2008年10月16日木曜日

カメムシとのおつきあい


 
ニューヨークから引っ越して来たその日、なにげなく部屋の隅を見た。
カメムシがいた。ずら〜っと。
「....!」
よく見ると部屋の隅という隅に、軍団を作って仲よく並んでいるではないか.....!

そういえば最初から、そこはかとなくあのニオイはしていた。
しかし「ここは山のすぐ近くだから、まあ、カメちゃんの1匹や2匹いたって、ふしぎじゃあないわよねえ〜。ふはははは〜」と、平静をよそおっていた私。だが、ほどなく「それは数えきれない」という現実を知る。
「こっ.....ここはカメムシ館だ!」

ニューヨークにカメムシという昆虫はいなかった。7年間あのニオイの事はすっかり忘れていた。あのカメムシ旅館事件も。トラウマが一気に浮上。

この家は私たちがやってくるまでの7ヶ月間、人が住んでいなかった。その間にカメちゃんは暖かい場所を求めてやって来ていた。天敵のニンゲンもいないし、天国だったに違いない。「ここは人間様の住むお屋敷であるぞ。この無礼者!」とはいってはみても、高尾山にへばりついている家。彼らにとって、家も山もおなじである。人が住まなくなった家は荒れるというのはこういうことなのか。


その頃は3月。100匹くらいはすでに死んでいたが、まだごぞごぞうごめいているものもいた。私は震える手で、1匹1匹処分していった。さすがに生きていたカメちゃんは殺すには忍びない。殺さずに
「はい、あんたの住む場所はそっち」といいながら、外にポイポイした。

それからカメムシの季節がやってきた。
窓を大きく開けているとぶーんと飛んでくる。私は「ハイ。あんたのお家はあっち」と外にポイッと出す。そうやって、他の虫たちも外に出す。ゴキブリも、アリも、ハエも、ハチも、カナブンも、コオロギも。さすがに蚊だけは外に出せないけれど。
そうすると不思議なことに、ほとんどウチの中に虫は来ないのだ。こんなにまわりを自然に囲まれていて、庭ではブンブンと元気よく飛んでいるというのに。あの引っ越した当初のカメムシ館状態は跡形もなく消えていた。
「お宅、虫いないわねえ」と近所の人にもいわれた。

じゃあ、高尾にカメムシはいないのか?と思いきや、近所の人はカメムシの多さに悩んでいる。「殺しても殺しても入ってくるんだ」と文句をいう。

この違いは何だ?

ひょっとしたら、殺さずに「お宅のお家はそっち」と外に出したのが良かったのか?
虫さんは「あ、そ。うちはこっちね。ハイハイ」と納得したんだろうか。
でも殺しちゃったら「このヤロー」と、また入ってくるというのか?
んなアホな、ともおもう。しかしこの現実は何をいわんとしているのか。
私は、犬は言って聞かせれば分かると信じているが、まさか虫もそうなのか?まてよ、母の栗の一件がある。ひょっとしたら、聞いてるのかも....。

人と虫は「住み分け」が出来るのかもしれない....?

絵;「山辺の道」けんぽ表紙掲載

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