2012年8月18日土曜日

常識ってなに?



そっかあ〜。石けんなし生活で水虫治った人がいるんかあ〜。
まいうう〜ぱぱさんいわく、3人中3人治ったんだそうな。
それって、100%の確率、ともいえるし、単なる偶然、ともいえる。

どっちをとったっていいじゃないか。それをどう思うか、ってことじゃない?
たとえば、100人が水虫治しに石けんなし生活を挑戦してみて、100人とも治ったとする。それだって、単なる偶然じゃないかっていわれればそうなのだ。
ということは、世の中のあらゆる実験が、単なる偶然ってこともいえるんだよなあ〜。

ということはだよ、ちまたでいわれている常識と言われるものは、単なる偶然なんかもしれんなあ〜。ははは〜。

その単なる偶然を、みんな必死になって守ってる。こうじゃなきゃいけない、ああしなきゃとんでもないことになる!と。

守るべき常識!守るべき姿!守るべき価値観!
なんだか力強いねえ。
するってえと、それを守らん奴は、許せん!とか、敵だとか、悪だとかになっちゃって、ちょっとでも違う事ゆー人は、
「あんたって、なにもの!?」
みたいにキョゼツされちゃう。

ある人も石けんなし生活をだれかにすすめると
「それっておれに、原始人になれと言ってんのか?」
と言われたそうだ。

なんだか生きづらいねえ。
特に最近は言っちゃいけないことが多くなった気がするなあ。あれでしょ?これでしょ?
え?なに?ダメダメ。言ったら袋だたきにされる。

やまんばは石けんなし生活で、あれ?常識ってこんなもんだったんかいな?っておもった。アレコレしなきゃいけないと思い込んでいた『常識』が、ナーンだ。単なるガセネタかよ。って。

まわりを見渡してみると、まあ常識だらけ!
「それって、ジョーシキでしょ!」
は、殺し文句になっちまった。

だけどそーながやろーか?
えらい窮屈ながよ。
世の中完全に二元論の中に落ち込んじゃっている。あっちじゃなきゃこっち、善と悪、敵と味方、損と得、勝ち組と負け組、成功と失敗。。。。

この世は二元論ではちっとも推し量れんがよ。そんなのちっぽけな価値観ぜよ。

そろそろさあ、ちまたのダイジーな常識ってやつを
「どっちでもいいじゃん。あんたがそれをどう思うか?ってことよ」
ってなレベルにまで下げてもいいんでないの?


絵」MF新書表紙「カブトムシとクワガタの最新科学」
虫好きにはたまらな〜いワクワクものです!!

2012年8月15日水曜日

石けんなし生活で野生か!



勝手に石けんなし生活もかれこれ3年半近くなる。相変わらずやまんばは、歯磨き粉も、石けんも、シャンプーも、リンスも使わない。
コマーシャル的に解釈すると、さぞかし垢や菌がたまりまくっている事だろうから、よいこのみなさんは、まねしないように。

だがやまんば的にはナーンも支障がない。今までなんでカラダにいろんなもん使ってたんだろな?ってなかんじだ。
カラダに石けん使ってると、冬はかさかさお肌になって、あっちゃこっちゃクリームを塗らないといけなかったし、夏はベトベトしてあせもになっちゃうから、ベビーパウダーなんかぱたぱたしないといけなかった。だけどお湯か水で洗うだけで、さっぱりすべすべ。適度な油分が肌に潤いをもたらしてくれる。天然の化粧水だあ。

先日前から残ってた虫歯をとりに歯医者に行ったけど、歯石を取らないといけないとは言われなくて(以前はいつも行くたびに『はい、歯石を取りましょう』っていわれて歯石取りにいってた)、「まあ、きれいに歯が磨けてますね」ってさ。以前と同じようにしか磨いてないのに。

歯石って、ひょっとして歯磨き粉でできてる??もしくは自然に出来上がってくるはずのエナメル質を歯磨き粉が取ってる??なぞだあ。
シャンプーリンスもなくってもすこぶるカイチョー。さらさらヘヤー〜。

畑から汗かいて帰っても、シャワーでザザザーではい終わり。カラスの行水だあ。
おかげでガス代が安い。


こないだ畑で草刈りをしているとあるにおいがした。
今は亡きホワイトシェパードのユタのぱう(肉球)のにおいだ。
香ばしいような、わらのような、アメリカ人的にいえば、ポップコーンのようなにおいのあれだ。やまんばはあのにおいが大好きで、しょっちゅうユタのぱうを自分の鼻に押しあてて「くっさ〜」といいながら嗅いでいた(ヘンタイか)。
ユタがここにいるのか?とあたりをみわたしてもいない。よーくにおいの元をたどれば、目の前の刈り倒したメヒシバ(イネ科の植物)からだった。

ユタもよくこの草をくってたからなあ。くった草のにおいがカラダからにおい立つんかもしれんなあ〜。ああ、そうか。動物は自然に近いんだな。自然と一体だからきっと自然からにおいをもらうのだ。
などとユタのぱうのにおいを懐かしんだものだった。

だがしかし。
まさかそのにおいが、自分からするとは思わなかったのだ。

このくそ暑い今年の夏。
汗をかきかきコンピューターに向かう。(冷房つけろや)
するとどこからともなく、ユタのぱうのにおいが。。。
あれっ?ユタが?(いるわきゃないだろ)
するとにおいのぬしがここにいた。
なんとやまんばの脇の下からにおっていたのだ〜〜〜〜(きゃーやめてー)。

こりゃ、どーいたことぜよ。
わしゃ犬になったがやろか?

つまりこーゆーことか?
畑の野菜を食う。畑の野菜は肥料もない。ほとんど自然の状態で育っている。という事は、そこらの雑草と同じような状態におかれている。いわばメヒシバをくっているようなもんだ。その野生化した野菜を食らう+石けんなし生活で、こりゃ、まさに野生動物じゃねえか!

ついにやまんば、石けんなし生活によって、野生化してきたのであったーーーー!
あのユタのように底なしの元気が出てくるんかもしれん。
なんだか底力が湧いてきたどおー!

ということで、イヌ化してきたやまんばにはお近づきになりませぬよう。
よいこのみなさまは、石けんをちゃんとつけて、スーパーの野菜をちゃんと食べて、ニンゲンらしくお過ごしください。




絵:スマホケースデザイン「やまんば」(私の理想の姿)

『やまんば』
蛇滝付近に生息する元人間族。おんとし233歳。
江戸時代に大失恋をしてから、やまんば道に入る。
山水を飲み、草を食らううちに怪力を身につけ、近年は高尾山に熊を寄せ付けない。
蛇滝から高尾山頂まで3秒で駆け上がる。
まわりの空気を読まない独自の道を突き進む。
ちなみに大天狗とは、ダチ関係。

なんちゃってご利益:
やまんばが近くにいりゃ、なにものにもへこたれない、強い心と身体を身につけられるかも~。

2012年8月14日火曜日

イノちゃん抗議する。。?




日曜の朝7時まえ、突然目の前の山から、大きな鼻息が聞こえた。

ぶひー、ふがふがふが、ぶぶー、ぶおーん、ふがふがふが、ぶぶぶーっ。。。

家の前はすぐ川。その小川の向こう側に、山にそって遊歩道がある。その遊歩道でイノシシが草木をなぎ倒しながら一人で怒っている。樹々に隠れて姿は見えないが、あの声からするとあきらかにウリボウではない。かなり大きなイノシシのようだ。

な、なんか知らんが怒っている。ウチの家の真ん前で。
ふつうこんな明るいうちにイノシシがふもとまででてくる事はない。しかもそこは、犬の散歩コース。今はまさに人が犬と歩く時間帯だ。やばい。でくわしちゃったら、どーするの!

すると案の定、西の方からセントバーナードを連れたおじさんがあるいてきた。でもおじさんは行く先を見据えたまま動かない。イノシシに気がついていた。そのまま行くか、引き返すか迷っていたようだ。だがほどなくしてゆっくりとおじさんは進行方向に歩き出した。山の上の方を見ながら。あのイノシシは山に帰っていったようだった。


日曜日は一日中、町内会のご神事やのんべや夏祭りに参加して忙しかったのでやまんばは畑に行けなかった。
次の日、畑に行く。入り口のドアが開いていた。
あ、やばい。。。

案の定、サツマイモ、ジャガイモ、トウモロコシ、ズッキーニが荒らされていた。イノちゃんだ。あーあ。
サツマイモなんてまだまだちっこいイモしかくっついてないはずなのに、食い荒らされ、トウモロコシもなんとか順調に育っていたものが半分食われていた。しかも部分食い。うちすてられた裏半分きれいに残っているトウモロコシを後ろ髪引かれながら捨てる。種にする?でもなんかやだなあ。。ズッキーニは根元をがぶり。
畑の後ろの墓石はほとんどなぎ倒されていた。

イノちゃんは、畑の正門から堂々と入ってきたようだ。入り口はいつも自転車に使われる番号を合わせるチェーンロックで繋がれていた。落ちているチェーンを調べると、カギのようなストッパーになっている金属のでこぼこが、きれいさっぱりとれていた。どんな力で押したんだ?恐るべしイノちゃんの力。

それにしてもあのチェーンを外した労力のわりには大した腹の足しにはならなかっただろうな。サツマイモはほどんどなっていないし、秋用に植えた種イモもほんの少ししかない。
それだけ山にエサがないってことなんだろうな。
今日は久しぶりに高尾に雨が降っている。少しは山も潤ってくれるだろうか。

あれ。ひょっとしたらあの日曜日の朝のイノちゃんは、やまんばに抗議していたのか?

ぶひー、こら、やまんば。お前んとこの畑、なんにも食うもんがないじゃないか!おれ様が力振り絞ってチェーン外してやっと入ったのに、なんじゃあのちっこいイモは!ちったあ、でっかく育てとけや!
って。。。?



絵:スマホケースデザイン「孫カッパ/九寸


『孫カッパ』
カッパ目カッパ科小仏川属。第145代目カッパ族のぬしの孫、九寸、85歳。
小仏川を拠点に古くから住む種族。縄文時代に人間族が入ってきた頃にはすでに生息。
近年人間族のすぐ隣で住んでいるうちに、人間が持つ独特のアンニュイな気分をまねるようになる。
ぬしは、最近の彼のそんな様子をウレイている。

なんちゃってご利益:
カッパ族が持つ皮膚の柔軟さはあらゆる水を味方につける。
その九寸の姿を身近に持てば、水から身を守れるかも~。

2012年8月11日土曜日

背中をはうもの



畑で草刈りをしていると、背中を誰かが触った。
後ろを振り返ると誰もいない。

なんだ、気のせいか。と思ってまた草刈りを始める。
するとまた背中に何かが触る。

切り倒したヒメジオンの茎でも背中に触っているのかと振り返る。しかしそれらしいものはない。

おかしいなあ。。と思いながら、また草刈りを始めようとするそのとき、背中を何かが這っているのに気がついた。。。!

ゆっくりと、何本かの足で私の背中をはいあがっていく。もう少しで首の所にまで来ようとしていた。

!!!

何本かの足。そいつが一歩歩くごとにぴりぴりする刺激。。やまんばの頭の中に、あのときのムカデのイメージが浮かび上がった。

ある日野良仕事しようと小屋においてあった手袋に手を入れた。左手の中指に妙な違和感があった。
はて?この違和感はなんだ?
と左手を持ち上げてみる。赤い手袋の真ん中の指のてっぺんに穴が開いていた。そこからオレンジ色のちっちゃなひげが二本左右にいそがしげに動いている。
なんだろうこれ?
じーっとみていると、その下から、真っ赤な足がニョキッと出た。

ムッッムカデだああああ〜〜〜〜っ!

必死で手袋を脱いだそのあとから、ぴょんっと、でっかいムカデが躍り出た。
幸いかまれはしなかったが、あのときのショックったらなかった。何度も左手の中指を確認したほどだ。


そして今、そいつは私の背中を這っている。。。!

あわてて立ち上がる。やつは、私のTシャツと木綿のベストの間を這っているようだった。頭をできるだけ下に下げて振り払おうとする。しっかりしがみついたまま、はなれない。首に巻いたタオルを投げ捨て、べストを脱ごうとする。いや、ここで下手に刺激したら、かまれるかもしれない。ひえ〜〜〜っどーすりゃいーのよーと一人もがく。だがそいつはもう私の首まで達していた。意を決してやまんんばはそいつを素手でむんずと掴んだ。
掴んだ瞬間、でかいのがわかった。だが長くなくて、そいつはまるっこかった。
掴んだ手をゆっくりひらいた。
手の中には、でっかいメスのカブトムシがいた。。。。

あわてんぼのやまんばのせいで、カブトムシはケガする事もなく、無事だった。
そのまま自然の中に返した。

自分の姿を思い出し、顔が赤くなる。
びっくりさせてごめんよ。




絵:スマホケースデザイン「大天狗の孫/玉露

『大天狗の孫』
初代大天狗は、高尾山が隆起して山になったときから住む山の精。
その孫玉露は、草のつゆから現れてきた。年齢不詳。
気分屋なので、いわゆる天狗の修行はしないが、その気になりゃ、かるく百変化する。
今は、何となく昆虫の姿になって、ふもとの村人たちの観察を続ける。
カラス天狗のだるとは、ちょっとやばい関係。

なんちゃってご利益:
形を持たない種族だが、強い意識を持って自由に生きる。
なんにでも変化できる、自由で強い心になれるかも~。

2012年8月8日水曜日

高尾の夜の音




高尾もどど暑かった日々だったが、ここにきて夜はひんやりと寒いくらい。
秋はそこまでやってきている。

ふしぎなのは、今年は虫が少ない。毎年この時期になると、蚊はもちろんのこと、アブやらブヨやら、やーなもんがうろうろとびまわっている。なのに畑にも庭の草ぼうぼうの中にもほとんどない。全くいないわけではないが、うんとすくない。

夜は4月から鳴きはじめたカジカの声が、夏に向かって行くにしたがって、虫の声と間髪入れずにバトンタッチするはずなのに、今年はカジカがその活動を虫たちに譲ったのに鳴かないのだ。
しーんと静まり返った闇のなかで、時々遠くの方で微かに「ちんちろりん」と聞こえるだけだ。

これじゃまるでNYの夏だ。あっちは虫の声なんてほとんどきこえない。蝉だってかろうじてこそこそといるだけだ。しかしここ日本は、虫の存在感が目一杯あるはずなのに。

こう書くと「それは放射能のせいだ」といわれるかもしれない。そうなると高尾でこれだから、東の方はもっと顕著にでているにちがいない。

だからといって、なにもできるわけではない。
すると、何もできないなんて、私たちはなんて不幸なのだ!何もできないから、なんか運動を起こさなくてはいけないと思う人もいるんだろうな。

やまんばは何も行動を起こさないんだな。
何も行動を起こせないからではなくて、行動は起こさない。ある事実をそのまま受け取るだけなんだな。

事実は「虫が少なくなった」という事実だけだ。そこに「放射能のせいだ」とつけるのは、事実ではなくあくまで憶測だ。その憶測でしかないもので、国に向かって行動を起こそうとはおもわない。
わたしゃ気が弱いんだな。

でもさ、この世は目で見えるものだけしかないとはおもえないんだな。目で見えるものなんて、全ての1%にも満たないんではないか?これも憶測でしかないんだけど。だけど目で見えるものだけしかないというのもまた憶測だ。それは50%50%だ、というもの憶測だ。
ひえ〜。

すると私たちは全て憶測の上に、怒ったり、心配したり、嘆いたり、ぬかよろこびをしているのかもしれないではないか。

うちゅーじんからみたら「あー、あほか」というような勝手な解釈で「これはこういうものだ」と決めて右往左往反応しているだけなんかもしれんではないか。

やまんばの勝手な解釈は、人はそう簡単に死なないんではないか?と憶測している。これまでだってどんだけの環境のなかで生き延びてきたかわからない生き物なのだ。これからの環境、どんなふうに順応してたくましく生きていけるかワカランではないか。
それには心というか、思考がう〜んと影響をしている気がするんだな。

人はそれぞれの好みに応じて忙しく反応するのだとしたら、やまんばは虫が少ないのは、地球上になにかの変化が起こっているのかもしれない。ニンゲンはそこでどんな変化に、どんなふうに適応していくのかと、ワクワクする方を選ぶ事にしよう。



絵:スマホケースデザイン『うみんば

2012年8月1日水曜日

でっ、でたあ〜っ!つくしのスマホケース新登場!


でっ、でたあ〜っ!つくしのスマホケース、新登場〜〜〜〜!
このたび今日からmocofes.さんから、私の絵がついたスマホのケースが発売されることになりました。
かわいいキャラ、きもいキャラ、ふしぎ〜なキャラ、いろいろもりだくさん。
あなたのスマホにつくしのキャラをくっつけて、なんちゃってご利益で最強のスマホにしよう!!
よろぴくううう〜〜〜〜っ。

T君の告白

「おれさあ、気がついちゃったんだよ」
「なにに?」
「今までいろんな人によかれと思ってアドバイスしてきたんだ」
「うん」
「でね、それがほんとは人のためと言いながら、自分のためにやってきたんじゃないかと」
「それはなんで?」
「おれ、そこ知ってる、おまえ、ここがおかしい、こうしたほうがいい。ということで、そのとき上に立ってたってその人を見ていたんだ。おれは人にいいことをしているつもりで、じつは自分でいい気分になっていたのだ。それに気がついたとき、おれはなんてことしてたんだ、とショックを受けた。。。」
「なるほど。。」
「ほんでもっとひどいことに、アドバイスするだろ?」
「うん」
「そのアドバイスした人が、おれの言った通りやっているか、追っかけるんだ」
「へえ?」
「だってそうだろ?いいアドバイスしたんだぜ。おれのいう通りやらないと、あいつ失敗するんじゃないかと気が気じゃないんだ」
「そんなのほっといてやれよ」
「そーなんだよ。ほっときゃいいんだよ。ところがおれはそいつが気になって気になってしかたがないんだ。失敗しちゃったらかわいそうじゃないか。だけどやってないのを確認するだろ?」
「やっぱ、やってなかったんだ」
「そう。そしたら、おれ、そいつをおこっちゃうんだ!」
「あちゃー」

「でもさ、そんな一連のおれの行動はさ、結局自分ってものを巨大にさせてきただけじゃないかっておもったんだ」
「自分を巨大に?」
「そう、それが自我っていったりエゴっていったりするもんさ」
「ああ、エゴの固まりなんていうもんね」
「そう、そのエゴの固まり!まさにおれ!」

「ひえー。だけど、そのアドバイスによって救われた人もいたんじゃない?」
「それはそれでいいんだ。問題は相手がどう反応するかじゃなかったんだ。それは相手に任せることだったんだ。」
「じゃ、なにが問題?」
「問題は、おれなんだ。そのアドバイスによって自分は知っている、わかっているんだ、という優越感をもつ。するとそのいい気分をもっとほしがるんだ。ほら、よく宗教家がやるじゃん、あれ。あれきもちいいんだ。恥ずかしいけど正直そう思う」
「キャー、正直だねー」

「んで、また誰かにアドバイスするだろ?そしてその人の反応を見て、おこったりうれしがったりする」
「いそがしーなあ」
「そうそう、いそがしーのだ。つまりおれは、人に依存してるってことさ」
「依存?」

「だってそうじゃんか。人の反応見て、自分の満足不満足を決めてるんだ。それって自分の幸不幸を人によって左右されているんだ」
「あっ、たしかに依存だ」
「人の反応ばっかり気にして、人に幸不幸をもらう。。それっていつまでたっても自分に満足は持てないってことなんだ」
「なるほどー。。。それってさ、みんなにいえることなんじゃない?」
「そうかもね。。。。人は結局外ばっかり見て、自分の位置をはかっているんだろうな」
「ここにいていい理由。。。みたいなものを、ね」
「そうそう。おれは人に認められて、ここにいていいんだって確認する」

「ほんとはさびしいんだよな」
「ほんとは、みんなといっしょになりたいのだ」
「そのきっかけがアドバイスすることだった?」
「。。。そういうことだったんだな。。。だけどそれによって、ますます自分と他人が大きく隔てられて、ますますお互いがバラバラになる。。。。」
「なんか皮肉だねえ。。。」
「。。けっきょく自我って強くさせてもいいこたあひとつもねえなって思ったよ」