「見つかったんですって!」
スーパーで、レジ袋にバナナを入れていたら、目の前にいた知らないおばさんに、いきなりいわれた。
「え?な、なにがですか?」
「少年よお。ほら!あの北海道の!さっき速報で流れたのよ!」
私はその事件はほとんどしらない。
「ああ、あの少年ですね。見つかったんですか。それはよかったですね」
「そうなのよ!よかったわ~~!」
ずっと喋り続ける彼女に、どこかでいぶかしいものを感じながら、彼女のおしゃべりを断ち切るようにその場を去った。
夕方、ニュースでその発見された模様が流れる。
「ここがその少年がいた場所です!」
自衛隊の建物の中が映し出され、少年が暖をとっていたマットレスが紹介される。
「ここがその少年が置き去りにされた場所です!ここで少年は置き去りにされて。。。」
そのニュースの様子を見ながら、
「まるで犯罪者扱いだな。。。」
と、思った。
そのうち「置き去りにした」親が映し出される。
「ほんとうにもうしわけありませんでした」
涙ながらに語る父親。彼の悲痛な思いが伝わって来る。
そりゃあさあ、しつけのために、山中に置き去りにするって言うのってどおよっておもう。その前後の可能性は考えなかったのか?という、彼の想像力の欠如は感じる。
だけどその報道の過熱ぶりはどうだろう。
犯罪者じゃないんだから。
あの父親は、たったひとつの自分の行動に、日本国中、いや世界中でレッテルをはられてしまった。
「子供を山中に置き去りにした親」と言うレッテル。
子供のしつけに、ちょっとはコクなことする親もいるだろう。
でもさ。ホントにそこまでひどい親か?彼は。
何百人も動員して捜索をする姿が連日ニュースで流れ、日本国中が少年の無事を願った。
そして結果として元気で無事見つかった。
なによりのことじゃないか。
そして結果として元気で無事見つかった。
なによりのことじゃないか。
だけど、彼はこれから苦しいかも知れない。
自分の行動でおこしてしまった一連の騒動。。。
人は誰かを悪者にしたがる。
無事に帰ってきてくれた少年。
ホッとする国民。
そして今度は怒りの矛先を親に向ける。。。
その非難の目線と、自分の中に押し寄せる罪の意識を、彼は乗り越えられるだろうか。。。。
精神、ヤラレるかもな。。。そう思わせるような顔つきだった。
そしてその少年のこれからも、今後の大人の対応にかかっているだろう。
このまま何事もなかったようにまわりが接することがいちばんだとおもうが、この一件を大袈裟に取り扱うような感じで少年に対応していけば、少年もおかしくなってくるかもしれない。
「置き去りにした親」という、世間が貼付けたレッテルを少年が聞きつけたとき、その親に対する思いはどうなっていくのだろう。
起こった出来事を、起こったこととして、そのまま終わりにして行くのではなく、牛のように何度も反芻をして、感情をともないながら、繰り返し心に刻み付けて行くのが、自我の動きだ。そうやって、だんだん心も体もぼろぼろになってしまうことが、今の時代に多く見受けられる。
彼ら親子は、そんな自我にふりまわされることなく、
「なにはともあれ、無事でよかったなあ」
ってすべて終わらせて、日常に戻っていってほしいなあ~と、せつにおもう。
2 件のコメント:
そうそう、ほっといて上げたらよろしい。
しかし、あの少年、良くあそこまで辿り着いたなぁぁ・・・
なんか道ウィ歩いたら10Kmくらいなんだって。山ん中歩いても5km・・・
なかなかの距離ですぜ・・・
なかなか根性ある少年やな。
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