2014年9月18日木曜日

制限をゆっくりはがしていってる最中



ブログでさんざん意識の話をかいているけれど、じつはこんな話をあまり人にしていない。するのはもっぱらダンナと母だけだ。

なぜかっちゅーと、こころや考え方の話になると、何となく話している相手の考え方がまちがっているのよ的なニュアンスに聞こえてしまいそうになるからだ。
誤解を与えてしまうんじゃないかと。

どうしても善悪、正しいまちがっている、という2元論に終始しがちになるので、「じゃあ、あたしがまちがっているっていうの!?」といわれかねない。
だからやまんばは恐くて言えない。

でもなんだかそういう内容のコミュニケーションもあっていいような時代になってきているんじゃないかと思うんだ。
これが正しい、それはまちがっている、というどっちかしかないような締め付けの世界とはちがう世界。

そもそもそれが正しいまちがっていると解釈するのは、そう教えられたからだけなのだ。それはいつでもいかようにでも変化できるものなのだ。
その締め付けられた価値観は、自分でほぐしていけるようになる。
人生が苦しいのは、自分が自分に制限を与えていただけなんだと。

やまんばもその自分が自分に与えた制限を、ゆっくりはがしていってる最中。これは決して苦しい作業ではなくて、むしろ新しい自分を発見する楽しい作業。自分の中にしか答えがない事をどんどん強く感じはじめている。

あれがだめならこれ、これがだめならそっち、のような入れ替え制のしくみじゃなくて、その入れ替え制のしくみじたいを理解する世界っていうのかな。
そんな話がみんなとできていったらすてきだなあ。。。

だからやまんばがとつぜんへんな話をし始めたら、「あ、きたな」と思ってください(笑)。



0 件のコメント: