「久しぶりに一緒に散歩に行こう」
「やだ。嫌だけど無理やり行ってやる」
前の日にケンカ。私はひきずっていた。
一緒に歩くのも嫌でだんだん距離が出る。
100メートル離れて歩く。
途中でダンナが振り返る。
「歩くの辛かったら引き返すよ」
「いい!先行って!」
山の中に入り川に降りてボーッとする。
思いっきり罵倒してやったらスッキリするんだろうかと思い、
大声で怒る。
どれだけ頭にきたか訴える。
山の中だから誰にも遠慮しない。
山歩きの人が私たちを覗く。
知り合いが声をかける。
「私たちは今ケンカしてるの!」
「そうは見えない」と笑った。
私が怒っている間、彼はニヤニヤしている。
それに余計腹がたつ。
川に渡された太い木を伝って彼が川の反対側から戻って来るとき、
「そこから落ちて頭打って死ね!」
とまで言ってやった。
「そんなことでは死なん」
と笑う。
帰り道、あんだけ心の中の思いを吐き出したからスッキリするかと思いきや、
全然スッキリしない。
「ふん、そんなもんか。。」
と、トボトボ歩く。
もちろん一緒には歩かない。
でも歩きながら、
彼のタフさに気がついた。
私が怒っても、笑っている。
前は一緒になって怒り返していた。
タフなところは心だけじゃない。体もタフだ。
しんどいしんどいと言いながらも仕事に行かないことはない。
寝込むこともない。
なんだ。ちっとも弱かねえじゃねえか。
この「弱くない彼」
というキーワードがなぜか私を揺り動かした。
私を安心させた。
つまり彼に気を回す必要がなかったということに気がついたのだ。
以前は彼が疲れていないか密かにチェックしたり、
機嫌悪くさせないようにしようとか、
やたらと気をまわしていた。
それが「ほっといてもこいつは大丈夫」という立ち位置に変わっていったのだ(笑)。
彼のすっとんきょうな行動にもびっくりしなくなった。
というよりも笑って受け入れられる。
「なんだそれ。おもろいやんけ」
すると今度は彼がおかしなことを言い始めた。
「俺、今まで欠乏ばかりを見てきたと気がついた。
それ、いくら眺めたって欠乏は埋まらないよなあ。
それよか、俺は今まで好きなことやれてきたよなあ。
好き勝手やらせてもらえてた~。
それって祝福されてるんだよなあ。ありがたや~」
こういう話は、他人がどんなに口すっぱくいっても理解できるもんじゃない。
理屈でわかったって、それは本当の理解には繋がらない。
自分で「わかる」ことでしか本当の理解にならないのだ。
一体どこでこんな風に変化が始まったのかわからない。
劇的な啓示があるわけでもなし。
何かのきっかけがあるでもなし。
ただゆっくりと、自然に、知らないうちに、
しかし明らかに、ごとごとと音を立てて、何かが変わり始めている。
毎日が愉快になっていく。



2 件のコメント:
不思議だね~烈火のごとく怒ってたのに、わかったら、毎日が愉快になるなんて。。。ごめんね~笑いながら読んでしまって、最後は涙しました。いつもありがとうね、これからも、よろしくお願いします。
麻里さん、ありがとう。
笑いながら読んでくれるのが何よりです。
私の彼への見方が変わってきました。
見方が変わると、こんな風に全てが変わっていくんだと実体験を通して教えてもらっています。
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