2015年5月19日火曜日

ある実験



展覧会期中、ある実験をしていた。
毎日原宿に出かけるし、人に会う。当然疲れ果てるだろうとおもった。ましてやレセプションになるとたくさんの人々に同時に会うかもしれない。

私はたくさんの人の中に入ると、いろんなおもいがめぐって、その夜は色んな思考であたまがいっぱいになって、なかなか眠れないことが多かった。
初日に疲れ果てたら、あとがつらいなあとおもった。

初日、うれしいことにたくさんの人々が来てくれた。
昔の友だち、今の友だち、みんなと楽しい時間をすごし帰宅。


夜寝る前、ソファに座って、目を閉じる。
あたまの中を、今日起こった出来事の色んなシーンが駆け巡る。。。
それをただじっと見る。
それをただじっと味わう。
それを全身で感じる。

思考が動こうとする。
それもただジッと観察する。
ただ、ただ、そこで、じーっと全身で今日の出来事を味わう。
感じて。。。感じて。。。感じて。。。感じつづける。。。。

思考が止まっている。
なにかを感じているのがわかる。
でもなにを感じているのかわからない。
思考はこれをとらえることができない。
私の中のどこかが、なにかを、なにかしている。それだけはわかる。

カラダが眠りにつこうとしている。
ふとんに入る。
朝までなにも気がつかなかった。

それを毎晩やった。まったく疲れない。ふしぎだった。

この実験は、思考がどれだけエネルギーを消耗するかを教えてくれた。
そして思考は、出来事の消化もできないことをしる。

人は人と会う時、その人の存在を全身で味わっている。
今、この人はどんなおもいを持っているのだろう、
今、私はどんなふうに思われているのだろう、。。。
いいように思われたい、
いい人に思われたい、
不愉快なおもいはさせたくない、
まちがいがないようにしたい。。。
ありとあらゆる想いでいっぱいになり、自分を正当化し、自分を批判し、無意識に人と戦い、自分と戦う。

その膨大な量は、決して思考で解決できないし、思考で収められないことだった。
それをただ味わう。これだけで、なにかがうごき、なにかが収められていく。

私は今まで、考えればなんとかできると思って来た。
でもその考えることが、私に限界を生んでいた。

ブルースリーの名言「Don't think! Feeeeel!」
は、彼はそのことを知っていたのだ。
そしてその無限の可能性を。
それはあの彼の、とんでもない身体能力で証明されている。


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