2019年6月4日火曜日

能力主義の呪い




「仕事ができないヤツはダメだ」
そう教わってきた。
とーちゃんに、学校の先生に、仕事の上司に、クライアントに。

いつのまにか、仕事ができることが自分がここにいていいと言う許可をもらえることであり、仕事ができないと言うことは、この世にいる価値なし!!と有罪判決をもらうことと同義語になった。

だから必死で仕事ができる人になろうと努力してきた。
だがしかし。
仕事ができる人になろうとする事じたいが、その大前提に「私は仕事ができないひと」というレッテルを自分に貼ることになろうとは。
ちっちゃい時から、「わたしは仕事ができないひと」というレッテルとともに生きてきたのだとすれば。。。

「よくできましたねえ~~」と、先生にあたまをなでられようと、その一瞬だけ「やった!」とよろこび、次の瞬間、「さて!今度頭なでられるためには。。。」と、次の一手を考える。そうやって58年間生きてきた。

つまりここにいる価値なし!という焦りが、つねに何かをして他人にほめてもらおう、または自分で自分を納得させようとし続けていたと言うことだ。
それが私のフェイスブックに現れている。「いいね!」を欲しがる自分に。

だがこれはきりがない。
延々と、能力主義の呪いにかかったままだ。

畑の成果を見せ、
作品を見せ、
リア充を見せ、
成功例を見せ、
時には失敗例を見せ、、、、

そうやって、誰かに、私ここにいていいだろ!?
ねえ、ほんとにいいよね!?
と、聞きまくっている自分。

ほんとは、畑の成果も虚しい現実。
制作中に作品に対する葛藤の日々。
部屋は汚くても、写真の中だけ美しく見せるしたたかさ。
そういう自分をリアルに感じて、
なおさら自分の無力さにおちいる。
そして出てくる言葉、まったくここにいる価値なし!

できる人、できない人
という明暗がどんどんかけ離れていく。
自分の中で表の顔と裏の顔がはっきりと分裂しはじめる。

そして、その苦しさが頂点に達した時、
「これ、必要?」
とおもった。

能力主義というコインの裏表/できる人できない人。
このコインをずっと握りしめていたんだ、私。

ほんとうは、誰も私の作品が良いことを必要とはしていないし、
畑の成果を必要ともしていないし、
私のリア充を必要ともしてはいない。

私だけが、必要としていた。
それは自分がここにいていいと言われるために。

誰もそこにいてはいけない、とは言ってないのに。
何もしない君は、そこにいてはいけない、とは言ってないのに。


自分で自分に呪いの言葉を浴びせ続けていた。
自分を苦しめていたのは、心の中の言葉だった。

あれがダメだ。これもダメだ。それもダメだ。

それを聞いた私は、そうか!やっぱあれがダメなんだ!なんとかしよう!そしてそれをなんとかしたなら、またみんなに認めてもらえる!

心の声をまに受けて、声の言うまま続けてきた声に、
「それ、ほんとに必要?」
と疑いはじめた。

内側から聞こえてくると思っていた声を、外のものとして聞きはじめた瞬間だった。

否定してくる声が、いかに自分を怯えさせ、焦り、何かをしようという衝動を起こさせていたか。その混乱の中でいかに怖れをつかんでばかりいたか。

自分に条件づけをせず、ただ生きることが、どれだけ楽であったことか。

58年間近く聞いてきたこの声。
そうやすやすと消えてはくれないだろう。


それでも、すこし安堵しているこの頃な私である。



2019年5月28日火曜日

苦労話は通じないと効き目がない



「苦労なんかしてないでしょ」

その言葉にひっかかった。
私が?苦労してないひと?
んなわきゃないやろ。どんだけ苦労してきたと思ってるねん!
心がぶつぶつ言った。

そのとき「苦労は美徳」という観念が私の中にあるのに気がついた。
「苦労は買ってでもするもの」
そういうふうに教えられてきた。

だから人々の会話の中に苦労話が多い。それは苦労話をすることで、
「それは大変だったねえ~。エラかったねえ~」
と言ってもらうことによって、自分の価値を他人にあげてもらおうとする。
承認欲求は、苦労話でも得られる。むしろメインと言えるかもしれない。
「三時間しか寝てない」「一睡もしてない」



ところがその苦労話も、共感できる内容でないと効き目がない。
理解できない内容の苦労話も他人にとっちゃ、
「はあ、そーですか。それはそれは。。。」では自慢のしようがない。


冒頭に苦労なんかしてないでしょと言った人は、いつもへらへらして、アホなことばっかり言う私をみてるからなんだろう。

彼女はいわゆる苦労を絵に書いたようなひと。誰が聞いても誰に言わせても苦労100%のひと。それを自慢にしているのはあきらかだった。わかりやすい苦労話である。

しかし私の苦労は、あんまり共感が持てない苦労話。
グリーンカード取得の苦労、アメリカ生活の苦労、営業の苦労、絵を制作する産みの苦しみの苦労、過去のトラウマの苦労、心の癖の苦労。。。
と書いてみていやになった。

共感が持てない苦労話は、他人に言うに値しない。
苦労話自慢はそれが通用するひとにしか効き目がない。
私と同じ境遇のひとなんか、ひとりもいない。



苦労話は競い合う。
あなたより私の方が苦労が多い。
君より僕の方が苦労が上だ。

三時間睡眠より、一睡も寝てない方がえらいが、
数字で換算されるように比べられる苦労はあんがい少ない。
こっちのほうが上だ!と、互いに無言で競い合っているのがオチだ。

ご近所のおばさんの会話も
「あたしはこうなのよ」
「あら、あたしはこうなのよ」
と、話しの中に何の絡み合いもなく、お互いの一方的な自分の苦労話がつづき、
自分のいいたいことを言い合って、気がすんだらおわる。
そんなかんじなのも、無意識が心の中で競い合っているのかもしれない。




苦労は美徳。
そうおもってきたから、苦労自慢がしたくなる。しかし共感はしてもらえない。
だからつねに他人の共感欲求対してに
「そうだね。苦労したね。大変だったね。えらいね」と言い続けるだけだ。

ほんとに苦労は美徳なのだろうか。

もし私の中に苦労を美徳とおもわなくなったなら、他人の苦労話に何の苦痛も感じなくなるだろう。自分を苦労話で認めさせようとすることもしなくなるだろう。

そして苦労をしなければ、幸せになれないともおもわなくなるだろう。
それだけ私の心の深いところで、苦労はするべきだ、という観念が居座っていることに気づく。

昔、幼いころ手相見のひとが私の手を見て、
「まあ、この子はまだこんなにちっちゃいのに、こんなに苦労の相が出ている。かわいそうに。。。」
と言われたことを思いだす。

そのころから、私は苦労が好きになったのかもしれない。苦労をしてこそ一人前、みたいな。苦悩の血をにじませて、苦悩とともに歩くひと。。。そんなイメージを自分に持たせていたのかもしれない。
悲劇は文学になるぐらい美しく見えるのだから。
(え?ぜんぜんみえないって?)



苦労はしなくても、しあわせになれるんやとおもう。
苦労の土台なしで、しあわせになれるんやとおもう。
うん。だんだんそんな気になってきたぞ。


苦労は美徳と言う観念。
私にはもう必要ないなあ~。





絵:「苦労話」はすればするほど職場がよくなる/MF新書表紙イラスト
本の内容とま逆のことを言ってます。失礼しました。



2019年5月25日土曜日

業者さんに持っていってもらう




夜中に目が覚めてトイレにいくたびに、ふと頭をよぎる将来への不安。

「このままでいいんだろうか。。。このままこの生活を続けていていいんだろうか。。。なにかしなければいけないんじゃないだろうか。。。」

朝目が覚めたとたん、また心は言いはじめる。
「このままじゃいけない。何か手だてを考えなければ!」

ずっとこう考えてきた。毎夜毎夜、毎朝毎朝。。。
そしてふと。。。



『ひょっとして。この考えが私を苦しめているんじゃないのか?』
はじめてそう思った。


この考えに後押しされて、今までどれだけやってきたか。
自分が思いつくかぎりのことをやりつくした。地球の裏側にまで飛んでいってやってきた。それがいまはどうだ。このありさまだ。

するとまた心が言う。
「それがお前がやってきたことの結果だ。その程度の考えだからだめなんだ。それじゃ足りないんだ。もっともっと努力をして、もっともっと苦しんで、もっともっと手をつくす必要があるんだ!」



「そっ。。。そうだ。もっともっと考えなければ!
って。ちょっとまてよ。
そう言ってるあんた、だれ?」



はじめてその声を自分の声として聴いてない私がいた。
心の声と自己同一化してない瞬間だった。

へんなたとえだけど、二人羽織の後ろのひとに気がつく。そんな感じ。

そのときその声がどれだけ自分を怖れの池に突き落としてきたか、
どれだけ焦りの火花で走りまくってきたか、
どれだけ悲しみの森で迷いまくってきたかに気づく。

「もういらない。こんな考え、もう私には必要ない!!!」
こびりついていたこの考え、無意識に「利用価値がある」と思って握りしめていたこの考えが、心底いらない!とおもえた。

「もういりません!神さま、聖霊さま、捨てちゃってください!取り消してください!」


自分では消せないし、捨てられないのは、これまで心を見る訓練をしているあいだにわかってきた。
最初は考えを浄化することによって消せると思ってきた。
次にそれを直視することで消えると思ってきた。

だが直視しても浄化しても、そこに限界があるのに気づいた。
自分では何もできないことに。




いらなくなった考えはゴミみたいなもんだ。どうにかしてそれを捨てようと、隣の家に持っていってもおこられる。山に持っていっても不法投棄。
そのゴミはなぜかまた自分のところに帰ってくる。

ゴミは業者さんという別次元の存在に頼むしかないのだ。
自分の生活範囲内で消せるもんじゃない。
いらない観念は自我の次元ではなく、聖霊さんの次元で取り消してもらうしかないのであった。

だから「お願い!これ、持っていって、消しちゃってください!」って。
完全他力本願である(笑)。


ふしぎなことに、業者さんに頼んでも、すぐには来てもらえなかったりする。
「頼んだよね?消えてるよね?」と、結果を見てもそうは問屋が卸さない。
火曜日は可燃ゴミ、水曜日は不燃ゴミ、、、というように、業者さんのご都合がある。
それはすぐに消える時もあれば、忘れたころに「あれ?」って消えてる場合もある。
聖霊さん/業者さんのご都合は、こちらからは預かり知らぬところなのだ。


そうしてあるときトイレにたってふと気づく。
「あれ?そういえばあの考え。。。。出て来んよね。。。」

苦しみがひとつ消えたことを知る瞬間であった。


家の中のゴミは、「いらないから、全部持っていってください!」
と言っても持っていってはくれない。

ひとつひとつ意識的に「これ、いらないよなあ~」と気づき、
自分でそれを持ち出して、ビニール袋に入れて、玄関前に置く。
それがマナーだ。

「おねがいしま~~す」
と、敬意を込めておねがいをする。




そうやってすこしずつ家の中(心の中)に、
ゴミ(雑音)が消え、
静けさと平安が広がっていく。





絵/サントリーニ島


2019年5月19日日曜日

ザ・ニンゲンワールド




畑からの帰り道、私の作業ズボンの上で、
二匹のホソヘリカメムシが交尾しているのをみつけた。

「ありゃ。こんなところでエッチしているんかい」
お尻だけがくっついたカメムシを、伐採あとの倒れた杉の上に誘導する。


そこは先日杉林が伐採されたところ。ずっとうっそうとした森だったのに、30本ほどの杉が切り倒され、今は明るい景色が広がっている。
気持ちのよさに、その場で倒木に座ってのんびりする。

ふと自分の心が静かなのに気がついた。
すぐむこうには畑。作業の合間によく畑で寝そべる。空を見上げ、大地の感覚と草の感覚をかんじながらゆったりとする時間が好きだ。
その時の心情と、今の心がちがっていた。

「え?なんで?」


畑でのんびりしている時、本当は静かではなかった。今心が静かだからこそ、さっきの心模様が見えてくる。

畑では、つねに心がざわざわしていたのだ。

一見見晴らしがよく開けた場所で気持ちがよく、野趣あふれる場所とはいえ、そこは「私のエリア」。野菜の種蒔き、雑草の手入れ、管理、収穫の量の多さ少なさ、大きさ小ささ、味のうまさまずさ、、、。すべて「私」が関わる自然。心は無意識のうちにここに関与する。
心はどうしようもなく静かではいられないのだ。


ところが今は、たとえそこに人の手が加えられた杉が倒れていても、私のあずかりしらぬところ。むしろ景色が広がってくれてありがとうの意識だ。



「は~ん。なるほどねえ。こんなにも心がちがうんだ~」
「私」が関わった場所には、いろいろな観念がこびりついてる。静かであろうとしても、深いところであれやこれやと思考している。
畑だけでそれなのだ。家の中ではもっといろんな観念が渦巻いていることだろう。椅子、コーヒーカップ、冷蔵庫、換気扇、食器、パソコン、ああ、もう、どれだけそれぞれにいろんな思いがこびりついているのだ???

ああ、そういやこれもそうだ。
夜寝る前に窓を開けて夜の空気を感じながら瞑想したあと、窓をパタンと閉めたとたん、ザ・ニンゲンワールドに戻る不快さを感じている。
もし目の前に山でなく、自分が手がける畑が広がっていたなら、どこまでもニンゲンワールドで辛くなっていたに違いない。



高尾山に今日も人々がやって来る。


それは日頃のザ・ニンゲンワールドからはなれる瞬間を持ちたいと、
無意識に感じているからじゃないだろうか。




2019年5月15日水曜日

大橋通が消える?


夢を見た。

高知の台所である大橋通に私はいた。
いつもは活気にあふれているアーケードの中、すべてのお店のシャッターが閉まっている。買い物に来た私はとまどう。ほどなくして、そのアーケードの通りのまんなかに、市場のマーケットのように、野菜やお漬け物や焼き魚などが堆く積み上げられていった。

お店の人に「いつもとちがってますねえ、どうしたんですか?」
と聞くと、
「もうそろそろお店をやめるんで、店じまいをかねて、こうやって並べてます」
という。

小さい時からこの商店街が大好きで、いつもここをウロウロしていた私。
高知から京都、東京、そして遠くはなれてニューヨークくんだりに行っても、いつも心にあった大橋通。その、世界でいちばん私のお腹と心を最高に満たしてくれていたこの商店街が終る???

そこで野菜、お漬け物、焼き魚を買って、なぜかいつもとちがう家に持ち帰ったところで目が覚めた。



「私の高知が消えていく。。。。」
その言葉に自分でびっくりした。
私の過去が、消えはじめている。

記憶がこの世界を存続させている。
私という記憶、私は女性で私は日本人で私は58歳で。。。
という記憶にもとづいて私というアイデンティティができあがる。
そして高知は私の記憶の最大のものだ。甘いも辛いも一緒くたにいっぱい抱え込んでいる重い荷物。

コースの訓練によって、自我が持つ観念の消滅が徐々に起こりはじめているが、こんなふうに自分の過去が消滅していくのを実感したのははじめてだ。

私の記憶にある大橋通は、活気にあふれていた。しかし夢の中のご主人は言う。
お店をやめるんでと。
まるで私の記憶の中に存在していた大橋通の役者たちが、店じまいをはじめたかのよう。
「そろそろつくしの中にいる僕らは、主人(つくし)が必要としてないみたいなんで、店じまいでもしますか」というように。

過去にしがみつきたい私が言う。
「やめないで!大橋通!消えないで!高知!」

けれども、もうひとりの私が言う。

「さあて。どんどん軽くなっていこうか」





2019年5月6日月曜日

アメとムチの世界



怖れがこの世界をリアルにする。

自我の動きを見ていると、つねに問題を探している。
穏やかな気分でいる時、ふいに訪れる不安。
この不安はなんだろう?とさぐると、「あれがまだ出来てない」「こうしている場合ではない」などと、今自分がやっていないことを言ってくる。

それを聞いた私は、「ああ、そうだ、のんびりしている場合じゃない。あれやっとかなきゃ。。」と、心が焦り出す。

それをやり終えると、ほっとするのもつかのま、また「あれやってないじゃないか」と、心のささやきが聞こえてきて、それに突き動かされる。

すぐ出来ることならいいが、「母親のことはどうするんだ?」「老後のことは?」「仕事は?」
と、漠然としたことを言われると、ことはそう簡単じゃない。

「いや、そうはいっても。。。」「具体的にどうすればいいのかわからない。。。」
と、動くことも出来なければ、どうしていいのかもわからないときは、途方に暮れる。

さっきまで穏やかだった心が、おそれによって、この世界がリアルに迫ってくる。
老いは?死は?
情報はあらゆることを言ってくる。情報のほとんどは恐怖をあおり、その解決法はこれだとおせっかいをしてくる。
がぜんこの世界が具体的に立ち上がってくる。



自我はこの世界を維持したい。この世界があると私に思わせたい。だから私に怖れの言葉を投げかける。
「これでいいのか?まだ問題は山積みだぞ。。。」と。

怖れ→問題→解決
という流れで、この世界が実在するように見せかけている。

だが解決などこの世界にはない。一瞬そんな気になるだけだ。すぐにまた別の問題を持ち込んでくる。

怖れ=からだが凝縮する。
不快な気分になる=問題を発見する。
この不快をなんとかしなければと、その解決法を探す。

これがこの世で目の前にぶら下げられるニンジン。
ニンジンにかかわり続けるあいだ、ずっと怖れ/問題/解決の道を生き続ける。


怖れ99%、つかの間の幸せ1%
アメとムチ。

1%のアメのために、苦の中で生き続けるの、あきた。



心の中に浮かんだ怖れの感覚や言葉を
ただ風景のように眺め、
そっと脇に置く。

気がつけば、目の前に華やかな緑。
眺めているうちに、
さっきまでの怖れはどこかに消えている。


2019年4月16日火曜日

浅い夢とイルカ



浅い夢を見た。

あるビルの屋上に、大きな檻があった。その中に全身一点のしみもない、みごとなホワイトシェパードがいた。
そのビルの屋上が眺められる場所にいた私は、昔飼っていたユタに似たその犬を触りたいと屋上にやってきた。

「おいでダン。あなたを触らせて」
私はその犬の名前も、メスであることも知っていた。

ユタより一回り大きなダンは、私をじっと見るだけで、微動だにしない。檻は所々朽ちていて、ちょっと腕を伸ばすと鉄格子が開き、ダンのからだに触れられた。

やわらかな白い毛がユタを思いださせる。けして媚を売らず、ただ触るままにさせるダンの目は、深い眼差しを私に向けていた。
檻に入っていながら、檻の外にいる私を深い慈愛を込めて見ているようだった。

ベッドひとつない何もない広い檻で、ダンはくつろいでいた。彼女はなぜかその檻を自由に出入りできた。気がむくと檻からでてご主人のそばにそっと座る。ご主人が打つパソコンの横で、まるで一緒に文章を読んでいるかのようにみえた。



目が覚めて、先日高知に帰ったとき出会った、イルカのことを思いだした。
父の一周忌のあと、友人の車で高知から二時間かけて室戸のイルカを触りに連れて行ってもらったときのこと。

直径7、8メートルほどの水色の小さな丸い水槽の中に、イルカが二匹泳いでいた。
顔を近づけて、一匹のイルカと対面した。イルカをこんな近くで見たのは初めてだった。イルカはからだを直立させて、浮きあがったり、沈んだりしながら、じっと私の顔を見続けた。

そこから出て来るトーンは、いったいなんだろう?
この雰囲気、どこかで感じたことがある。。。

答えが見出せないまま、お触りコースが始まった。
インストラクターさんが、イルカの触り方をレクチャーしてくれる。イルカたちは、インストラクターさんが指示するまま、水槽の端で腕を伸ばした私たちに寄り添うように、プールの端っこをゆっくり泳いでくれた。初めて触れるイルカの肌。つるんとしてて、やっぱり哺乳類の肌だった。鯨に振れた記憶はないのに、鯨そっくりだとおもった。

インストラクターさんの指示する通り、ジャンプして、ふしぎな音を発して、私たちに触らせてくれて、そしてときどき海水シャワーを私たちに浴びせて遊んだ。

二匹のイルカは、その奥にあるもうひとつの丸いプールで住んでいた。
小さな二つのプールだけで生きている彼ら。そのプールから出ることは、大型台風のときなどの緊急なとき以外はないらしい。


ここで?ずっと?
あんな大海原にいるはずの彼らが、こんな小さな檻の中で生き続けるんだ。。。
そう思う私の心とは裏腹に、彼らのあの独特のトーンは、私に別の考えを芽生えさせていた。

彼らは、ここにいて、ここにいないのだと。
どんな小さな世界の中にいても、彼らの心は平安と遊び心に満ちていた。

私をじっと見つめる眼差しは、あの夢で見たダンが私を見つめる眼差しにそっくりだった。
檻の外にいる人間の私たちを、慈愛の気持ちを持ってながめていた。

私の視点からすれば、あんな小さなプールに、あんな檻の中にいて自由がなく気の毒に思う。
にもかかわらず、彼らの感覚はその真反対の、檻の外にいる私たちのほうを気の毒がっているように見えた。

檻の内と外が逆転したような。。。
檻の外とは、すなわち檻の中で、
檻の中とはすなわち、檻の外。。。。


インストラクターさんの思いも指示も、彼らにとっては、強制でも仕事でも義務でもない、大きな心の世界の中の一部。どんな小さな檻も、彼らの心を閉じ込める力はなかった。
今もあの小さな水色のプールの中で、心は宇宙にあるのだろう。平安と遊び心の中で。


帰りの車の中で、夕日を見ながら思いだした。
あのトーンはユタだった。
ユタとイルカは、そして夢のダンは、まったく同じトーンを私に向けていた。

人間の世界の中にまぎれて、とっくに忘れていた、別のもの。。。
その目で私を見つめてくれたのだ。

思いだして。思いだして。あなたはそこにいたでしょう?と。




2019年3月24日日曜日

ボケを演じてくれている人



心だけが変わればよくって、現象は何も変えることないんす。

弁護士のおばちゃんであろうが、レジのおばちゃんであろうが、そんなんどっちであろうと何も問題はない。いちばん大事なのは、心の変化だけが真に求められていたことだったんだ。

目の前に展開する現象が気に入らないと、それを物理的に変えようとするよね。
一方で、こんな言葉がある。この世は鏡。

鏡に映った気に入らない自分の顔を、鏡をゴシゴシすることで気に入る顔にしようとしてもムダ。映っている元の顔をいじらんと、ブスはブスのまんまやろ?ってやつ。



これを心に置き換えてみる。
目の前に意地の悪ーいヤツがいる。(鏡に映った自分の考え)
そいつをどうにかして懲らしめてやろうとか、あんたのやっていることはまちがっている!と説教たれてやろうとか、あの手この手で策を練る。
(映った気に入らない鏡をゴシゴシ磨こうとする)
いっこうにあいては変わらない。(当り前や。鏡やもん)
悪戦苦闘の結果、あっ!なんや~、私の顔(心)が映ってただけやったんか。
と気づく。


物理的に映っているものと同じように、そっくりそのまんま、心も映し出される。
と、とってもシンプルな仕組みなんやけど、どっこいそうはいかない。

実際、鏡が前にあったら、「ああ、鏡に映っとるわい」と気がつくけど、目の前に鏡が置かれてない日々の生活は、「自分の考えが映っとるわい」とは思えないので、気に入らんダンナをヘーキで攻撃する「あほかー。このボケなすー!」と。

もしもし?自分の考えが映っとるんですでーと誰かがささやいても、原辰徳は怒り絶頂!このボケなすをどぎゃんせんといかん!と我を忘れる私。

これを何十年も繰り返してきた結果。
あん?これ、自分の考えやんけ。。。と、やーーーっと気がつく、このボケなすっ!



そーなんす。
私のダンナはボケなすだ、と思っているそのまんまが映っているだけなんす。
これに気がつくと、なんでかしらんが、ダンナはいきなりボケなすではなく、白馬に乗った王子様に、、、はならんけど、ボケなすではなくなる!


つまり。この世はうまいことできてて、
「あなたはこんな考えを持ってますよ~」
って、鏡に映して教えてくれてるだけなんす。

いやいや。ダンナのボケなす加減はああでこうで、だからこのようにボケなすで、、、、と、心はいうでありましょう。どんだけボケなすか、山のような立証がなされるでありましょう。わかりますわかります。私もそう思ってきましたから。

だからそれが映ってたんだよー、このボケなすーーーーっ!

おっと。おもわず叫んでしまいました。



こんなはなしを聞くと、
「じゃあ、私もダンナはボケなすじゃないとおもうことにしよう~」
となるんでしょうが、どっこい「フリ」はすぐバレます。
なんせ心ですから。
物理的に見えているものをごまかすのは得意です。
いい人ぶったり、親切に装ったり。
(身に覚えあるひとー!「はーい!」)
だけど心はバレバレです。自分の心はだませません。



まずは仕組みを知ることです。
外にあるものは結果です。結果を変えようとしても意味がありません。
その原因にもどらないと。

その原因とは、すなわち心、考え。
最初にダンナがボケなすだから、その考えが生まれたわけではなく、
最初に「あれ?こいつ、ひょっとしてボケなす?」っておもったところから、
ダンナがボケなすを演じてくれだしたのであります。


それに気づくように、日々ボケを演じてくれているダンナさんに感謝しましょう。


2019年3月19日火曜日

私が見ている世界



たとえばこんなイメージ。
今見ている目の前に展開する世界。

目ん玉動かさずに見ると、左右180度の広がり(もうちょっと狭いか)。上下これまた180度の広がり(もっと狭いかw)。その広がりの中に展開する世界。
これが「私」の世界。その見え方は家の中では壁に阻まれ、その壁の向こうは見えない。外にいたとしても、山や建物に隔てられて、その向こうは見えない。
じつはこれが今私が「見ている世界」のすべてだ。

顔を右に見回すと、別の世界が展開する。左に回しても、後ろを振り返っても、その見えている世界の続きが展開する。
だから私たちは、そこに空間が広がっていて、その中に個別の私がぽつんといると思っている。



しかしじつはそうではない。
あるのはその今見ている映像だけなのだ。(おっと。おかしなことを言いはじめたぞ)

顔を動かしたとき見える世界、椅子から立ち上がってドアを開けてトイレを見る世界、電車に乗って展開する世界。ぜーんぶ、そのとき作られている。瞬時にぱたぱたと出来上がっていく。

じゃあ、その世界の外は?いま私の背後の風景は?
ない。なーんにも。
私たちはただ自分が見ている世界だけで生きている。
生きている気になっている。でもこれがバーチャルだった。



そんなバナナ!
だって、あるもん!
家の外にはおとなりさんがあるもん!
八王子の向こうには立川があるもん!
高尾のお山の向こうには、藤野があるもん!

そうそう。ありますあります。走っていって確かめてごらんなさい。確かにドアを開けるとおとなりさんがあります。
そりゃ、そーです。その瞬間に作られてるんですから。

どーんなに高速でスパっ!って後ろを振り返っても、ものすごいいきおいでドアを開いても、ちゃんとそこには世界があります。
この世を見くびってはいけません。そんじょそこらの知恵で、手品のトリックを見破ろうったって、見破れやしません。なんせそれで何億年も(?)だまし続けているんですから。



この世界は自我が作った世界。自分/自我が信じてきたことが展開されている世界。
神さまなんかが作っちゃいない。神さまがこんなへんてこな世界を作るわけがない。
矛盾だらけ。悲劇だらけ。恐怖だらけ。絶望だらけ。
神さまだって、まちがえる?
そりゃ、自我が言う神さまのイメージ。
そんなへなちょこ神さまやったら、わし、いらんわ。


自我の罪悪感で作り上げられてきたこの世界。だんだん薄めていこうじゃないの。

自我の考えのパターンに寄り添っているかぎり、この世界は悲劇へとむかうで。
自分の中の自分へや他人への否定的な考え、いつもの不安な気持ち、言葉にならない焦燥感、未来への怖れ。
これが自我のエサ。



SNSにはそのエサが散りばめられている。
単なる薄っぺらい箱の中に人々は釘付けになる。その中に全世界が入っているように見える。だがそこにはただ映像が、文字が、いや黒いシミが並んでいるだけなのに、人々はそれを見て、怖れおののいたり、他人や社会をとがめて過ごす。
左右180度上下180度の世界よりももっと狭い世界の中に入って、心を脅かされ続けている。
自我が与えるその世界、そのエサを食べて、人はこの世界をもっとリアルに恐怖にしていく。

自我が与えてくる恐怖に気がつこう。
人をとがめる、社会をとがめることの「快感」に気づこう。


それは自我が仕掛けた矮小な世界。
そこに真実はない。
そこは私たちの本当の世界じゃない。
そこから出て行こう。



絵:芽吹き/coopけんぽ表紙最終号




2019年3月16日土曜日

仕事が出来る人が基準な世の中




世の中は、仕事ができる人が基準になって動いてるんだなあ~っておもう。

自慢じゃないが、私ほど仕事の出来ないヤツはいない(笑)。
母への仕送りのためにバイトをはじめたが、時間内に仕事が終らせられないこと山のごとし!
3年もたつのにいまだにノルマがこなせない。我ながらかんどーする。どんだけトロイんじゃ、このぼけ~~!
出来ない自分への心の罵倒が続く。しかし罵倒されて、あせればあせるほどからだがこわばり、ますます遅くなる。ノルマの重圧と自分自身からの罵倒の二重苦に喘ぎながらひたすら作業する日々が続いた。


しかしこの苦悩が、仕事が出来ない人の気持ちになれるという、思わぬ贈り物を受け取ることになる。

職場でみんなから嫌われている仕事の出来ない従業員さんと、マイペースで同じく仕事が出来ない新人さん。このふたりを温かい目で見られるのだ。


仕事ができる人は「出来ること」を基準にしてその目線で彼らを見るから、仕事をこなせないことにイラつく。
一方出来ない私は、出来ない人の気持ちがわかるから、「彼らは出来ないのだ」を基準にしてその目線で見るから、仕事が出来なくてもおっけー。

出来る人にとっては、出来て当り前。出来なければならない。出来ないでどーする!私も努力したんだから、あなたも努力しなさい!という立ち位置で彼らを見るので、彼らがたるんでいる、のらくらしてる、緊張感がない、自分勝手だ、という風にとらえてしまうのだろう。
そのため、無意識に彼らを監視するようになっている。ああ、またやった。ああ、あれもまだできない。。。と、怒りと嘆きでストレスをためることになる。
しかし実際は、彼らも必死で仕事をやっているのだ。



確かに彼女が出来ないことで、私に仕事の負担が来る。ただでさえ私もトロイのに、彼女の分まで抱えるから、なおさら遅くなる。これまで以上に忙しくなった。何で私がここまでやらないといけないのだ?と、仕事の出来る人視点に立ちそうになる。
だがここでこそ、意識の実践をやらんでどーする!



起こってくる出来事は、すべて自分に何かの学びをうながしている。
この世を嘆く材料をあたえるために起こっているのではない。

この世の苦は目の前に起こっていることに抵抗するから苦しいのだ。
今あることすべてを肯定する。

私は今に集中した。今自分がやっていることだけに心をフォーカスさせた。
この時間までにこれを終らせて、あれを進めてと、ノルマのためにしょっちゅう気にしていた時間。

しかしいつも見ていた時計も見ず、未来を考えず、自我が騒ぐ声にも耳を傾けず、ただからだが動くままに動いた。

するとその世界が広がりはじめる。短かった時間がゆっくり動き出す。今が輝きはじめる。時間が消える。人々がやさしくなる。

新人さんはやりたくないと抵抗していたものを、自らやりはじめた。
「おお!やれば出来る子、YDK!」とほめたたえる。笑顔が広がる。



これまで私は自己嫌悪の塊、罪悪感の塊、自己否定の塊の人間だった。
その私が自分を徐々に赦しはじめた。あれもできなくてもいい。それもできなくてもいい。
あれも赦す、これも赦す。。。。
そうやって自分を赦していくうちに、人まで赦せるようになってきた。
赦すとは、自分自身をそのまま受け入れていく作業なのだろう。
ああしなければいけないとは、自分を受け入れていない、抵抗していることだったのだ。


この社会は、出来る人が基準になってものごとが動いている。出来て当り前。出来なかったらクズ!
それではあまりにも苦しい。
そんなに必死になってお金を稼がなきゃいけないのか?
そんなに必死になって売り上げを上げなきゃいけないのか?
その意味は何?

ほんとはみんな幸せになりたいだけじゃないのか?
その基準がお金?
お金持ちだから幸せ?あまりそんなふうにはみえないけど。
持っている人は、もっと持とうと必死じゃないか。
これエンドレスじゃね?

ああじゃいけない、こうじゃないといけない
という心の声に、私らは耳を傾け過ぎ。
その声に従って、私らは右往左往させられてきたんだ。

けどその声は、自分を破滅に向かわすだけ。


その声を、疑ってみる。



絵:似顔絵/河村たかし市長