2011年1月8日土曜日
弥太郎と慎太郎
みなさま。新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
久々に高知でお正月を迎えました。
最後はいつだったかおぼえていない。両親も離婚して20年。実家がなくなると、こうも遠くなるもんでせうか。でもそのおかげで、何となく親から精神的に独立はできてきた気がする。物質的に「あのウチに帰れる」とおもうのと、「あのウチはないのだ」とおもうのでは、ちとちがう。
その高知で、父に岩崎弥太郎の生家と中岡慎太郎の生まれたところに連れて行ってもらった。岩崎弥太郎家は、小学校低学年のとき連れていかれた気がする。あれから40年。こんなにちっこいウチやったんか?とおもう。高知弁丸出しのおばちゃんが、ガイドしてくれた。なかなか歯に衣着せぬ本音トーク。
「龍馬伝のときみたいに、あんなに弥太郎さんくはびんぼーじゃなかったきねえ」「龍馬とおうたがは、長崎です。高知じゃあ、いっぺんもおおちょりません」
ことごとくNHKの龍馬伝を否定。
最後は「弥太郎さんはエプロンさん。龍馬さんは革命家」
その言葉の後ろに、「やっぱ、金の亡者より世の中を変える人の方が上」というニュアンスが漂っていたのがおかしかった。弥太郎ガイドしながら龍馬をたてる。
ちなみに弥太郎の生家は復元ではなく、215年経つ弥太郎が生まれたままの姿。その維持のために、茅葺き屋根は、10年か20年に一回ふき替える(どっちか忘れた)。茅の材料費に1000万円。ふき替える職人さんは高知にはひとりもいない。岡山や広島や、いろんな県外の職人さんを何十人も呼んで作業する。その費用も1000万円。屋根だけで2000万円かかる。その他諸々の費用もすべて、県ではなく、三菱財閥が行っている。
「県は、なんちゃあ手を出しちょりません。そんなお金払えません」
彼の遺言によって、その子供たちがまわりの土地を買い、蔵を建てて、領地を広げていった。
あくまでも金にまつわる弥太郎家であった。
その足で、もう少し東に行った奈半利の奥にある山の中の中岡慎太郎の生家にいく。ここは復元であって本物ではない。しかし生まれたその場所に昔の通り復元されていた。
私はここに初めて来た。深い谷底の周辺に、斜面にへばりつくように家が固まっている。さっきの弥太郎家とまるで違い、ひんやりと山の霊気を感じる。
「ここで中岡慎太郎は生まれ育ったのか。。。。」
ちょっと感慨深いものがある。
息を深く吸い、彼の存在を感じようとした。物心ついた頃には室戸にいて、いつも中岡慎太郎の銅像を見ていた。そのせいか私は龍馬よりも中岡慎太郎にひかれる。いやその時代、高知でも「龍馬より慎太郎」というムードがあった。二人の顔写真見てもどう考えても慎太郎の方が男前だ。いたいけな乙女な私は、あの緊張感のある顔にぐっとひかれた。
じっさい、彼の資料館にいっても彼の成した仕事がいかに地元に貢献した努力家であったかが歴然としている。地元の灌漑事業に着手し、飢饉のための知恵をしぼり、あのユズの栽培を始めたのも慎太郎が種を持って来たのだと言う。つねに勉学に励み、その行動には、大きな勇気を感じる。
こんな山奥で、いったいどんな心を持っていたのか。
は~、またほれてまうがな。
ダンナがいう。
「弥太郎と慎太郎は両極端にいるな。おもいっきり商売人と、がっちがちの革命家。龍馬はそのちょうど真ん中に位置する。革命家であり、商売人。だから今の人はその真ん中の龍馬にひかれるのだろう」と。
とーちゃんがいう。
「弥太郎は高知になんちゃあ貢献しちょらん」
たしかに。
目の前は海、後ろは屏風のような山にはさまれて、どこにも行けない遠流の地、土佐。むかしから時の罪人、といってもその時代のお上に抵抗した人々が流されて来た人々の血が脈々と流れている。このDNAで培われて来たパッションが頂点に達した時、ああいう人々を生み出して来たのだろう。
今の時代は、その幕末に似ていると言うが、はて、そんな人材はこの高知からふたたび出てくるのだろうか?
絵:「沈没船が教える世界史」メディアファクトリー新書表紙
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4 件のコメント:
日本て、とことん官僚社会だなぁ。って
思った事があります。幕末に、あれだけ
の熱意と、血をはくような努力して革命
起こしたのに、結局、侍官僚から、元侍
と商売人の官僚たちの体制になっただけ
(細かいとこでは、それだけでもないけれど)。って。
はあ。もともとそーゆー体質なんかもしれんなあ。
平等というものは、単なる妄想?
いや、平等と言う概念こそ、不平等きわまりない国からやって来た言葉で、そもそもそういう発想からして、なにかが違うのかもしれん。(なんのこっちゃ?)
日本で平等だったことってないでしょう?
少なくとも、民衆が自分の力で自由を勝ち
取ったことはないでしょ?
まぁ、今が一番、身分や貧富の差が少ない
時代かもね。
こないだ高知で友だちとのんべした時、昔の不平等の時代の方が、かえって民衆は自由だったんではないか?なんて話が出た。
今の人の基準で考えるととんでもない時代だと思うけど、わたしゃ、幕末に生まれたことないからねえ。いったいどんな思いで人々が過ごしていたのかわからないよ。
今の時代は昔よりマシ、という前提で小説もドラマも描くと、よりわからなくなってくる。
わしにゃあさっぱりぜよ。
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