「で?それからどうなったの!?」
矢継ぎ早に内田氏は聞いてくる。
私はどんどん彼の質問に答えていく。
そもそもどうして高知から京都に行ったのか。京都から東京に出たのか。東京からニューヨークに行ったのか。どうして日本に帰ってきたのか。
「おもしろーい!」
目の前の男子が目を丸くして私の話を逐一聞いてくれる。
「それで?それで?」
そして散々私の過去の出来事を聞いた彼の結論がこれだ。
「つくしさんの人生、今まで全部行き当たりばったりじゃないですか!すごい!」
い、行き当たりばったり、、、?
そーいえば、就職したのも、いつも通る道端で気になっていたオレンジ色の看板を見て、
「うん。あれは絶対デザイン事務所に違いない。京都で就職することにしたら、あそこに行ってみよう」などとなんとなく思っていた。
で、美大を卒業したら東京に行くことにしていたのに、流れで京都に留まることになり、気になっていたそのオレンジ色の看板があるドアをノックする。出てきたのはカメラマン。そこはデザイン事務所じゃなくてカメラマンのスタジオ。でもたまたまそのスタジオの隅っこに机をおかしてもらってたデザイナーと出会う。
「お前、あほちゃうか?まあええわ。これから納品に行くからついておいで」
と行った先の会社の中にあるデザイン室で働くことになる。
その後東京に出てフリーランスでやっていこうと決めて、たまたま用事があって出かけた六本木で電話ボックスに入り、アートディレクター名簿を探す。一番近くにある事務所を見つけて電話をする。
ものすごーく嫌な無愛想な声で、「君、何言っちゃってるの?」
諦めかけてたら、
「まあいいや。作品今持ってるんでしょ?見せに来れば?」
そこからいきなり
「んー。これ、やる?」と言って星座占いのカットの仕事を任せられた。
ニューヨークにイラストレーターとして挑戦しに行こうと決めたのも、頭の中で声がしたからだ。
「ニューヨークに行け」と(笑)。
確かに行き当たりばったりだ。大人がやることじゃない。大人はちゃんと目標を決めて、それに向かってちゃんと計画を立て、着実に進んでいくものだ。私のは褒められたもんじゃない。
「だけどそれがちゃんと形になっていくんです!つくしさんは、その生き様がおもしろい!」
はっきり言って、私の絵はよくわからないらしい(笑)。いや彼は芸術全般に全然疎いようだ。しかし絵が動いている!と言ってくれた。
その夜、何かが私に残った。ほんわかと温かいもの。
彼は私のこれまでの生き方すべてを、つまり行き当たりばったりだろうが、大人的な生き方だろうが、受け取ってくれていたのだ。
今まで生き方そのものを褒められたことはなかった。結果がすべてで、どんな形になることが、どんな賞をもらうことが、どんなお金を得ることが、というそこに現れてくる「カタチ」がすべてモノを言うと思ってきた私だった。
ここにきて、生き方そのものを、結果ではなく、その行程、いや、その存在そのものを受け取られるとは。もちろん、母や旦那には受け取ってもらえていると思うが、こうやってはっきりと目の前で受け取られることの、なんというか、驚きと喜びは言葉で表現できない。
そして受け取られていると感じると同時に、
自分が自分自身を受け取っていってたんだと気づかされた。
目の前の人が、私を拒絶すれば、私も拒絶で反応する。
しかしその反対も同じ。
目の前の人が私をどんどん吸収していくのを見て、私も私自身をどんどん吸収していくのだ。
彼はその助けをしてくれている!
次の日の朝、これまで自分がやってきた作品が違って見えていた。
動いている!なんて明るい絵なんだ!愛に満ちているじゃないか!
それまで過去の自分の作品は、どこか恥ずかしいものを見せているような後ろめたい気持ちがあった。ところが今は、自分で見れば見るほど嬉しくなってくる。
「ああ、この色使いでもって、ここにわざわざこの形にしたところが、グッとくるよなあ」などと。
何が起こっているのだ?
絵:ミステリー表紙イラスト
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