2018年1月18日木曜日

言葉がなかった頃


過去をまったく忘れると、ついでに未来も消える。

私と思っていることも、じつは過去の記憶から来る。
私は誰それ、こういう職業をもって、、、という記憶。

それさえも頭から消したら、そこには目の前の世界だけが広がる。

電車の音、ストーブの上で湧いているヤカンの声、カチャカチャというキーボードの音、それに触れる感触、、、、
いやいや。キーボードという名前さえも過去の記憶から来る。
すべての名前は過去の記憶。

それが消えたら、名前のない「これ」がある。

今という所にいると、「これ」しかなくなる。
自分さえも消える。
目に見えている自分の指さえ、風景の一部になる。

すこし立つと、あたまの中に音が聞こえる。
それもじつは外にある。
考えていると言うが、はたして「考えている」んだろうか。それはただ聞こえてくる音ではないか?そう、外から聞こえてくる音。。
そして感覚も外。匂いも外。わき上がってくる感情も外。

今あるすべてが外にあり、そしてこれ全部をひっくるめて、「これ」が、わたしそのものだ。目の前の風景、音、匂い、感触、浮かんでくる考え、わき上がってくる感情、すべてが私。

人と言う形をしたものはいない。「私」は人間の形をしているものではない。目の前にある風景、山も、空も、手も、すべてが私なのだ。



小さい頃はそう感じていた。
目の前に広がるすべてのものと自分という境目もない。

自分という個別になっていったのは、他者からそう教わったからだ。もしこの世に一人だけ存在していたら、山と私の境などなかったろう。山と私という言葉によって、区別が生まれただけだ。

そういう言葉遊びによって、この文明は生まれた。
そこにはよろこびというものと一緒に悲しみも生み出した。

自分にはなにか欠けているものがあって、それをなにかで埋めようとする。
もので埋めようとする。しかしものでは埋まり切らない。
科学で埋めようとする。しかし科学でも埋まり切らない。
こんどは精神で埋めようとする。宗教だったり哲学だったり。
しかし精神でも埋まらない。

言葉によって分離が生まれたのだもの。
言葉をつくしても、そのなにかが欠けているものは埋まらない。

言葉がなかった頃。その頃を思いだす。
感覚の中にいた。名付ける前の感覚。
その感覚を意識する。
忘れていた何かが動き始める。



2018年1月17日水曜日

「盗む」



小さかった時のある記憶がよみがえった。

「あ、私はあのときほんとうは知ってたんだ。。。。」
それは自分にあるレッテルを貼ったときの記憶だった。



その頃、私はりかちゃん人形のセットをいっぱいもっていた。父は貧乏だったが、母の実家がお金持ちだったので、いろんなものを買ってもらっていたのだ。
そこによく遊びにくる女の子がいた。学校の帰り、うちに寄ってひとしきりいっしょに遊んでは帰っていく。私はその時間がとても楽しかった。

あるとき、その子が泣きながらウチに来た。手にはいっぱい見覚えのあるものを持って。
母は彼女に言ったようだ。
「ウチのものを全部返しなさい」と。

彼女の家はすこし貧しかった。私がもっているお人形が欲しかったのだろう。彼女はウチで遊ぶたびに、少しずつ盗んでいったようだ。母はそれに気がついていた。

そのときの私は驚きと同時に、自分にレッテルをはった。
自分のものが盗まれているのに、気がつきもしない、ぼーっとしたおバカな私。
それ以来、私は自分のことをそうおもいつづけていた。



そしてほんの最近、いきなり気がついた。
「私はそのことを知っていたのだ」と。
ただ、母とはすこしちがっていた。

彼女が遊びにくると、ものがへっていく。
彼女がもっていった。
ただそれだけだった。

そこには彼女への責める気持ちがなにもなかった。
そこにはまだこの世にあるいろんな解釈がなかったからだ。


その出来事から、私ははじめて「盗む」という言葉を知った。
そして「盗む」ことは「いけないこと」という解釈があるのを知った。
いけないことをする人は、悪い人というレッテルが彼女に貼られた。

わたしはというと、
自分のものが盗まれていることにも気がつかない、悪いことがなされているのにかかわらず、気がつかないおバカな私というレッテルが貼られた。

盗むと言うことは前提に、自分のもの、他人のもの、という区別がある。
減って行くことに気がついていた私は、自分のものがへっていくという自覚がなかった。
あの頃私には自分のもの他人のものという区別があまりなかったのかもしれない。それはひとりっ子だったせいもあるのか。兄弟と取り合うと言うことがなかったから、それが芽生えなかったのかもしれない。


それを思いだしたとき、なぜか心が嬉しくなった。
彼女を悪ものにしない、おおらかな自分が、たのもしく思えたのだ。
それは決して「おバカな私」ではなかった。



私たちは言葉を知る。
「盗む」という言葉は、「悪いこと」という解釈を生み、それをする人は悪い人という新しい恐怖を生む。
自分のもの、他人のものと区別をすれば、そこにとるとられる、盗む盗まれるという二元があらわれる。
おまけにそれに気がつかない私はおバカ。というレッテルまで貼れる。
そこにはよろこびはなく、怖れと怒りと嫉妬と不安が立ち上がる。

なんというややこしさ。
なんという物語性。
なんという悲劇性。

彼女はその後ウチに遊びにくることはなかった。


本当は、彼女と一緒に人形あそびをして楽しかった。以上!だったのだ。
何のレッテルも、何の解釈もなかった。
そういう自由さがあったのを、言葉という解釈によって、制限をかけていた。
そして深い所で否定していた。
それが50年ぶりにとつぜん浮上してくる不思議さ。

また戻ろうとしている。
何も知らなかった頃に。

ただ今にあって、それだけで充足していた頃に。


2018年1月14日日曜日

高知の旅


年明けに高知に帰って来た。
父の容態も悪く、母もいよいよよいよいで、楽しくもない帰郷だった。

だけどふたを開けてみれば、自分にとっていろんなことを思いださせる濃厚な時間だった。

このごろの帰郷は深い。
自分のお国=高知=大好き♥という法則から、だんだんと親の老いの問題、自分の老後という重々しさゆえ、高知=気が重いという法則に変わっていった。(笑)


父の車を借りて、制作に使う土佐和紙を買いに、伊野に向かう。足を伸ばして仁淀川に。ここは父の故郷。山の中腹にご先祖様の墓があって、狭い山道を墓参りに出かけたものだ。いつもコウゾの香りがあたり一面漂っていた和紙の村だった。

私が絵の具でなく、紙を扱うようになったのも、そんな記憶があったからかもしれない。紙は私のからだのどこかを刺激して郷愁を誘っていたようだ。


仁淀川におりてみる。河川敷が広い。最近は「仁淀ブルー」と言って、蒼い川の色で有名になった川。四万十よりも清流と言われている。和紙と水は切っても切り離せない関係。土佐和紙が発達したのはこの仁淀川のおかげなのだろう。

高知にしてはいつになく冷たい雨が降っている。蒼い川は静かに流れていた。雨のおかげで、河川敷のゴロゴロした石が濡れて、かれら独自の色をくっきり際立たせていた。桂浜の五色の石と同じ色をしている。ここから下流に流れていったのだろうか。美しい色とりどりの石に見ほれて写真を撮る。
石の一個一個が抽象絵画のようにうつくしかった。





もう少し車を走らせて、沈下橋を見る。
台風で水かさが増えたとき、流木が橋の欄干にひかっかからないように、手すりがない。おっかなびっくり歩いていると、地元の車がすごいいきおいで通り抜けていった。なれている人々には、なんてことない橋なのだ。


顔がビビってます



今度は車を東に向けて走らせた。
「今回で、そこにいくのは最後だぞ」
仁淀川のほとりのカフェでカプチーノとモンブランを食べながらだんなが言う。
その言葉を聞いたとたん、予期せず涙があふれた。

そこは私にとって特別な場所だった。父の仕事の関係で、高知の田舎を転々とした。
その中でも、幼稚園から小学校3年生までいたその場所は、私の人生にあらゆることを教えてくれた。人が生きていくあいだに味わう数々の感情、この世のルール。そしてこの世ではないような不思議な体験。私の考えの基本を作りあげてくれたところだった。恐怖とよろこびと興味が入り交じった所。。。

これが最後。。。。そう思ったときあふれて来た涙に、
「ああ、私はここを愛していたんだ。。」と知った。


いまはない私たちが住んでいた場所にたつ。
井戸の跡が、かつてそこに家があったことをかすかに教えてくれるのみ。まわりはおびただしい墓に囲まれていた。

私はその墓たちのなかでひとり遊んでいたのだ。



「あ、そこ踏んじゃダメ。お墓あるから」
だんなにうながす。

枯れ草の間からかすかに石らしきものが覗いている。それは墓の頭だった。
よく見ると、墓として存在している場所は、すこしくぼんでいる。ここは砂地。長い年月のあいだに、墓石はじょじょに沈んでいったのだ。まだここらにご子息がおられる墓は、掘り起こしているのだろう。
私がここにいた時は、まだ草も生えておらず、お墓は至る所にあった。今は枯れ草の草原が広がっているが、その下にはおびただしい墓石が眠っているのだ。

人に踏むなと言いつつ、踏んでいたらごめんなさい

その墓たちの中でも、ひときわおおきな墓があった。私はそこで秘密の基地を作って遊んでいた。今もその姿が残っていた。きっと土台からガッチリ作られているからなのだろう。昔は小さな植木しかなかったのが、今は巨大な木になっていた。そしてあれ放題だった。

人様のお墓の前で嬉しそーな私



神社にも向かった。
ここはお祭りのとき、参道に灯籠がずらっとならんだ。その灯籠一個一個が恐ろしい絵が描かれており、闇夜に浮かんだその絵を見たとき凍りついた思い出がある。
しかし子供の記憶は曖昧なもので、それが本当に恐ろしい絵だったか、さだかではない。





母のアパートに戻って、そこに行ったことを伝えると、母は一枚の写真を見せてくれた。
それはまさにあの場所で、あの墓の横で、母と幼い私が嬉しそうに立っている写真だった。


うしろには今はないあの家が。
父はカメラをもっていて、家で現像していた。あの当時カラー写真は珍しいので、どこかで現像してもらったのだろう。

父と、母と、私。
それぞれの思惑が交叉する時間をとらえた写真。

けれどもシャッターを切ったその瞬間だけは、私たち親子は幸せだったに違いない。






2018年1月13日土曜日

なにもしなくていい



なにもしなくていい。

わたしはどうしようとか、あいつをこうしようとか、なにかすることをあくせく考えず、ただおこるままにさせる。

その苦しんでいたり、悩んでいたり、イラだったりしている自分に、ただ気づく。
そしてただ気づくままに、そっとしておく。


ネガティブな意識が出て来ると、そくざに、悩んではいけない、不安がってはいけない、怒ってはいけない、そんなおもいが出て来るだろう。
でもそんな思いも、そっとしておこう。


そんなふうに思っているんだね。
それでいいよ。

そうつぶやこう。



相手を説き伏せようとしたり、それはちがうよ!と言いたがっている自分に、気がついていよう。
口から出て来ようとする言葉も、ただ心の中で聴いていよう。
なにかしたくなるカラダの衝動も、ただ感じていよう。


どのみち、言葉で相手は説き伏せられない。
防御という攻撃を出せば、向こうだって、自分を守るために防御という攻撃を出してくる。するとあなたもまた防御という攻撃を仕掛ける。
堂々巡りではないか?
一時的なうっぷんばらしなだけではないか?


態度で示す?
それもまた同じこと。
相手が悪いとおもいつづけている。
相手を態度で変えようとしている。
変わるわけがない。言葉でも変わらないのだもの。


そのなかでずっと居続けて、心地いい?
それが習慣になっているなら、それもいい。
それさえも、おっけーだ。

そうおもっているんだね。
それでいいよ。


自分を深く許す。
どんな言葉が出てきても、それも許す。全部ゆるす。
なにもしないで、そのままにいる。


しだいに深い安堵が浮上してくる。


2018年1月8日月曜日

詰め込む知識と理解のちがい



「死ぬまで勉強」という。
年がいっても精力的に学んでいる人は多い。
だが「学び」のほとんどは、「知識としていれる」ということになっている気がする。

だから、勉強する、学ぶ、わかる、というものが、情報として入れていくことというふうにすり替わっている。

聞いて、見て、読んで、それを納得して、ああ、そうか。わかったぞ!といって、情報としていれていく。
そんなことが学びになっている気がする。

だから学んだことを、即実行することが出来る。
「ああ、これはきのうテレビで言ったことだから、こうするべきなんだ」というふうに。
そうやって知識がどんどん増えていき、人はその情報の中で生きる。



だが本当に「理解」することは、知識を入れることじゃない。
それは、はっとするほど「わかる」ことだ。

今まで「ああ、そうそう。それはそういうことなのよ」というある種余裕の、
それ、知ってるわよ的な次元ではなく、
「あ。。。!」
という、言葉にならない理解なのだ。

それはズシンとくるものであったり、
ぱーっと、広がるものであったり、
時には、ぞっとするものであったり、
何かしらんが、カラダに反応が起こる。

あの本で言ってたことは、あの人が言ってたことは、「このことだったんか!」と、ショックを受けるほどの「理解」なのだ。

その時、いくつもの謎が解ける。
あれは、、、ああ、これのせいだったのか、、、
あれも、、、ああそうか。どおりで、、、!
え~~~っ!そしたら、これも?それも?うん。まさにそうだ。。。。!

これは冒頭の「知識としていれる」次元ではない。
たった1つのキーワードの理解をきっかけに、いろんなものがぱたぱたと解体しはじめる。

前者は、知識と言う情報を詰め込んで、より重荷を背負っていくのに対して、後者は理解によって、人生の重荷をときはじめる。

前者はいつでも入れて利用できる。だが基本的に恐怖を植え付けていく。こうしなければいけない、こうするべきだと。

後者は、いつでも入れることは出来ない。入れるというものでもない。勝手に「起こる」ことだ。
それでもそれが「起こる」ためには、そこに向かう姿勢がいる。
自分の内側で起こっていることに目を向けていくという姿勢。

これがなかなかできない。人は救いを外に求める。外に私を解決してくれるものがあるはずだと信じてやまない。そして内側を観ることなど、恐ろしくてできない。



だから非二元の言葉は魅力的だった。
「私はいない」「それがあるだけ」「すべては幻」「起こることが起こっている」
これらの強烈な言葉は、最初はビックリするが、どこかほっとさせた。

この言葉にたどり着くまでに、どれだけの洞察が必要かわからないほど、難しい言葉なのだが、この情報の渦の中、その知識を今までと同じように詰め込んで、翌日から利用することが出来たのだ。

「だって、、、この世は幻なんだもん」
「怒っちゃいけない?でもすべては起こることが起こっているだけなのよ」
「あなたは私に皿を洗えと言うが、その私はいないのだ」と(笑)。

前者の詰め込み型理解では、到底たどり着けない非二元の言葉。コンビニエントに利用していても、やがて苦しさに気がつくだろう。

後者の「このことだったのか。。。!」という理解が、最初の突破口になり、それはどんどん洞察を深めていく。行きつ戻りつしながらも、その理解は加速度をまし、頭では到底理解しきれない何かを触りはじめる。

ほんとうに知りたいことは、自分の内部の深い海の中にある。


2018年1月1日月曜日

ぜんぶひっくるめたなにか


ともかく、ぜんぶおっけーなのである。
何でこんな単純なことがわからんかった?

いや、えらーい時間かかって、よーやくここ。
こっから、どないになるかは、未来さんにお任せしましょー。

じっと座っていても、出来事は起こり続ける。すべては動き続けている。
どっかから、音が聞こえる。
心臓はどくどく。
皮膚の感覚はぴりぴり。

そして、なぜかじっとしてても頭の声はしゃべる。

これは心地よい。おっけー。
これは心地悪い。排除。
これはいるけど、それいらない。


頭の声も「起こっている動き」でしかないのに、いつのまにかそれをしゃべっているのは「私」と勘違いをした。
「私」がいて、声を発していると。
そして「私」がかんがえているんだと。
そしてその声が言う、イエスとノーという判断に耳を傾けた。

そしてノーという言葉に反応した。
それはノーだから、排除しなければならないと。

ノーと判断したものが、排除できないと苦しい。
「おまえ、あっちいけ!」
っていうのに、なぜかじーっと居座る。
「だから、おまえ、いらないってば!」
って、怒ってみる。
気のせいか、さっきよりも存在感が増したよーな気がする。
「だーかーらあーーー!」
っていえばいうほど、是が非でも居座り続け、
気がついたら、もの凄く巨大になっている排除しなければいけないもの!

あれ?これ、排除しよーとすればするほど、でかくなってね?
と、気がつく。


ほおっておいても、動きが流れていく。
だが、その流れの一部を受け取り、一部を排除する私たち。
するとその流れは滞りはじめる。
それはもがけばもがくほど、ますます滞っていく。


頭がノーと言ったものを、じーっと見てみる。
今まで「私」とおもっているものが、「これはノー!」というからには、きっとノーなものにちがいない!と、信じ込んでいたんだが、
その言い分をほっといて、それそのものを見る。
排除もせず、判断もせず、それそのものと向かい合ってみる。

すると、それはしだいに消えていった。

そーゆーことを繰り返すうちに、
なんだ。全部イエスでいいんじゃんか。と、気がついた。

現れてくる動きを、判断する頭の声。それに合わせて表れてくる不快な感情。それさえも、うけとめる。どんな醜い感情であっても。

どんな出来事も、思いも、感覚も、感情も、すべてがダイナミックな動きの中にある。
私たちは、それをそのまんまぜんぶひっくるめた、なにか、だ。




2017年12月31日日曜日

夢から覚める夢


夢を見た。

巨大なイノシシを散歩させている少年の夢。

その少年は、私にイノシシを預けて、どっか遊びに行ってしまった。
革ひもをもつと、ぶんとひっぱられる。さんざん振り回されて、つい手をはなしてしまった。いきなりどっかに走っていってしまう。

「しまったあーーー!」と焦ったがもう遅い。
ダメ元で名前を呼んでみると、ふいっともどってきた。

体長150センチ以上あるイノシシが、私に向かって突進してくる。
「うっひゃあ!」
だけど目の前でぴたっと止まって、カワイイ目でこっちを見る。
なでなですると、顔をなめようとする。もっと触ってと、寄りかかってくる。
しまいに横になって、腹を出す始末。
「イノシシの腹なでてるよー。。。」
とおもいながら、腹をなでなで。



目をさまして、ひとりつっこむ。
「ありえないだろ!」


夢ってさあ。朝起きたら、「ありえないだろー」って、思うようなことが、ふつーに展開する。んで、そこにいる私も、ふつーに「それはそーゆーもんだ」として、びびりながらも対応している。けっして、「これはどっかへんだ。。。。」とはおもわない。


そこから目をさました私。
はて。これほんと?
これもまた、目をさましたという夢を見ているのではないか?

これが現実だという証明はどこ?
どーやって証明する?
ほっぺつねる?つねったら痛いに決まってる。
で?それが証明?
ならねーし。

だって、あのイノシシの夢の中の最中も、引っ張られたら手が痛かったし、まったくもってこれが現実だと思って、疑わなかったのだもの。

夢を見ていた私は、今も夢を見ているのではないか?



その夢を見ている「私」はだれ?