展覧会最後の日。
私にとってはとても感慨深い1日だった。
この高尾駒木野庭園での私の展覧会は今年で4回目を迎えた。
当時の園長さんと知り合い交流が深まるほどに、
この場所を全部借り切って私の展覧会をやろう!と
三年がかりで話をすすめてくれて実現したものだった。
だがその園長さんも変わり、それも今回でおしまいになった。
歩いて行ける場所でもあり、
四回の展覧会の会期中は毎日出向いた。
この場所の面白いところは、
絵にはまるで関心のない人たちや、山帰りの人たちでごった返す。
ホワイトキューブのギャラリーとはまるで違う体験。
だがそんな中で私の絵に触れてとても感動してくれる瞬間もあった。
特に今年はそういうシーンをたくさん見ることができた。
絵と初めて対面して、それが心に響いていってるのを横で目撃するのは
なんとも得難い体験で、こっちの心まで広がり始める。
絵とはこんなにも人の心を打つものなのか。
人々は波のようにやってきて、そして凪に帰る。
静かな午後、枯山水を望む縁側のガラス戸を開けてひとり風を感じる。
心になんのイメージも持たない
なんの感覚も持たない
ただ縁側に座る
目の前に広がる自然の中に、絵の材料を探そうともしない
これからどうするのかという考えも持たない
心の中は真っ白に、透明に
なんの考えも計画もない
そこにとどまる
聞こえてくる鳥の声、虫の声、遠くで聞こえる電車の音、風の音、、、
心が空っぽでいることの心地よさ
何かを入れたとたん苦しくなる
この世界のことを考えると苦しくなる
その自覚
はっきりと見えるその違い
自我の救済計画はどうやってもうまくいかない
私はこういうことになったら救われる、
お金があったら救われる、
保険、保証、確実なもの、みんながやっていること、
そうやって65年やってきた。
でも救われなかった。
これからもそこで救われることはないだろう。
そういうものから離れる。
神の救済計画とはどういうものだろう。
自我の私が知る由もない。
でもそれしかうまくいかないのはわかる。
こうやって真っ白になるほどに、
そこにしか真理が見出せないことが垣間見えてくる。
そうして凪の時間の次に、
また波がやってきて、
にぎやかな最後の時間を過ごした。
今年の展覧会は本当にたくさんの方々が来てくれた。
同時開催の浅川市民センターでの展示も功を奏したようだった。
今まででいちばんの来場者数だった。
この静かな思いを持って次に進んでいこうと思う。
浅川市民センターおよび高尾駒木野庭園へ足をお運びくださった方々へ
厚く御礼申し上げます。

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