蛇滝に向かう途中の道である男の人と出会った。
彼はずっと探求の道を歩んでいる。
仏教のあらゆる宗派を渡り歩き、
自給自足の生活に憧れ奄美や徳之島で師匠と出会い、
そこで一人生活をする。
今は東京のどこかで居を構え、時々こうして高尾山にやってくる。
夕食を食べながらその人の話をすると、
もういい加減にそういう世捨て人的な人と会うのはやめろ。
なぜそんな人ばかりと出会うのか、
そんな自分自身をしっかり見つめてみることだと旦那に言われる。
確かに世捨て人的な人には過去に二人会ったが、
そのぐらいで他に思い当たる人物は旦那しかいない。
私が出会う人は普通の人よりはるかに多いから、
そのタイプの人は全体の1%にも満たない。
だがこれも何かあるのだと思い、心の中を旅する。
私の中にある信念は、
私は何を考えても、何を感じても、何をしても間違っているという信念だ。
全面的に私が悪いという信念がある。
だから今回の出会いも、私が間違ってしまったのだと考えた。
これは小さい時に父親に殴られて育った時のあの感情を引き出して、
光の下に晒し、終わりにすることなのだと思った。
その感情を終わりにするために起こった出来事なのだと。
悲しみ怒り恐れ、それらの感情を表に浮上させ、
味わいながら聖霊にひたすら渡し続けた。
しかし一向にその苦しみは消えなかった。
ただ苦しみの中にいるだけでいいのだと思ったが、
どうにも苦しさに耐えられない。
コースを読んだ。
邪悪な夢を兄弟と分かちあわないことだという。
私の中に少し彼に対する怖さがあった。
旦那はそれに気づいて、それを終わりにしろと言いたかったのかもしれない。
兄弟を恐れない。
兄弟を恐れるとは、自分と兄弟を分離させていたがっているということ。
私はあまり人は怖くない。だから知り合いがたくさんいる。
それでも厳密にいうと恐れはある。
それを徹底的に根絶せよということなのか。
だからもう兄弟を恐れるのはやめようと思った。
すると森の中にいる彼が心に見えた。
杉林を背景に立っている。
彼は次第に後ろの杉たちに溶け始める。
彼の体はいく筋もの線になって、
ザーッとゆっくりと上に流れ始めた。
彼の姿はもう見えない。
その時、彼はこの森そのものだったんだと思った。
この蛇滝の森の思い。
この森にはずっとずっと長いこと歴史を刻んできた幾千万という思いが宿っている。
その思いが彼という形をとって私の前に現れたとしたら。
それは浄化のためであるのかもしれない。
私たちの、宗教への思い、悟りへの思い、神への思い。。。
自然の中に染み込んだ悲しみ、怒り、恐れ。。。
それは私の思いでもある。
それを取り除くために。。。
そう考えると、後の二人もまた森の人だ。
ミツバチや虫の妖精、もう一人は木の妖精。。。
彼らは自然の化身として私の前に現れたのかもしれない。
そう考えた時、やっと心が穏やかになった。



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