その当時当用漢字でないものは名前として使えなかったらしく、
建築の築と、紫を合わせて「つくし」と読むという不思議な読ませ方で採用になったそうです。
というわけで今流行りな感じのオリジナルな名前ですね(笑)。
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このところやたら忙しい。
10月の展覧会に向けてのハガキ作りやチラシ作りや
自身の制作は言わずもがな、
それとは別に陶芸展に向けてのハガキやチラシ作り、
そして町内会の会計の仕事、営業など、
毎日あっちこっち行きまくっている。
だがそんなこの世界の「やること」とは真逆の感覚も。
夜は私の心の中の雑多なものが噴出する時間なのだろう。
夜中になると漠然とした苦しみが心に溢れてくる。
この世界のありとあらゆる問題定義である。
それはこの問題、あの問題とも言えない混沌としたヘドロのようなものだ。
それをどうにか解決するという代物でもなく、
その圧倒的な漠然とした苦しみを前になすすべもない。
そして気がついてくる。
これはどんな解決方法もない。
ただそこから離れることだけだと。
エゴはこの世界の問題定義をし、
その問題を解決するために私たちを奔走させる。
これが世界を私にくっつけさせ、
この世界を維持していくための手段だ。
そう、エゴとくっついた私がこの世界をでっち上げ、
この世界に問題を見つけ、それを解決していく。。そんなことの繰り返し。
そういうすべてもろもろの、この具象的世界とは全く関係のないところに心を置く。
関わらない。
関わらないという言葉がその感覚に近いかもしれない。
苦しみにさえも関わらない。
例えば陶芸展のハガキ作り。
器のブツ撮りやそのバックに置く桑の葉っぱ探し。
そういう一つ一つの面倒なことに、感情を関わらせない。
会計の仕事に恐れを関わらせない。
これまでは、恐れと一緒に
頑張って、無理して、我慢して、やってきた。
だがその感情こそが、この世界を重要に、深刻に、重く、
そして超リアルにさせてきたのだ。
作品の制作過程の行為一つ一つに
「これ、間違ってないか?変な方向に行かないか?」
と恐れと共に作品を作ってきたその感情から離れる。
「こうである必要はない」
真っ暗闇の中、この世界の苦しみと関わらないでいると、
つまり具象性の中ではなく、
何もない抽象性の中にいると、
やがて静寂に包まれる。
苦しみなどなかったかのようになる。
指一つ動かしていないのに、
問題を何一つ解決していないのに、
心が変わる。
そういう体験をしていくほどに、
この世界は本当にあるのか?という思いになる。
すべては心次第なのではないか?という結論が迫ってくる。
でっち上げが、
でっち上げとして証明されていく。



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