2008年11月1日土曜日
UFOさわぎ
先日、一部のマニアックな人々が、ちょっとばかりコーフンした。
10月14日から3日間、世界の空を巨大な宇宙船が空をおおいつくすというもの。
世界中のネットやブログで大騒ぎした。
「ついに来ます!ついにやって来ます!カメラもって外に出てください」
日頃からヒマな時がありゃ、空をぼーっとみてる妄想族の私。こんなオイシイ話に飛びつかないわけがない。その日を指折り数えて持っていた。「も〜い〜くつ、ね〜る〜と、う〜ちゅう〜せ〜ん〜」と。
で、その日がやってきた。
何にも来ない。
「おかしいなあ、今日じゃなかったのか?」
二日目。
雲に覆われて何も見えない。
「まさか雲の上に出ちゃっているのか?」
ネットで調べる。
誰も見ていない。
三日目。晴れた。
やっぱり空はいつもの空。
「お〜い、宇宙船、どこにいる〜?」
呼べど叫べど返答はない。
「UFOが来ます」と言っていたブログがあった。
そこでのコメントは、
「いつも楽しみに見ています」「あなたのブログは愛に溢れています」「心がすくわれます」「ああ、その日が来るのをワクワクしています!」と書いていた人ばっかりだったのに、その日のあとは「死ね!」とか「ニンゲンやめろ」とか「信じていたのに、もう誰も信じられません」に変わってしまっていた。
おかげで、そのブログは「お休みします」となってしまった。
それを見て「あ、こりゃ、一敗やられたわい」と気づいた。
これは何かに依存したい集団的な無意識の心が、そんな『予言』を生み出したんじゃないだろうか。
10月14日にそれを見ることによって、意識の変革が起こるとか、これまでの社会的なシステムが変容するきっかけとなるのだ、とかなんとか言われていた。こりゃ、霊感商法とほとんど変わらないんじゃない?壷を買うお金はいらないないけど。
人はどこかで自分を変えてくれるのは外の何かであってほしいと思っている(私も)。
だからヨーグルトキノコがはやると飛びつくし、納豆がいいと聞くと、スーパーの納豆がいきなり品切れになる。ところがそれもブームが去るとどこ吹く風。今ではスーパーの納豆はいつでも買える。そうやってブームはいつでもはやってはすたり、はやってはすたりをくり返す。
つまりこの世には、これさえ食べれば、これさえ使っていれば、健康で心が安定する絶対的なものなど存在しないのだ。
つまるところ、自分は自分でしか変えられないのだ。他力的に、人が変わったり、社会が変わったりすることはないのだ。
それを痛感したのが今回のUFOさわぎだった。
みんなが瞬間的に同時に意識が変わったり、元気になったりすることはない。すべては個人個人にゆだねられる。
私の知り合いでUFOを目の当たりに見た人たちがいる。不思議なことに、彼女とその友人にしか見えなかったという。まわりにいる人々にはまったく見えなかった。空をおおうほどの巨大な宇宙船が出現したというのに。
そうやって本物の宇宙船はやってくるのかもしれない。一人一人に、その人がいちばん大事な時にメッセージとして目の前に現れる。それは「ジャジャジャジャーン!」と、ハリウッド映画のように劇的に表われるのではなく、音もなくその人の前にふっと、静かに出現するのだ。
ミーハーな私としては、ドッカーンと現われてほしい。
指差して「でっ...でたーっ」っておおさわぎしたい!
でもそんなUFOの出現は、日頃の鬱憤をはらしてくれる一時的な遊びみたいなアイテムにしか過ぎない。
そのブログで反転した人たちも、私も、自分を変えるのは、心の中の、静かで、地道な努力でしかないのだ。
ちぇっ。
絵:ECC英語教材絵本『ゾウの目方』より
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