2008年10月19日日曜日

ニューヨークのお化け



日本なら、夏と言えば怪談もの。
だけどなぜかアメリカは冬が本番。とくにハローウィンのこの時期は、その手の話にあふれている。
今日は、別の場所で掲載された私のエッセイをのっけます。


『ニューヨークのトワイライトゾーン』

 夏なので、ニューヨークのちょこっとだけ恐い話を。
 私の友人が、ニューヨークに遊びに来た時、ミッドタウンのあるホテルに泊まった。寝苦しい夜を過ごすうち、夜中にふと目をさます。真っ暗闇、部屋の中を人が歩いている。それも一人ではなかった。ビックリした彼は、目を凝らして暗闇をみつめた。
すると、ベッドから見ると右側の壁から、たくさんの人がわさわさとあらわれでてくる。と、おもうとそのまままっすぐ反対側の壁に消えていくのだ。その数、十人やそこらではない。
「そんなもん、数えられしまへんがな。何十人、へたすりゃ、百人単位ですがな」と、興奮している。彼らはみんな泥にまみれ、疲れた顔をした労働者だった。そして友人には、はっきりとアジアのどこの国の人たちかがわかったという。
「そんなの、なんでわかるのよ」と私。
「いや、ほんまでんがな。なんでか知らんけど、はっきりわかるんやて」
 その後、何日か同じシーンを見続け、最後にメイドらしきおばあさんが出て来た。そして彼のベッドのところに来て、ポン!っとふとんの上から彼の足を叩き、にやっと笑ったらしい。それから一切出なくなったという。
 何年かたって、別の友人との対話の中で、そのホテルの名前が出た。
「知ってる?あそこは強制的に連れてこられた人たちに、無理矢理作らせたホテルなのよ。そのせいで、出るらしいわよ〜」
 私はぞっとした。まさにあの友人が言っていた、あの国の人たちだったのだ...。

 ニューヨークに長いこと住む知り合いは、「そんなの常よ」と、こともなげにいう。
 あるカップルが引っ越しをしたその日、大量の本を本棚に収めて一息ついた。「さあ、お昼でも食べにいきましょうか」と、後ろを向いたとたん、大きな音がした。振り返ると、棚に収まっていたはずの大量の本が、全部床に落ちていた。地震でもなく、ゆらしたわけでもないのに...、と思いながら、また本を棚に収める。「さて...」と向きを変えたとたん、また音がする。振り返ると、もとのもくあみ...。「なんでー!?」といいながら、意地になって本を入れていく。入れ終わって後ろを向く...と見せかけて、ばっと本棚を振り返った...。
「本が、宙を飛んでいたのよ...」
 大量の本が鳥のように飛んだと言う。彼らがその日のうちに、アパートを逃げ出したはいうまでもない。

 たしかにニューヨークの建物は古い。そこにはいったい何人の人たちが、何を思って、どういう暮らしをして来たのか、知るよしもない。ましてや日本のように「お祓い」なんて習慣もない。暗い事件は、暗い事件のまま放置されるのだ。それでも全然オッケーな人たちが、そこに長々と住むことが出来るという寸法だ。

 ニューヨークには、そんな歴史がごまんと埋もれているに違いない。現に最近のタイムズスクエアーの新開発にともなって、地面を掘りおこしたら、おびただしい数の人骨が出て来た。黒人のものだったという。そんな悲しい事件の闇の部分を明るく照らす意味でも、あの場所はいつまでも明るく華やかであって欲しいものだ。

 ところで、そのホテルの名前を知りたい?でも言わぬが花ってところでしょうか。

絵:ミステリーブックカバー掲載
エッセイ:東京書籍e−net掲載

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