2013年11月20日水曜日

また会えますか、あたらしい陽の中



仕事をしながら、先日亡くなった友だちの事をおもいだす。
彼女と一緒にいたときの雰囲気、空気感。まるで今ここに彼女がいるようなそんな感覚。

そんな時見つけたユーチューブ

小田急線のコマーシャルで聞いた事のあるフレーズ。

「あなたは今どの空を見ているの?
虹の向こうの遠い日(陽?)を見ているの。
水平線がゆっくりと一つに重なれば、
また会えますか、あたらしい陽の中。。。。」

この言葉がいやにひびく。
彼女はいま虹の向こうの空を見ているのだろうか。
いまどこでなにをみているのだろうか。
死後の世界をもう知っているのだろうな。
それともその記憶も消して、もう新しい肉体の中に入っているのだろうか。

私達は輪廻の中で、同じ存在同士とよく会っていると言う。
今、やまんばのまわりにいる役者さんたちは、来世でもまったく役柄を変えて、だいたいおなじメンバーがそろっていると。
だからこにくたらしいおばばも、口の悪い近所のじじいも、前世では自分の子供だったりダンナだったりするんだとよ。
場合によっちゃ、村まるごとひっくるめて同じメンバーがそのまんま生まれ変わってたりするそーだ。
ひょっとすると、高知のど田舎の限界集落に生きてたじじばばが、六本木ヒルズの住人たちだったりするんかいな。

それは人生とは?物質社会とは?感情とは?宇宙とは?という壮大な謎解きと、究極のゲームを味わう、粋なはからいなのかもしれない。

だから一つの共通の探求するテーマがあれば、また出会う可能性は高い。

「もしもだけれど同じ夢いっしょにみられれば、
また会えますか、あたらしい陽の中。。。」

こんな言葉にもそんなメッセージが含まれているのかもしれない。


彼女とはまたきっとどこかで会うのだろう。
すぐそばに彼女の空気をかんじながらそうおもう。



追伸:『クラウドアトラス』という映画を最近見た。
地味な映画だったが、ハリウッドがこんなものを作るとは、世の中も変わって来たもんだなあとおもう。

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