2019年5月19日日曜日

ザ・ニンゲンワールド




畑からの帰り道、私の作業ズボンの上で、
二匹のホソヘリカメムシが交尾しているのをみつけた。

「ありゃ。こんなところでエッチしているんかい」
お尻だけがくっついたカメムシを、伐採あとの倒れた杉の上に誘導する。


そこは先日杉林が伐採されたところ。ずっとうっそうとした森だったのに、30本ほどの杉が切り倒され、今は明るい景色が広がっている。
気持ちのよさに、その場で倒木に座ってのんびりする。

ふと自分の心が静かなのに気がついた。
すぐむこうには畑。作業の合間によく畑で寝そべる。空を見上げ、大地の感覚と草の感覚をかんじながらゆったりとする時間が好きだ。
その時の心情と、今の心がちがっていた。

「え?なんで?」


畑でのんびりしている時、本当は静かではなかった。今心が静かだからこそ、さっきの心模様が見えてくる。

畑では、つねに心がざわざわしていたのだ。

一見見晴らしがよく開けた場所で気持ちがよく、野趣あふれる場所とはいえ、そこは「私のエリア」。野菜の種蒔き、雑草の手入れ、管理、収穫の量の多さ少なさ、大きさ小ささ、味のうまさまずさ、、、。すべて「私」が関わる自然。心は無意識のうちにここに関与する。
心はどうしようもなく静かではいられないのだ。


ところが今は、たとえそこに人の手が加えられた杉が倒れていても、私のあずかりしらぬところ。むしろ景色が広がってくれてありがとうの意識だ。



「は~ん。なるほどねえ。こんなにも心がちがうんだ~」
「私」が関わった場所には、いろいろな観念がこびりついてる。静かであろうとしても、深いところであれやこれやと思考している。
畑だけでそれなのだ。家の中ではもっといろんな観念が渦巻いていることだろう。椅子、コーヒーカップ、冷蔵庫、換気扇、食器、パソコン、ああ、もう、どれだけそれぞれにいろんな思いがこびりついているのだ???

ああ、そういやこれもそうだ。
夜寝る前に窓を開けて夜の空気を感じながら瞑想したあと、窓をパタンと閉めたとたん、ザ・ニンゲンワールドに戻る不快さを感じている。
もし目の前に山でなく、自分が手がける畑が広がっていたなら、どこまでもニンゲンワールドで辛くなっていたに違いない。



高尾山に今日も人々がやって来る。


それは日頃のザ・ニンゲンワールドからはなれる瞬間を持ちたいと、
無意識に感じているからじゃないだろうか。




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