2020年8月15日土曜日

あこがれた空海さん

 



小学生から中学生まで、高知は室戸に住んでいたので、

空海が悟りををひらいた御厨人窟にはよく行った。


お遍路さんがチリンチリンと鈴を鳴らしながら歩くのをよく見かけたし、父にドライブがてら室戸岬灯台と第24番札所の最御崎寺にしょっちゅう連れて行かれた。


そんなこともあって、個人的に空海さんのことは大好きだった。

調べれば調べるほど、スーパースターなお方。ますます憧れた。




そしてそれとは対照的な最澄さん。エリートで鳴り物入りで遣唐使として唐の国に赴いた。時を同じくしてたたき上げの空海も。


最澄さんは天台の経文をごっそり。そして密教をちょろっと。

空海さんは、「これからは密教が主流だ!」と、その時代流行りの密教を第一人者である恵果阿闍梨という偉いお坊さんにわずか半年で授かり「早く帰国して密教を広めよ」と言われてごっそりと持って帰ってきた。


空海さんが持って帰ってきた密教は、加持祈祷を中心とするもの。彼はそれを自然の中に仏を見るという風に思想を膨らませた。神や仏に願えば、戦争や病苦のない平和な国家が保たれるとすれば、密教は鎮護国家思想にうってつけの仏法だった。




でもそこで思う。

そもそもブッダはどう言ってたんだっけ。

この世は夢、幻である。迷いの心がこの世界を作っている

迷いのない心で見れば、悟りを得るだろうと。


空海は、加持祈祷によって、この世を良くしていこうとしていた。この世が良くなれば、国家も人々も幸せになるだろう。ブッダは心だけを見ようとしていたが、空海は目に見える現象を変えようとしていた。いやいや。そもそも諸国を巡って橋梁、ため池などの治水工事や貧民救済に力を入れていたお方やからなあ。




今の引き寄せの法則や自己啓発に似てると思った。

この世でよりよく生きるために、どうするか。そのためにありとあらゆることをやる。空海が時の権力者に人気だったはずだ。


最澄はというと、不思議なことに今の日本の仏教界のほとんどの宗派が、彼が開いた比叡山延暦寺から現れている。


空海はスーパースターだったがゆえに、今でもオンリーワン。高野山の奥の院で今も生きておられる。
かたや最澄は、天台宗の開祖という立場にありながら、仏教界をリードしているにも関わらず、7歳年下の空海の弟子となるなど、ちょっと空海さんとは違う度量の広さがかいま見れる。

そういう風に、すべてを飲み込んで受け入れていったところから、新たな思想を生まれさせる土壌となったのかもしれない。



現代では世界的に禅がブーム。個人の心に帰っていく禅の思想から、マンドフルネスや非二元への移行など、巡り巡ってかつてブッダが教えを説いていた方向に向かっているように見えるのが興味深い。






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