マクドナルドではありません。
私の相棒のマックちゃんがいきなり仕事中にだんまりを決め込みました。
私は頭がまっちろ!
寿命というものはあるんでしょうか。
人に寿命があるように、コンピーターちゃんにも寿命?
周りに聞きまくると、みんな口をそろえて言う。
「何年使った?ああ、5年?そりゃ、寿命だわい」と。
ふしぎなことに、みんな5,6年だという。
これはひょっとして誰かの陰謀か?コンピューターの中に、密かに「寿命」と書いたコーナーがあって、それは「5年」とインプットされている?
なんだかこんな話を聞くと、あの名作映画「ブレードランナー」を思い出す。
レプリカントの寿命は4年しかなく、それに悩んだレプリカントは、タイレル社(だったとおもうが)を訪れる。そこは、レプリカントというニンゲンそっくりのロボットを作り出した会社。その創造主の元にやってきて、4年という寿命を何とか延ばしてくれと頼む。しかし、それをすると、あそこがいかれるだの、ここがこわれるだのといって、無残にも断られる。そして、思い余ったレプリカントは創造主を殺してしまう....。
するとなにか?ここで妄想が膨らむ私。
コンピューターが勝手に寿命を延ばすと、ナニカ別のものに変化を起こすという秘密があるのかもしれない。だからタイレル社の創造主はなんやかんやといちゃもんをつけて、寿命を4年に設定した。
と、言うことは、私のマックちゃんが、今回の修理を終えて、これから何年間も生きながらえたなら、さながら20歳を越えると猫が化け猫になるように(それは決まっているのか?)、ナニカ別のものにメタモルフォーゼをするにちがいない!!!
私のマックちゃんよ、よみがえれ!
と言うことで、前置きが長くなりましたが、いつもメールを下さる方々に、メールアドレスの一時的変更をお願いします。
ただいま、だんなのウインドウズで生まれて初めて制作しています。最初マックとぜんぜん違うもんで戸惑いましたが、慣れると問題ないもんですなあ(あたりまえじゃ、みんなやってる)。
直り次第、またご連絡いたします。それまで、下記のところにご連絡おねがいします。
一時的メルアド:tsukushikainuma@yahoo.co.jp
2009年10月27日火曜日
2009年10月24日土曜日
マンハッタン畑

だれも知らないが、ウチの畑には、畝道に名前がついている。
畑のまん中に南北に走る大通りがある。これをブロードウエイと呼ぶ。(おまえが勝手につけたんじゃろが)このブロードウエイは、まっすぐではない。なんとな〜く曲がっている。これはまさにマンハッタンのブロードウエイとそっくりなのだ。その道をつけたのは、よくコメントくれる、まいううぱぱさんの義理のお母さん。なんだか知らないが、まっすぐついていない。そこがまさに、ブロードウエイなのだ。じつはマンハッタン島にオランダ人がはじめてやってきたとき、その島に一本だけ道がついていた。それがこのブロードウエイ。正真正銘オリジナルの道。マンハッタンの碁盤の目のストリートに一個だけ不自然にひょろひょろとうねうねとなが〜い道がついている。つまりここにインディアン(たぶん、イロコイ族)が、何かの目的のためにつけた道なのだろう。(この何かの目的のためについては、道フェチである私の崇高なる論が炸裂してしまうので、今日はこの辺で留めておくことにする)
何でもコントロールしたがる西洋人にしては、この道をそのままに生かしてくれたことに感謝する次第である。そう、そのまさにおばあちゃんというインディアンが、何かしらの深い意味を持って、なんとな〜く右に曲がりながら、道を開いてくださったのだ。これを生かさないわけにはいかない。だから、これがブロードウエイ。そうすると必然的に(どこが必然的や)、すべての畝道が命名されることになる。
まず、入り口近くの今蕎麦が植わっている広い畑は、まさにセントラルパーク。その先ははじめて本格的な畝ストリートが展開する。そこは59street。横の小屋はさながらティファニーってとこか。そのままブロードウエイ沿いに南に下ると、最初の大通りに出る。これがミュージカルでにぎわう42street、タイムズスクエア。それから下に降りると、週に3回出店でにぎわう、ユニオンスクエアへとつながるのだ。私はそこを憩いの場所としたい。美味しいパンや地野菜をふんだんに買えるマンハッタン島の台所なのだ。そこにござを敷いて、うまい昼飯でもいただくスペースとしよう。さて、その下はソーホーへと続く。そしてその先はJRの線路となる。畑と線路の間には、開墾当時の竹や草や樹々の枝で作られた壁がある。これをウオール(壁)街と呼ぶ事にしよう。畑の東には川が流れている。これがイーストリバーだ。
奇しくもここは離れ小島のような畑と先日いったが、まさにここはインディアンの聖地マンハタン島。(オリジナルがマンハタン。それがなまってマンハッタンとなったらしい。そしてその意味は「マニトーの神の島」という)
これからここをマンハタン畑と呼んでおくれ。
絵:T&Rカットイラスト
2009年10月23日金曜日
あ〜極楽極楽

お風呂につかると「あ〜いいきもち〜」と人は言う。
温泉につかると「あ〜極楽極楽〜」という。
この瞬間、人はと〜ってもリラックスする。
私は日本人がフロ好きなのは、何かそこにとてつもない重大な秘密があるように思えてきた。(またまた〜)
自慢じゃないが、私は風呂につかると、いいアイディアや、おもろいことや、真理をついたことなど、いろいろぽっと浮かんでしまうのである。かのアインシュタインもいっていたそうな。
「なんでいいアイディアが浮かぶのは、決ってシャワー中なんだ!」と。
私はここにニンゲンの思考に関する何かがひそんでいる気がする!(なんとな〜く、また長くなりそーやろ?ダイジョブ。短くするから)
つまりだ、そんとき私はな〜ンも考えてないのだ。このな〜んも考えてないところに、ほいっと上からの飲酒ピレーションが入ってくる。いや、ほんとは絶えず飲酒ピレーションは降りてきているのだが、ほら、絶えず頭ん中が「ああじゃない、こうじゃない」とめまぐるしく考えているやろ?つまり頭ん中がドンカンドンカン工事現場のまん中にいるようなもんなんだが、そこにいてもささやき声は聞こえない。あれといっしょ。飲酒ピレーションは(しつこい)、心が静かになった時にそよっと聞こえるものなのだ。
アメリカに住んでいて、そういった「あ〜極楽極楽」という気分になったことがない。風呂につかれないからだ。
ひょっとして日本人がこんなにモノ作りにたけていたり、世界に対してあまり攻撃的でない性質は、こんなふうに心が静かになれる時間を自然と持っているからなんではないんか?と、ふとお風呂の中で思ったのだ。
いや、ひょっとしたら、この時間が大事であることを深いところで知っていたからだ。その瞬間に「宇宙と一つにつながっている感」(なんじゃそりゃ)があるからなんじゃないのか?自分と他人はいっしょとか、この世は幻であるとか、なんだか目先の問題なんてどうでもよくなって、遠いところに視点が置かれるような、そんなかんじ。だから一日のおわりに、ゆったりと風呂につかるのだ。その日一日の身体の疲れ、そして心の疲れまでも落としてくれるひととき。
禅の修業でも「無心になれ」というではないか。シチめんどくさいことをやらせるもんだなあと思っちゃうが、じつはこの無心という状況がどれだけエネルギッシュで飲酒ピレーションを運んで来て、ちょーお得なことなのかを、ほんとはしってたんちゃうかー?
これからは、風呂につかって、
「あ〜極楽極楽」とつぶやくことが禅の修業になるのだ。
いやそれは、日常でも使える。仕事しながらでもフロに入った気分になることが無心になることなのだ。
絵:けんぽ表紙「温泉宿」
2009年10月17日土曜日
めんどくさいニンゲン

ニンゲンという生き物は厄介なものである。
最近になって判明したのだが、ウチの母は、いつも心の中で「早くしゃべらなきゃ、速く歩かなきゃ」と思いつづけているらしい。それは物心ついた時からずっと。なぜそうなったかと言うと、「遅いわねえ」と言われ続けてきたからだそうな。だからいつも心は「早くしなきゃ、早くしなきゃ」と言っているもよう。
先日、足腰が痛くて歩けないから、病院に行った。外科に行って、色々調べてもらったが、どこも悪くない。そんなはずはないと訴えるが、医者にしてみたら「あんた、そのしゃべり方がどうもとろいから、脳梗塞の疑いがある。内科に行きなさい」と回された。
内科にいくと血圧から何から調べたあとで、「はい、今日は何日〜?ここの病院はなんて名前〜?ハイあなたのお名前は〜?」と聞かれた。全部答えると「おかしいわねえ。どこも悪くないわよ。なんでここに連れてこられたの?」という。外科でそのしゃべり方がおかしいから脳梗塞の疑いがあるって....」というと、じゃあ頭調べてみましょ、と、調べられた。すると70歳代にしてはまったくどこにも萎縮がみられなくて、若い脳みそそのものだったそうな。
「まあ!驚いた!こんな脳の人70歳代でいないわよ」と先生からお墨付きをもらう。
「先生、お薬ください」
「どこも悪くないのにお薬出せるわけないじゃないの」
彼女は一日がかりで病院に行って、薬一つもらえず「健康」のハンコをもらって帰ってきた。
早い話が、運動不足なだけだ。それは前から知っている。そうやって具合が悪いと病院にいっては、何もない事を確認して帰ってくる。もらってくる言葉はいつも「歩きなさい」だ。
「あたしはねえ〜、毎日15分間歩くだけでいいんだって〜」と、嬉しそうに私に言う。もう聞き飽きた。そうやって何十回何百回も「あたしはねえ〜、歩くだけでいいんだって〜」といってきた。
で、歩いた試しがない。
彼女は歩きたくないのだ。ゴミ一つ出しに出るのさえいやなのだ。要するに表に出たくないのだ。なぜか。それは人と口をきかなくてはいけないからだ。そして歩かなければいけないからだ。ここで冒頭の彼女の思いとつながる。いつも早くしゃべらなきゃと思っているということは、早くしゃべられないと思っているからだ。お医者さんにも「とろい」と言われた。確かに普通の人から比べたらとろい。でもこれが彼女のパターンだとおもえば、なんてことはない。私は生まれた時からこのリズムを聴いているからか、それがとろいとも思わない。
電話しながら私は母に、
「おかあさん、じゃあ試しに早くしゃべってみて」というと、母はいつもと同じペースでしゃべる。
「じゃあ、今度はあなたのペースでしゃべってみて」
というと、これまたさっきとまったく同じじゃないか!
「.....あのねえ。さっきとまったく変わんないよ。それってがんばっても、がんばらなくてもいっしょってことじゃないの?」と私。
「.......」沈黙の母。
たぶんこの様子だと、
「早く歩いて」と言って歩かせても
「遅く歩いて」と歩かせても同じだと思う(笑)。
要するにだ。人は勝手にこうしなきゃ、ああしなきゃと思いこんであせっているだけで、外から見たらちっとも変わっていないということなのかもしれない。思いはちっとも報われていないのだ。なのに気持ちばっかりがあせる。それで思いが頭いっぱいになっちゃってパンパンになり、一歩も前に進めなくなっちゃうのだ。
現に母は、買い物に行くとき、歩くコースをシュミレーションするらしい。だいたい3パターン考えるのだそうな。
「ここのコースを行くと、横断歩道がここにあって、行き着くまでに信号が変わりそうだったら、まずここでいったん止まる。いや、もしここでつまずいたらいけないから、別のルートにするか。いや今は何時だから交通量が多い。いやいやこっちだと信号がないからよけい危ない....」そうやってあーだこーだとシュミレーションするうちに疲れ果てて「今日はやめるか」となる。
医者に「歩きなさい」といわれても歩かないワケがここにあった。なんだかんだといいわけをつけて動かないだけだ。
つまりはかっこしいなのだ。つまずいたらかっこ悪い、遅かったらかっこ悪い、そんな姿は見せたくない。だから外に出ない。「早くしなきゃ」というアイディアは、そうあれたらかっこいいと思い込んでいるからだけのことなのだ。でも早くしゃべろうとしても早く歩こうとしても同じ。だったら、その思いは必要ないんじゃないの?
これは私のちゃんとしなきゃ病とまったく同じ心の動きである。ちゃんと出来たら人に迷惑はかけない。でもこれだってかっこしいだ。人にこう見られたいという思いは同じ。ああ、蛙の子は蛙だ...。
ところがこの焦る気持ちがあろうとなかろうと、じつは外から見たら同じ動作をしているのかもしれないのだ。それは母の姿を見てドキッとした。そして最近私のブログにアップした「わしらの畑」の中で私の動く姿を外から見た。はじめてのことだ。恥ずかしさをこらえながらジッと自分の姿を観察する。とてもいつも動揺しまくってあせっているニンゲンには見えなかった。どこか淡々としてどこ吹く風〜ッてな感じの私が写っていた。
そうか。人の心はその思いとは裏腹に、その人自身の内面をそのまま表に現しているだけなのかもしれない。自分で思うほど、みっともない姿をさらしているわけじゃあないんだ。母の言動を見て自分を笑う。母は自分が思うほど、人に迷惑をかけてはいないのだ。ただ、自分がそうなんだと思い込んでいるだけなのだ。そして「早くしなきゃ、早くしなきゃ」と自分に言い続ける。その結果、何も出来ない自分に腹を立てる。そしてまた「早くしなきゃ、早くしなきゃ」と心であせる。早い話が、そうやって人は思いの癖の中で堂々巡りをしているだけなんじゃないのか?
私は自己嫌悪することによって「自己嫌悪している間は人間的にダイジョーブ」と思っているふしがある。ちゃんとしなきゃと思う心にじつは二つの意識がある。
1:自分を見はっていないと何しでかすかわからないから、ちゃんと管理をしている。
2:そう思っている間は、人間的に自分を戒めるえらい私なのだ。
そしてその結果、そうすると、ちゃんとしているように見えるから、人間社会で生きていけるんだ。(ようは、かっこしい)
はあ...長くなった。この続きはまた今度。
え?聞きたくない?まあ、そうだろうなあ...。
絵:coopけんぽ表紙「ハローウィン」
2009年10月16日金曜日
子供をなめたらいかんぜよ

おとつい、線路わきの道を歩いていると、前におばあちゃんと孫の姿があった。4、5才くらいのかわいい女の子は、おばあちゃんが手を引っぱる方向にガンとしていこうとしない。
「いやだ。こわい。電車、こわい。いやだ。こわい」
そういって、反対方向におばあちゃんを引っぱっていた。おばあちゃんは困り果てていた。
私が近づくと
「この子、行ってくれないんですよ〜」となぜか私に助けを求める。
「どうしたの?何がこわいの?電車?だいじょうぶだよ。電車が通っていないところを、歩くんだから」
私がそういうと、彼女は一瞬考えた。そしてすんなりとおばあちゃんのいく方向にすたすたと歩きはじめた。私たちは同じ方向にいっしょに歩きはじめた。
「すいません〜、たすかりました。ありがとうございました〜」ホッとした顔のおばあちゃん。その先には踏切がある。おそらくそこを彼女は怖がっていたのだ。踏切を渡りきったとたん、前を歩いていた女の子は私を振り返った。
「よくできたね。こわくなかったね」
そういうと、女の子はこくんとうなずいた。
ただ説明が足りなかっただけだ。なぜそこを通るのか、どうしてこわくないのか、大人はちゃんと説明をしなければいけない。子供はその理由を待っている。ただやみくもに、いかなきゃいけないから、行くのよ、とか、ダメなものはダメと力で押し込んでも無駄なのだ。そのムリヤリがこれからのその子供の性格を作っていくのだ。「世の中、わけもわからずやらなきゃいけないことがある」と。ほんとうは子供は言えばちゃんと理解できるのだ。
最近の絵本を見て悲しくなるのは、大人は子供をなめている。大人のように理解できないという前提に立って絵本を作る。いないいないばあ〜と絵本でやってみたりする。自分で手でやれよ!とおもう。その本がうれるとバカみたいに同じ手の本ばかりを出す。ようは、子供向けに作ってはいない。お母さんに向けて作っているのだ。(そりゃそうだ。買ってくれるのはお母さんだからなあ〜)だが、そのお母さんは、子供がどこまで感受性が強いか理解しているのだろうか。
私の母は、天然ボケだけど、そこのところがわかっていたようだ。とにかく何でも説明をしてくれた。風邪を引いてにがい薬を飲まなきゃいけない時でも
「このお薬がお腹の中で悪いバイ菌をやっつけてくれるのよ」という。あとなんだっけ?なんだか忘れたけど、うるさいくらい説明をしてくれた。だからただわけもわからずどこかに連れて行かれたり、やりたくもないことをやらされたりしても、これはこう言う理由だからやるべきことなんだなと我慢もしたし、努力もした。
私は1才半のころから、母の相談役になっていたらしい。おぼえていないが、母が「こんなことあってねえ、どうしたらいい?」ときくと、1才半の私は「お母さん、それはこうした方がいいよ」と、即答してくれたそうな。母はいつも私が言うアドバイスのままに行動をしたと言う。そんな年でしゃべられるのか?と思うが、ちゃんとしゃべっていたらしい。だからことあるごとに母は他人に「子供は1才半から相談役!」といっていたそうだ。
子供は最初っから何かをすでに知っている。しかしそれを大人が子供は何もしらないからと思って対応すればするほどアホになっていくのではないか?冒頭のおばあちゃんは、「いいから早く来なさい!」と言っていただけなのだろう。だがそのまま引きずられて線路を越えさせたら、その子はもっと大きなトラウマを抱えてしまうことになる。この世には「こわい線路」があるだけでなく「こわい線路をムリヤリ渡らせられる」という恐怖がくっついてくるのだ。そうすれば、これからどんな感覚を持ちそなえていくのか、考えただけでちょっと切なくなる。
私の3冊の絵本「ロードムービー」「センチメンタルジャーニー」「鈴木さんの場合」はそんな子供の感覚を発露させたい思いで作られた。この絵本には言葉がない。物語は語られない。これはあなたの好きなようにこの絵本を「読んで」くださいという主旨からきている。これは相当の挑戦的で実験的な絵本の企画だった。当時、担当の編集者の人が、よくオッケーを出版社にもらったものだと感謝している。今の保守的な時代、こんな本はもう出ないだろう。
この3冊は意図的に3つの物語が交差する形をとっている。しかしそれは私自身の考えのものだ。その絵本を手に取った人が、その人自身の物語を作ってほしいのだ。主役は本を手に取った人。だからあえて説明は入れなかった。
こんな実験的な絵本だったが、じっさい、孫が自分でお話を考えて私に読んでくれましたという読者からのはがきももらった。そういう話を聞くとがぜんうれしくなる。
子供は脅威に満ちている。何でも理解する。大人が見ていない世界を感じて見ている。
そんな子供時代の感覚をそのまま生かして大きくひろげていくと、きっとこれからの世の中、すべて変わってくんじゃないかと思う。そう思うと、自分がやっている仕事の重さを感じる。そしてワクワクする。
子供をなめたらいかんぜよ〜。
絵:言葉のない絵本シリーズ「ロードムービー」表紙
2009年10月13日火曜日
上納金

白菜、タアサイ、壬生菜、チンゲンサイ、聖護院大根...。
畑初心者マークのわたしは、わけもわからず種を買ってそこらにばらまいた。
ある日、畑で壊滅的に葉っぱを食われた苗たちを発見する。その後、次々に葉っぱが食われていく。葉っぱを裏返してみるが、犯人は見つからない。一体誰なんだー!
ヨトウムシ....。ふとその名前が頭をよぎる。
確か以前知り合いの農家の人が「ヨトウムシはすごいのよ〜。見つけたらすぐに殺さないと、ねこそぎやられちゃうから。」と言っていたのを思い出す。
さっそくネットで調べる。やっぱりそうだ。ヨトウムシ/夜盗虫。夜盗む虫(そのままやがな)だ!こやつらは夜のそのそと畑にやって来て、葉っぱの柔らか〜いおいし〜い部分を根こそぎ食べちゃってくれるのだ。ひどい時になると、一晩で野菜が全滅することもあるらしい。ひえ〜、こいつかあ〜。どないしょー。
退治方法はやはり薬を使うのがいいらしい。しかし使いたくない。殺したくない。
新たな問題がやって来た。こういう時は、じとーっと観察するに限る。
恐る恐る畑を見ていると、食われた畝と食われていない畝がある。その二つの違いにあるものを発見する。大豆だ。大豆を植えてあった畝には、あまり被害がない。そして大豆といっしょに植えてある畝も。大豆は土の窒素を固定化するといわれているけれど、「窒素を固定化する」の意味は、葉っぱの栄養をつけるというくらいしか私には知識がないので、それと夜盗虫との関係がわからん。でもなにかあるんだろうか。
そしてやられたところは、草が生い茂りすぎているところが多いようだ。しかしそれと同時にそこに野菜も生い茂っている。おもしろいことに、草が元気だと野菜も元気なのだ。しかしそんなところにあえて奴らはやって来ているようだ。ひょっとしたら密集しすぎるていのかもしれない。そこでまわりを刈って、風通しをよくする。
その後ほおっておいたが、あまり夜盗虫は暴れていないようだ。
たぶん、夜盗虫は夜畑に出てくると、
「ハラ減ったなあ〜、なんか食いもんねえか?お、ここに葉っぱがあった。イッタダッキマ〜ス」
と葉っぱを食っているだけなんだが、それが単に野菜の葉っぱだっただけなのじゃないか?と思われるふしがある。しかも柔らかくってうまい。大地の上に野菜の葉っぱしかなかったらそれを食べるだけなんじゃないだろうか。別に野菜だけ狙って食べているわけじゃない。ウチの畑は草だらけだから、他に食べるものがある。だから野菜の葉っぱだけに集中しないんではないだろうか....?
「つまりは上納金みたいなもんだな」
いっしょに畑をやっている、まいううーぱぱさんはうまいことを言った。
よく考えてみると、被害に遭うというのは、ある種のパターンがあるようだ。最初にサル、イノシシ、鳥、など野生動物に枝豆やらキュウリやらカボチャなど、みごとに食べられた。その後、コオロギちゃんたちに食べられた。そして今、夜盗虫ちゃんに食べられている。しかしそれは枝豆事件をのぞいて、決して壊滅的ではない。冷静に考えると全体の1割か2割でとどまっている。
つまりぱぱさんの言うように、親分さんに最初に捧げものをして、あとをわしらがいただく。とまあ、こういう仕組みになっているんではなかろうか。もともと自然は動物や虫や植物たちのものだ。その場所をお借りしているのはニンゲンの方だ。だからショバ代(?)として、1、2割あらかじめお支払いする。すると、親分さんは満足してくれて、
「よっしゃ、よっしゃ」と、あとの取り分をわしらがもらい受けることができるのだ。
最初の枝豆壊滅の儀式は、ある種の警告や戒めだったのではないだろうか。今になるとそう思えてくる。それから熟れているのにほっておいても食べられる。これもある種の戒めのような気がする。み....みられているのだ...。
このごろ枝豆三昧だ。みんなでふかふかにふかした枝豆をほおばって
「しゃ〜わせ〜」と満足している。
あれから結局、サルは新たに出来た枝豆を食べにこなかった。いや、実はちょこちょこ来ているのを私は知っている。ちょこちょこ来ては、何かしらおき土産を置いていく。だけど壊滅的な被害をもたらさない...。
自然は偉大だ。知れば知るほど自然の懐の大きさを感じる。容赦するところとしないところ、ちゃんとわけてある。浅はかな知恵しかない私に「今度、これはどうだ?おおクリアしたか。じゃあ、今度はこの問題は解けるか?」と何かを学べと次々に宿題をくれるのだ。
絵:オリジナル絵本「はなたれさきち」より
2009年10月10日土曜日
わしらの畑
2009年10月8日
台風18号がすぎさった。
台風のあとの畑はエネルギーに満ちていた。台風はぐるぐるまわって、地上のお洗濯をし、その後カラッと晴れ渡らせて、太陽の恵みをくれるのだ。
今日はめずらしく動画をアップ。うちのダンナがつくりました。バックの歌は、床絵美さんのアイヌのウポポです。
この草ぼうぼうの畑がわしらの畑。なにがうわっているのかわからんやろ?そこがまたいいのだ。
わたしゃ、うろうろ歩くだけの人、ひたすら自然を観察しているだけ。ちょちょっと草を刈って、また様子を見る。そこにはニンゲンおおよびもしない叡智がうごめいている。私はそこに種を入れさせてもらうだけなのだ。なにもできない。なのに勝手に何かが動き出す。
そんな畑のまん中にたってじっとしていると、何とも言えない幸福感に満ちてくる。「ああ....」という言葉しか出ない。
そのよろこびをくれた自然農法のじっちゃん福岡正信さんにありがとうをいいたい。愛媛に連れて行ったユタを美しい犬だと褒めてくれた。自然農法には、まだまだおよびもつかないけれど、その空気はかがせてもらっている。これからどうなるか。
去年、この世を去ったじっちゃんは、今ごろどこで何をしているんだろう。きっとどこかの星でもっと大きな人となって、大自然の本当の真理を学んでいるに違いない。いやいや、見たこともないような次の時代の植物を創造しているのかもしれない。
いつかその植物に出会うことを楽しみにしていよう。
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