2012年2月16日木曜日
危機感をもつ。。
やまんばは暇にあかせて「インボーもん」や「ありえへん」もんをネットでサーフィンする。いろんなところで人々が炎上している。インボーもん的に見た銀行のシステムも、なるほど、そーゆーことか、とおしえられる。無からお金をどんどん生み出す今の金融のシステムも、やらいうまい事考えついたもんやなあ~と感心する。
すると庶民は「なんだなんだ、お前だけもうけやがって」と怒る。そんなシステムあってはならぬ。ないものにしてしまえ。と、だれかがいう。すかさず、そーだ、そーだと同意する人々が増える。ちょっとの怒りがおっきな炎となる。すると人々は「そーだ、そんなシステムがあるから俺たちはビンボーなんだ。そんなシステムがあるから、俺たちは不幸なんだ。そんなシステムがあるから、女房と喧嘩するんだ!(それちゃうやろ)」となっていく。
すると人々は、「そんなシステムがなくなったら、オレは金持ちになるし、ハッピーになるし、女房と仲良く出来るんだ」となる。(ほんまかいな)
いつの間にかこの世のシステムやセーフの誰かさんさえいなくなれば、自分が幸せになる、と思い込み始めるのだ。
いや、そこまで極端ではなくっても「とりあえず、あいつがいなくなれば、とりあえず、あのシステムがなくなれば。そーだ、あいつが悪の権化だからだ。え?そっから先?そりゃあ、まあ、そっから先はそっから先だ。とりあえず、敵はあいつだ」となる。
しかしそれでホントに幸せになるのか?システムが変われば人々は本当に幸せになるのか?あれさえなくなれば、幸せに?
これは別の視点から見ると、自分の事、自分の家族、自分の精神状態を見るのが怖いから、その矛先を大きな存在に向けて、自分から逃避しているようにみえる。自分の問題を外のせいにしてすり替えているようにみえる(のはやまんばだけか)。ようするにこれはほとんどディズニーランドにいくのとかわらないんではないか?おいしいもの食べたり、お買い物をするのと変わらないんではないか?
ところが「危機感を持て」なんてテレビで言ってるぐらいだし、そうしないといっぱしの大人じゃないとおもわれるし、ショッピングで買い込むとケーベツされるけど、世界情勢なんて知ってると「お父さんすごいねえ」と、ソンケーしてもらえる。それにみんなで言ってりゃ目立たないし怖くない。
こっ、これは1石5鳥ぐらいじゃないか!
だけどそこには自分への危機感はどっかいっちゃってる。だいたい「今の世の中は。。。」と言い続けたところで、子供にもそのうち飽きられる。
「お父さん、またはじまった。。。」
やまんばはおもう。
となりにいるニョウボに「オイ、その指動かしてみろ」といったところで、
「あんた、なに、それ」と、シカトされて指一本動かす事できないではないか。
それを大きなシステムをそれ動かせ、やれ終わらしてしまえって叫んだところで、いったいどう動かせるんだろうか。
まず自分だな。自分に危機感もって自分をカエルだな。
え?それがイッチバ~ン、むずかしーのだ。
だからまずシステムを変えさせるのだあ~!(ちげーよ)
絵:「東京消える生き物増える生き物」MF新書
絶滅危惧種を憂うというよりも、新たな環境に適応していく野生のたくましさ、したたかさを温かく見守っている著者さんの心意気にひかれるやまんばであります。
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2 件のコメント:
「今の世の中は。。。」
まではセーフだけど、+ドヤ顔、で致命傷(笑)
ニョウボの指動かすのは簡単ですよ!
「絶対に指動かすな!」って言えばいいんですけど、それうちだけ??か?(笑)
ふはははは〜。
+ドヤ顔はうざいよね〜。
そっか!世の中動かすにゃ、反対の事いえばいいんか!
って、それ、ぱぱさんちだけか。
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