お金って、もらうなら、できるだけ多いほうがいい。
でも払うなら、できるだけ少ないほうがいい。
それが二人の間で行われていたらどうなるんだ?
駆け引き。腹の探り合い。
互いの妥協点を見つけ、「まあ、これくらいで」と決着をつける。
この世界はそんなことで動いている。
で、減ったら、また稼がなきゃ!と次の一手を考える。
ずーっとお金のことに縛られているなあ。
そーいや、仕事って、お金を稼ぐためにやることがほとんどだ。
いや生きるってこと自体がイコールお金を稼ぐことだ。
お金のために生きて、いっときの休息に息抜きをして、そしてまたお金のために仕事する。
それが人生ってもんさ。と、思っていた。
実は今、全くお金にならない仕事をしている。
こんなこと、今までやったことあるかなあ。
自分が動くこと、イコール、お金になる仕事、
もしくは、お金に結びつくよなあ~、
なってくれるといいなあ~という目論見のもとでやる仕事(笑)であったのだ。
それが全くお金にならない!
「これ、100万円単位の仕事だよ」と友達に言われて、
「おお!」と思った。
その時なんだか嬉しくなった。
旦那にそのことを話すと、
「そりゃ、天国に100万円分の貯金をしているんだよ」とも言われる。
さらに嬉しくなる。
お金って、あってもなくてもいいのか?(そこ?)
その時、私はお金に力を与えていた自分に気づいた。
お金の金額の高さ次第で仕事の喜びがあるものだと、今までなんとなく思ってたんだ。
でもこの間、すごく低い金額の仕事をした。
だけど自分が向かう姿勢は今までとなんら変わらなかった。
そしてここにきて、全くお金が発生しない仕事をやっている。
それでもそれに向かう姿勢は同じだった。
なんだ。お金の額次第じゃなかったんだ。
ましてや、支払いあるなし、関係なかったんだ。。。
今までどれだけお金に力を与えていたか。
それが増えた減ったということに心が振り回されていたか。
それで苦悩してどうにかしなければと躍起になっていたことか。
この感じ。この間、ノジマで感じたことの延長線なのかもしれない。
自分の外に力を与えていた。
その力しだいで、私は幸福にも不幸にもなると信じてきた。。。
ということも気がつかないほどの全くの無意識だった。
でも違ったんだ。
その力は外にはない。
私にあったんだ。
私の中で世界は動いている。
今まで、世界が私を動かしていると思っていた。
だから世界をコントロールしようと躍起になっていたんだ。
全ては自分から出ている。
外に見えるものは、私が信じている結果だ。
自分から現れてきたのだから、
その原因を自分に戻そう。
私にはその力がある。
絵:稲盛和夫似顔絵
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