2018年7月19日木曜日

じつはやわらかいw


前ほど、ことを深刻にとらえなくなった。

庭で蚊に刺された。
「おー。吸っとるなー」とジッと観察。
あっちこっち移動しながら刺し続けられたけど、
「わたしの血、うまいかー?」とかいいながら、
抵抗という反応をしなかった。
その後まったくかゆくなかった。

花粉症のときもおなじことをやってみた。
現れてくる症状にたいして、大きくとらえることをやめていった。
するとことはそれほど大きく発展することはなく、急速に落ち着いていく。

そういうことを何度も経験するうちに、「問題」がおこったとき、それに過敏に反応することをだんだんやめていった。

すると、いろんなことに、ぴくっぴくっと反応している自分に気がついていく。
出来事を「問題」としてとらえている自分に気がついていく。
そしてその問題を「どうにかして解決しなければ!」という次の策を練りはじめる自分に気がついていく。
そしてその問題が、どうして問題になったかにも気づきはじめる。

たったひとつの出来事が、「問題」にまで発展するのは、私たちの過去の信念が元になっている。
こうであるべき。こうならなくてはいけない。
こうあるべきに、理由はもとめられない。
こうあるべきが、当り前だからだ。だからその信念を疑いもしない。
なので、出来事が起こると、自動的に、それを「問題」ととらえ、「解決」するべく、立ち向かう。

そのとき何が起っているのか。
そも「問題」は、確実に「存在感」を増しはじめるのだ。
リアルに存在しはじめ、それは不動のものとなる。


蚊に刺される。
「あっ!蚊だ!(問題だ!)」
バチっ!
だんだんかゆくなる。
「あ~~~っ、もう~やんなっちゃう~~」
と、ぽこんと腫れた皮膚をカキカキする。
カキカキしたら、真っ赤になって、血もにじんでくる。
頭の片隅にふと
「ひょっとしてこの蚊は、危ないヤツなんじゃね?」
と心配が浮上してくる。
「もお~~。これだから夏はきらいよお~」
と、ぶつぶつつぶやく。

そうやって嫌いなもの、避けたいものが増えていく。


情報は、危ないもの、問題なものをこれでもかといっぱいおしえてくれる。
人々の心はますます怯えおののき、対処法をググる。
すると対処法はいっぱいあり、あっちの情報、こっちの情報に踊らされる。

そんなパターンが見えてくると、それに踊らされなくなった。



起こる出来事を、なにもしないでそのままにしておく。
けっこう勇気がいるが、それをジッと観察していると、
すーっとおさまる所におさまっていくという現象が起こる。


石のように固い、めっちゃリアルにみえるこの世は、
じつはとてもやわらかくあいまいでアバウトな世界なのかもしれない。



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