近所に着流しを着てそぞろ歩く粋なオヤジがいる。
昨日も黒一色の着流しに、赤い半襟をちらつかせ、
手作りの粋な杖をついて遊歩道を向こうから歩いてきた。
「今日もオシャレだねえ。」
と惚れ惚れと見ていると、
「いや。。。ついに言っちゃったんだよ」
「何を?」
「前から言おう言おうと思ってたんだけど、なかなか言えなくて。。
そういう日にゃ、夜中ずっとそのことを考えちまってよお。。。眠れねえんだ。」
私に告白でもしてくれるのかと、期待に胸を膨らませていたのだが、全然違った。
この遊歩道はその昔はほったらかしだったが、
最近野草を保護しようと、石や木をおいて、道と野草のエリアを分けた。
そのおかげで踏み荒らされることもなく、毎年自然に野草が生えてくるようになった。
だが中にはその境を超えて侵入し、カメラやスマホで野草の写真を撮る人達がいる。
オヤジはそんなやつらが気に食わないらしい。
「だが、さっきついに言っちまったんだ!」
「なんて?」
「この遊歩道は、子供達が綺麗な野草を楽しんでもらおうと作ったものなんだ。
それをあんたはその思いを踏みにじったうえで、
その野草を自分の孫に見せるのかね。
『ほら。おじいちゃん、いいのを撮ったよ』と。
さぞかしいい写真が撮れるだろうねえと。」
「ものすごいイヤミですねえ~(笑)」
「そうだろう?そこまで言ってやってもわかんねえんだ。あいつら」
何年も思い悩んで、どう言ってやろうかと考え続けて、
やっと口から出た彼の思い。
だけど彼の心に「やってしまった」感が出ていた。
言わないことによる後悔と、言ってしまったことによる後悔。
どっちに転んでも、彼の中の罪悪感は激しさを増すばかりのようだ。
「言ったって、きっとわかりゃあしないさ。
だって、平気で柵を越えていくやつらだよ」
言ってしまった罪悪感を打ち消すために、さらに相手の罪を咎める。
今夜は眠れない夜を過ごすのかもしれない。。。
「きっと入ってますよ。その彼の心に。」
私は胸をちょんと押した。
うん。間違いなく入っている。
良かれと思って、柵を作る。
良かれと思って、柵を越えて写真を撮る。
良かれと思って、注意する。
みんな良かれと思う、優しい心からくる。
それは幸せになるためにやる行為。
着流しのオヤジも、カメラオヤジも、みんないい人だ。
しかし心に罪悪感があるうちは、罪を見る。
それに耐えられず、外に罪をなすりつけることで自分を正当化する。
でも本当の心の底は、その正当化さえも苦しい。
苦しいからもっと他のことに目を向けて、あれやこれやを咎め続ける。
そんなことを私たちの心はやっている。
「歩いてたら、道でそいつに会うよ。
会ったらなんか言ってやっておくれ」
「あいよ~」
別れた後、何人かのカメラオヤジに会った。
みんないい人たちだった。
着流しオヤジとカメラオヤジが、
互いに素敵な朝を迎えられたことを願う。
絵:「SFマガジン」/扉イラスト
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