2018年9月18日火曜日

樹木希林、かっこいい!



樹木希林、大好き。
あの人が、かっこいなあと思うのは、
自分に起こることを受け入れていく潔さだと思う。

内田裕也との関係は、わたしならさっさと切っちゃうのにっておもうけど、何かしらのふたりの因縁や事情があるんやろね。

それよりかっこいいのは、老いや病気に面と向かって、戦いでなく、受け入れていく姿勢。
私はきっとその部分でひかれている。

そりゃあ、がんが見つかった時点で心は本当に恐怖を感じていたと思う。
だけどそのことに対して、向かい合って、じっと考え、やがて静かに受け入れた彼女。
しかも公然と、『私は全身がん』と公言できる強さをもっている。

今の日本人が、ずいぶん前からどこかへ置いて来た、心の姿勢を彼女はもってる。
「私はそんな大それた人間じゃないのよ。弱い人間よ」
といえる強さ。
ああでもない、こうでもないと、死という現実から逃げようとしない、腹の座ったムードが彼女全体からあふれていた。
それは昔の日本人のような凛としたたたずまい。

彼女の死は、私たちにそんなものを思いださせてくれた出来事なんじゃないかな。


私も今日はバイトが超忙しくて、ヘロヘロになって帰って来た。
アメリカの仕事があるとおもいつつも、あまりの疲れに爆睡する。目が覚めても動けない。疲れと焦りでもんもんとした。

無理矢理起きてパソコンをいじっているうちに、ふと自分があることに抵抗していることに気がついた。
疲れに抵抗していたのだ。

疲れることはいけない。
風邪をひいてはいけない。

私たちは無意識にこういう観念の中で抵抗する。
今まさに、起こっている出来事に、抵抗している自分に気がついたんだ。

抵抗するから苦しい。
疲れでしんどいのに、その疲れに抵抗する自分。疲れてはいけないと思い続ける自分。二重三重のきつさを、自分で作っていることに気がついた。

疲れてもいいんじゃないか?
風邪を引いてもいいんじゃないか?

そんな疲れも受け入れていくと、すっと楽になった。


あるがままを受け入れていく樹木希林さんも、
そんな生き方だったのかな?

若いうちから老け役を徹して来た彼女。
彼女だからこその、老いというテーマをずっと学んでいたのかもしれない。

彼女の生き方は、私たちにいろんなものを教えてくれている。

ありがとう。
そしてほんとにお疲れさまでした。



絵:紙絵/「ススキ」

2018年9月15日土曜日

これ、夢なんじゃね?



ときどき、ん?これは夢なんじゃないか。。?
とおもうことがある。
いや、最近しょっちゅうやな。

夢ってさあ、奇想天外な展開でも、なぜか納得してその気になってがんばったりするじゃない。

空飛んでる夢なんか見ても、
「ん?空飛べるじゃないかー。よし!がんばって、あの山越えてやるどー!」
とか言って、越えてみせたりする。

友だちの夢もそうだ。
牛乳買ったらUFOが目の前にいて、UFOの棚に牛乳を置いて、家に配達してもらったそう。
(UFOの棚ってどんなんやったんやろな?)
「そんときゃ、なんかへんだなーとかよぎったよ。
けど、何となくそういうもんだと思って棚に置いた」
という。


夢の奇想天外さは、目が覚めたら「そんことあっかよ!」ってつっこみたくなるんやけど、ふしぎなのはそのとき「そーゆーもんだ」と納得してるんよね。
なぜかつじつまあってるような気になってるのよね。

そーゆー理屈で行くと、この今私が現実に生きていると思っている世界も、
そーゆーもんだと納得して生きてるんかもね。

「ウソつけー!夢なもんか!
だってこれとこれとこれは、絶対つじつまあってるじゃねえか!」

とおっしゃるかもしれませんが、それでさえほんとかどーかわかんない。ほんとは「つじつまあってる」と、思わされてるんかもしれんよ。

万有引力の法則だって、つじつまがあってるっておもわされてるんかもしれんよ。
物を落としたら下に落ちるって、地球だけの話しかも知れんよ。
他の星に行ったら
「えーーー、それ、ありえなーーい!」
って、ならんともかぎらん(笑)。


そもそも寝ている時に見た夢が「あー夢だった」って知ってるのは、
「目が覚める」って言う、別次元があるからやろ?
じゃあ、わしらが「起きてる」って信じていることも、
別次元から見れば、夢かもしれんやん?


肩ぽんぽんって叩かれて、
「ねえ、ねえ、そろそろ起きなよー」
って言われてるんかもしれんで。

あん?
私の五十肩は、それか?
ぽんぽんしても起きんから、イッタイ思いさせて揺り起こされている?

おあとがよろしーようで。





2018年9月13日木曜日

手当て その2




一週間後、ハードなバイトのあとのへべれけになったからだに、三回目の施術がはじまった。

今回、彼女は鍼灸師という肩書きを捨てた。
友だちだから出来ることかもしれないが、彼女の臨機応変さ、あたまのやわらかさに脱帽する。

ベッドに仰向けに寝ると、彼女はわたしの丹田に手をあてた。
とたんにお腹が熱くなる。その熱が瞬時に右足に伝わった。だんだん背中が熱くなる。
針灸ではかすかにしか感じられなかった熱が、手をあてられているだけではっきりと現れる。

彼女は足元に場所を変えて、両足首に手を添えた。
からだの中の何かのエネルギーが、一気にあたまにかけのぼった。

今度は足首を離れてどこかに触れている。
両方の足の先が焼けるほどに熱い。
「ど、どこ触ってるの?」
おもわず不安になって聞く。
「ん?足先だよ~」
言って間もなく左半身に何かが走り、左の脳に痛みを感じる。

施術してもらっている間、私の中にずっとあるイメージが浮かんでいた。
それはからだの中が真っ暗で、何もないという感覚だ。
その真っ暗な空間を、かすかなエネルギーが移動している。あきらかに何かが起こっている。しかしそれがいったいなんなのかはわからない。

私たちのからだの中は、物理的にいろんな臓器が存在している。その臓器の変化に応じて治療を施すのが西洋医学。中医では、そこにツボや経絡といった、目に見えないものも存在し、それを前提として治療を施す。

しかし今わたしが見ていたものは、そんなものは存在しないと教えていた。
量子ーまさに本来の物質の姿、何もない世界。
彼女の手を通して、わたしは別の次元のからだの世界を見ていたのか。


彼女は位置を変えて、手をわたしの首の後ろにまわした。
じょじょに今までとはちがう感覚になる。
今度はからだの中ではなく、外にもう一人の自分がはみでた。

その表情はティチアーノが描く、マグダラのマリアのような恍惚な顔をして、私のからだの上でぐるぐると回転している。

なんじゃこりゃあ~~~?

その官能的な感覚と、めまいがするような回転に、ただただわたしはなすがままになっていた。


「はい。そのまましばらく横になっててね」

彼女は部屋から出て行った。
ひとりぽつねんと寝ている私。
戻ってくる彼女を待っていられなくて、勝手におき上がった。

「はあ~~~っ!よく寝たあ~~~~っ!」
と、口走っていた。
一睡もしていないのに、その寝起きの爽快感といったら!
(あれ?あのとき両腕をあげていたなあ。。。w)

その後は疲れなど飛んでしまい、晩ご飯も元気に作り、夜の散歩にも出かけた。
何というか、からだがひとつにまとまった。そんな感じだった。

中医はいたんだ箇所を直接治療するのではなく、まわりから責めるのだそう。
バラバラになったからだをひとつにまとめ統一し、元気にさせる。そうすることで、自分で治していくのだという。
彼女の手当ては、まさにそれをやってくれた。最初の針灸の治療があったからこそ、三度目の手当てが効いたのかもしれない。

ただ鍼という金属や、お灸という植物を通して触れられるよりも、何も介さず、直接手で触れてもらうほうが、私のからだはよろこんだ。そのあとのからだの調子がまるでちがっていたのだ。

「手を当ててる間、何を考えてるの?」とわたし。
「なーんも。ただぼーっとしてるだけだよ。手の感覚に集中してるだけ~」
手の感覚だけに入っていると、私のからだの変化がわかるようだ。
おそるべし。ハンドパワー。でも彼女にその自覚はないようだ(笑)。



その晩も相変わらず痛みで目が覚めた。
だけど何かがちがう。
どこかのんきな私がいた。
私が痛いのではない。
ただそこに「痛み」があるだけだ。
私と痛みをくっつけなくなった。

五十肩は一年ぐらいかかるとみんなが言う。
そのぐらいのスパンで付き合っていくんだな。
そう思うと、焦らなくなる。
痛みを悪者にしなくなる。邪見にしなくなる。

明け方、痛みの中で感じた。
ああ、痛みって、怒りなのかもしれない。。。
これは私の怒りだ。
私が自分に向けた怒りを、つまり自分を痛めつけたことを、自分で味わっているんだ。。

そう思うと、痛みも愛おしくなった。
ごめんよ、私。
今までいっぱい痛めつけたね。
そっと左腕に手をあてた。


手当て。
そっと手をあてる。
そのことがいかに人を癒すのかをじかに体験させてもらった。
それは人と人が互いに触れ合うことで交流する何かだ。
これはひとりでは出来ない。
ふたりいて、はじめて何かが動くことを教えてくれる。

癒しってすごいね。




絵:「ねこじゃらし」




2018年9月12日水曜日

手当て その1



この夏、左肩が痛くなった。
あげられない。うしろにまわせない。夜中に痛みで何度も起こされる。いかんともしがたい状況になる。

友だちに鍼灸師さんがいる。
彼女とは非二元の話しで盛り上がるが、一度も施術を頼んだことがなかった。

57歳。自分の身体に変化を感じるお年頃。
彼女はこの道のベテランさん、中医のことは専門家。
ここは一発、お年頃の身体に鍼をうってもらい、お灸を据えてもらい、強烈な刺激を受けてみますか!と、彼女にお願いをした。

お天気の午後、彼女が運営する小さな施術室に、はじめて「患者さん」としてでむく。

「ちょっと遊んでいい?」
彼女の楽しそうな顔に、期待が膨らむ。
「うん。いいよ!」

ベッドに座ると、彼女はそっとわたしの腰に手をあてた。
静かな時間が流れる。
ふと腰の感じがちがうのに気がついた。

あれ、、?
腰が、、、消えていく、、、。

私たちは普段、自分の腰の感覚に気がついていないが、腰という存在は知っている。しかし今、私の腰が消えはじめている。。!重くどっしりとしているはずの腰が、どんどん希薄になり、軽くなり、それと同時に上昇していくのだ。

な、、なんじゃ、こりゃ?


「さて。じゃあ、ベッドに横になって」
彼女の言葉で現実にもどった。
それから鍼灸の治療に入った。

まずはお灸。
むかーし、親にお灸を据えられていた時期があった。怒られて、じゃないよ。
それとなぜかどこかの家で専門家の人にしばらく据えられていたことがあったなあ。。
などと思いだしながら、そのころとはまったくちがう、熱くない、やさしいお灸を味わっていた。その間、環境音楽を聴きながらのウットリとする時間。

そして鍼。一瞬の痛さのあとは、ただじーっとしているだけ。すこーし身体のどこかが反応している。だけど強い刺激ではなかった。
たっぷり二時間。内容の濃い施術をしてもらった。



その晩。
いわゆる好転反応か、痛みが増した。
昔漢方薬を飲んでいたことがあり、好転反応というものがあることを知っていたので、
やはり出たかとおもった。
症状が悪化したことにより、これは本格的に自分でも治していかねばならんと思い立ち、母直伝の民間療法も同時進行。これでは彼女の施術か、民間療法か、どっちが効いたのかわからなくなるが、そんなこといってられない。

その晩から、朝晩の一回ずつ、ショウガと玉ねぎをすりおろし、はちみつを入れたぬるま湯割りを飲み続ける。
症状は相変わらず一進一退を繰り返した。


次の週、二回目の施術もお灸を中心にしてもらったが、そのうち首が痛くなりはじめ、ガマンできなくなった。

「おねがい。お灸はいいから、手で触って。。。」

じつは最初から彼女の手の力を感じていた。
腰に手をあててくれた感触、時おりお灸のあとにそっと肩に手をあててくれている時のなんとも言えない安堵感。
首の痛さもあいまって、針灸という道具を通してではなく、直接彼女の手で触れてもらうことでの、あの安堵感がほしい!という衝動が起こったのだ。

鍼灸師さんの立ち場としては複雑であったと思う。しかし彼女は患者のわがままを受け入れてくれた。



頭の側に回り、わたしの首を両手で支えてくれた。
とたんに右足に熱が走る。足の甲が熱くなる。やがてそれは左に移っていった。
耳にふれられていたとき、ふしぎなビジョンを見た。
それはおだやかなイギリスの丘陵地帯。
ああ、、、ここで私たちはあったことがある。。。
そのうち、左に修道院が見えた。
ここに、彼女はいたのか、、?
そんな思いが出てくる中、首の痛さは治り、施術は終った。

その日の午後は最悪だった。起き上がれないまま、ソファで一日を過ごす。夕方、母直伝の番茶醤油梅干しで、なんとか元気を取り戻した。
ひどい後退反応だ。こんなに疲れがたまっていたのか。

考えてみれば、たまるはずだ。
父の死の前後、高知を行ったり来たりした。その間日本とアメリカの仕事も忙しく、バイトも入りっぱなし。畑も仕込みの段階であったが、行っても疲れ果て、ほとんど手つかず。
初盆も終り、ホッとしたころだった、痛みが出たのは。

「典型的な五十肩ね」
彼女は言った。
「時間かかるわよ。しぶといんだから」



さて三度目の施術で、わたしはふしぎな旅に出る。
つづきはまた。




絵:ホタルブクロとどくだみ

2018年8月30日木曜日

幸せ感




ちいさいとき、欲しいものを手にしたとき、天国にも昇るような気持ちになった。

寝る前に枕元にそれを置き、眺め、幸せな気分になり、朝起きてそれに気がつくと、また天国に昇るような気分になった。

しかしそれも四日と持たない。五日目にはそれがあるのが普通になり、枕元には置かなくなり、やがておもちゃ箱の片隅に葬り去られる。

大人になっても同じことが繰り返された。
いや、大人になったらもっと幸せ感が短くなった。
二日。。。いや、一日で終る。
やった!ゲット!幸せ~~~♥となるも、次の日には、
「ありますけど、それがなにか?」となる。

おいしいものを食べても、「う~~ん、おいちい!」と、幸せ感がマックスになるが、口からその味が消える頃には、幸せ感が消える。
だからもう一口、もう一口と食べ続ける。
しかしじょじょに幸せ感は薄れ、食べ過ぎた頃には逆に不幸な気分になる。

最初の出会いが大きくて、その幸せ感を再現しようとその店に通うが、最初の衝撃は二度と味わえない。回数が増えるごとに幸せ感は急速に薄れていく。

若い時は、仕事をゲットした時によろこび、納品した時によろこんだ。
今は、仕事をゲットしたとき、ほっとし、納品してほっとする。これは若い時の幸せ感とは微妙にちがう。幸せ感というよりは、「すこし寿命が延びた」的な安堵だな(笑)。

どうも人の幸せ感は、何かを手に入れて感じるもののようだ。
ある条件があって、それをクリアしたとき幸せを感じる。条件づけの幸せ感。それは時間とともに消える。最初マックス。それからじょじょに落ちていく。
そのあとの何かしらの心もとなさは、次の幸せ感を求めてさまよう。今日はあそこであれ食べよう~!あのお店に次の新しい秋ものの服があるかしら?
それもまた人生の醍醐味。味わい。

でもどこかむなしさを感じる。
ずっとなにかをゲットし続けて、幸せをもらっているだけなのか?
ずっと何かをクリアし続けて、幸せをもらっているだけでいいのか?

幸せは自ら生み出せないものなのか?
何の条件も持たず、ただ幸せではいられないのか?
なにもせず、ただぼーっとしているだけで、幸せになはれないのか?
そう考えながら、庭の木々たちを眺める日々が続いた。


それはあるときふいに来た。
バイト先でトレイを拭いている最中に、唐突に来た幸せ感。
何の条件づけもない。何もゲットしていない。しかもつらいバイトをしている最中。
すべてが愛おしくなった。
目の前を通り過ぎるおばさん、おじさん、わかいおねえちゃん、おにいちゃん、
みんなが愛おしくなった。トレイが愛おしい。タオルも愛おしい。それを拭いている手も愛おしい。
目に見えるすべてのものが愛おしくなった。
内側から、何か意味のわからないものがどんどんあふれてくる。ついでに涙もあふれてくる。
ヤバい。誰かに見られたらへんだとおもわれる。
だけど止められないこの恍惚感。なんじゃこりゃ?
何かをゲットして得た幸せ感とはまるでちがう、これがちまたでいう至福というやつなのか。

その至福感は45分ほど続いた。
そのあとは何事もなかったかのように、いつもどおりの感覚に戻った。



たとえばジャングルの未開の人に、フェラーリ一台プレゼントしても、
「なんのこっちゃ?」と、幸せ感など感じないだろう。
条件づけの幸せ感は、その記憶の中に教えられた「価値観」がある。その価値観を元に、幸せを感じるものだ。しかしわたしがあのとき感じた幸せ感は、そういう教えられた価値観を越えている。それはジャングルの未開の人にも宇宙人にも共通して感じられるなにかだ。

それはもともと私たちがもっていたものではないだろうか。生まれてまもない頃もっていた感覚。
自分も他人もなく、自分と布団という違いもなく、そもそも自分という個別の意識さえもない存在。その存在がつねにもっていた感覚。ほとばしるような爆発するような感覚!

ただ私たちはそれを忘れることを選んだ。
忘れて個人個人になり、個別の人生を生きることを選んだ。


でもどこかで寂しい。なにかが欠けている感覚が残る。
その寂しさを、物をゲットすることで、あの感覚を思いだそうとしているのではないか。
あの至福感の擬似体験として。





紙絵:「つた」



2018年8月8日水曜日

努力の人


父は努力家だった。

4度の手術でも、その後の回復力は目を見張るものがあった。それはひとえに彼の地道な努力によった。ずっとずっと地道な努力をしてきた父。それは最後の日々の中にも現れていた。

父の手帳には文字がぎっしり埋め尽くされていた。
その日のお天気、気温、朝の血圧、便の回数、状態、食事の回数、薬の回数、おしっこの回数、夜の血圧、、、。

時間通りに起き、時間通りに朝食を取り、コーヒーを飲み、昼食を取り、おやつを食べ、夕食を食べ、時間通りに寝る。

義母から聞く父の日々の過ごし方は、尋常じゃなかった。きっちり決めた時間ぴったりに食べていたのだ。

亡くなる四日前、わたしは父が日記を付ける様子を見ていた。
「今日のお天気は、、、晴。。。
気温は、、、24度。。。
血圧は、、、上が、、、120、、、。
下が、、、80、、、。」
と、いいながらボールペンで書く文字は、わたしにはまったく読めなかった。

震える手で必死で手帳に書き込む父。まるで自分が今ここに生きているという証を刻み込もうとしているかのように。

「起きたいのに、起き上がるなと言われる、、、歩きたいのに、危ないから歩くなと言われる。。なんちゃあできんじゃいか。。」
リハビリに精を出し、医者や看護婦さんたちを驚かせて来た父は、何もせんでいいと言われ、なにも出来ない自分を嘆いていた。
努力の人は、最後まで何かをがんばろうとしていた。



人は、自分がここにいていいという証をもらおうとする。
努力をして褒められることで、父は生きていた。
父だけじゃない。わたしも。

フェイスブックが流行るのも、何かをして、「いいね!」といってもらうためだ。
人に認められて、自分はここにいていいんだと安堵する。

しかしそれは一瞬。
あっというまにその安堵は消えてしまう。
そしてまた次の「いいね!」をもらうために、何かをしようとする。

しかしそれも出来なくなったとき、父はそのよりどころをどこに求めれば良かったのか。




私たちはなぜか、自分で自分を認められない。何もしないでいる自分を認めることは出来ない。ただそこにいるだけでいいのだ、とはほとんどの人が思わない。だからなにかして、それを他人に支持されることで、はじめて自分を認める。

父の最後もなにかしようとしながら行った。
いったい誰に認めてもらうために?
人ではない、何か大きなものに?

その「大きなもの」は、なにもしていない私たちを認めないのだろうか。



赤ちゃんは何もしなくても、その存在が認められる。しかしだんだん大きくなるにつれて、何かしないと認めてもらえなくなる。役に立つことがそこにいていいこととされる。
そして年老いて役に立たなくなることを怖れる。
役立つことだけじゃない。運動をする。知識を増やす。学ぶ。遊ぶ。ひたすらなにかすることを探す。もっと、もっと、もっと。


「大きなもの」は、そんな条件付きの愛し方をするのだろうか。
父のあの日記を埋め尽くした文字らしきものをみて、
「ウン。努力が見られる。君を認めよう!」と?

それはただ父が思い描く事実だったのではないか。つねに努力していないと自分はここにいちゃいけないんだと思い込んだ強迫観念だったのではないか。
本当はなにかしてないと、心が落ち着かなかったのではないか。

父の最後の姿を通して、人が自分で自分を認められない苦しみを、わたしに見せてくれた気がした。

そういうわたしも何もしないでいると、心がそわそわして、身体がどこかに動こうとする。彼の焦燥感は、わたしにも引き継がれている。

大きなものは、そんなわたしたちをまるっとひっくるめて、ただ受け取っている。どんな生き方をしようと、どんなにずるくても、それはただただ愛してくれる。


父は愛されていた。
それはわたしも同じ。
それを自分自身が受け入れられるかどうか、だ。







2018年8月5日日曜日

あ、きゅうりがない


「あ。きゅうりがない。。。あ。とうもろこしもない。。。」
畑にあったはずのものが、どっちも消えていた。

「。。。。」
なんも言えない。

気を取り直して、秋に植えるダイコン用の畝の草を刈りはじめる。
「これもサルに引っこ抜かれるんだろうな。。。」
そう思うと、急にやる気が失せた。


サルも食べる野菜をわたしが口に出来るのは、年々減って来て収穫の1割程度。じゃがいも、とうもろこし、えだまめ、キュウリ、ダイコン、ズッキーニ、さつまいも、落花生、今年はトマトと、残り9割はサルどんに寄付している状態である。
近所の人に「オタク、サルに餌付けしてるんじゃないの?」
とかいわれそうなくらいである。



人の行動は必ず目的を持っている。
「収穫」という結果を求めて種を蒔く。

それは畑だけじゃない。すべてだ。
絵を描くのも、仕事するのも、『良い結果』をゲットする!という大前提を目標に行為する。
物だけじゃない。評価もそうだ。
人にほめられるため、人にここにいていいと言われるため、人にすごいやつだといわれるため、人にうらやましがられるため。
はたまた、神さまに認められるため。
地獄でなく、天国に入れてもらうため。
行為の後ろに必ず「目標=結果」という動機がある。

わたしもイヤシさゆえに、そして無肥料無農薬でも育つ!と言わせたいがために、種を蒔く。
それがことごとく否定される現実。

「結果」を求めちゃいけないのか?
人並みの欲をもってはないけないのか?
ひとり畑で呆然とする。




人は結果を良い方に望む。悪い結果を望む人はいない。
結果に判断を下す。「これは良い結果だ。それは悪い結果だ」と。
それが苦悩を生む。
そして出来れば、つねに良い結果だけを求める。
それがますます苦悩を生む。


しかし良い悪いはどこで区切るかで判断が変わってくる。目先の事で区切ればこの畑の結果は悪い事だ。しかし何年という単位でもっと引いて見れば、この畑は良いか、悪いかと言えば、良い結果に思える。もっと引いて、わたしの人生という区切りで見れば、良い結果だと思えてくる。
なんだ。大きく引いて見れば見るほど、良い結果しか見えてこないじゃないか。




「現れてくる現象を理解することなどできない」
そんな言葉が浮かんだ。

思考は、あらわれてくる現象を、「これはいったいどういうことだ!?」と、理解を求めようとする。
それは心が納得、安心したいからだ。

「この夏の暑さはいったいどういうことだ!?」
というと、気象庁は南の海水温が上昇しているから、、、とかいろいろいってくれるだろう。けれどそれを知ったからといって、じゃあ海水温を下げて、、とか解決法があるわけでもない。せいぜい熱中症にならないように気をつけるぐらいだ。そもそもなんで海水温が上がっているのかもあいまいだ。

「何で畑にサルがやってくるのだ!?」と、理解しようとした所で、何の解決にもならない。鉄砲で撃つことも出来ないし、電気を張り巡らせることも出来ないし。


心が納得し、安心できるものが何一つない。

それでも手は勝手に草を刈る。
またそこにダイコンの種はまかれるのだろう。






2018年8月4日土曜日

犬の夢を見た


昔からときどき見ていた夢。
それは犬にエサと水をあげなかった後悔の夢。

しまったあ!
あげてなかった!
どうしよう!
生きているんだろうか~!

動揺と恐怖が一瞬に起こり、慌てふためく。
ドキドキして、目が覚める。
まわりを見渡すと今。昔の犬はとっくにいない。水もエサもあげる必要もなく、ホッとする。
だけどあの夢はなんだ。。?
答えは出ない。

今朝、久しぶりに見た、あの種類の夢。犬にエサと水をあげなかった夢。
続きがあった。

それは「ナナ」と言う名前だった。
わたしが二歳の時にもらわれて来た犬の名前。
親に殴られた時、同級生にいじめられた時、ナナはいつもそばにいてくれた。毛むくじゃらのヨークシャテリアの雑種、ナナ。


しかし夢のそれはカタチがすこしちがっていた。
グレーのまだら犬。
最初はハムスターみたいに小さかった。長いこと水とエサをあげなくて、生きているのか死んでいるのかわからない、手の平に乗るサイズの小さな毛の塊。
それに水をあげた。エサも食べた。
生きていた。

急に大きくなって中型犬になった。まったく余分な脂肪のない、野性的な犬。オオカミを細くしたようなスマートで、肩から前足にかけて赤く太いラインが走っている、ふしぎな柄をした犬ナナ。

ナナに首輪はいらない。リードもいらない。
わたしが思っている事、考えている事、それを前もって予期したかのように動く。すっとどこかに行っては、さっとわたしが居てほしい場所にいる。邪魔するでもなく、触りたくなれば、触らせてくれる。ほっておいてほしければ、適度な距離をもって、遠くからわたしを見ていてくれる。クマの足あとを教えてくれる。そこから先には行かないように、言葉もなくおしえてくれる。
ナナはわたしの考えを大きく上回る知性を持っていた。

ふと気がつく。
ナナは、ずっといつもわたしのそばにいた。
わたしはそれを忘れていただけだ。
「精霊。。。」
思わぬ言葉が心にわいた。

ナナはわたしの精霊だった。
エサと水を与えていなかったという後悔は、わたしがその存在を忘れていたということだったのか。
「何かを忘れている、すぐそばにいた、ほら、あのなにかを。。。」
それを暗示するかのように、その後悔の夢があったのかもしれない。

それが犬のカタチをしているかどうかは知らない。
ナナと言う名前なのかどうかも知らない。
ひょっとしたら、小さいとき飼っていた犬に、ナナという名前を付けさせたのは、その存在か。

私のそばには、私が考えるよりもはるかに大きな英知を持った存在が、そっと寄り添っている。いつでも、どこでも。

それに気がついていることが、水とエサを与えるという象徴になっていたのか。


そして、それは今も、すぐそばにいる。







2018年8月2日木曜日

雑草のとらえかた


家の外装工事が終って、久しぶりに大家さんのお母様が様子を見に来られた。

彼女は草が気になる様子。ぶちぶちと生えて来た草をちぎっていく。

「おかあさん、この外壁は、こうやったのよ、、」
と娘さんが説明するも母は、
「ここはだめ、こうしなきゃ。。」
と、草や木の事に意識がむいて、片っ端から雑草を引っこ抜いていく。

その前日、わたしは彼女が引き抜いていくそのヤブガラシを美しく眺めていた。


同じ植物を見るのでも、それをいけないもの、醜いものととらえる視点もあれば、
美しく、たのもしいものとしてとらえる視点もある。
どっちが正しいわけじゃない。存在は中立だ。
人の立ち位置によって、解釈が変わっていくだけだ。



野良仕事の合間、木陰で休んで畑を眺める。
父の葬儀や雑用で忙しく、今年は畑に手がつけられていない。
そのあいだに草が旺盛に広がった。オリーブの木や高く伸びた篠竹にくずの葉っぱがおおいかぶさり、畑はジャングルになっていた。

だがそれが美しい。葉のひとつひとつ。枝の一本一本。それぞれが美しい。実際、彼らを刈るとなるとたいへんだがそれでも美しい。

6月に蒔いた枝豆が、イネ科の植物のいきおいに押されている。根元から刈り、枝豆の足元に置く。イネ科の植物が生えた土はとても柔らかい。心地よい感触が足の裏に伝わる。


花だけでなく、葉も、枝も、つたも、木も美しい。それが植物。
畑で、庭で、道路の端っこで、彼等の姿を見てはっとする。それだけで心がおどる。
「これを絵で表現できるのか?」
ひとり心に問う。
今は答えられない。彼らの存在を越えるものは作れそうにない。



私たちは環境の生き物。うまれた時代、そだった環境によって、価値観がまるで違う。
大家さんのお母様は、草は取るもので、観照するものではない。草に対して入ってくる情報はそれ以上にはないだろう。
わたしはすこし違った環境に育った。それだけの違いだ。


雑草はふしぎな位置にいる。
人間に嫌われはするが、じつは大地にとって、野菜にとって、虫にとって、動物にとって、すべてにとって必要である。

むしろ人間こそが、この地球にとって必要でないのかもしれない(笑)。

この地球にとって違和感がある存在が、あれがいい、これいらない、などと文句を言う。


あ。そもそも文句を言うのは、人間種ぐらいなもんか。




2018年7月29日日曜日

不快の森



人は心の不快感を避ける。
なんて事ない事で、それまでの気分ががらっと変わって、いやーな気分になる。
人からの行動?出来事をみて?
何だか知らんがいやーな気分。

不快を感じると、人はそこからピューーッと逃げる。
不快は死と隣り合わせのように感じるからか?

じつは不快はそこまでは意識はされていない。
ふかい、の、ふの字が現れた瞬間に、身体がぴくりと反応し、無意識のうちに頭はそれをどこかに消し去るために、あの手この手の策を練る。

テレビをつける。
音楽を聴く。
スマホをみる。
楽しかった事を思いだす。
不快を感じさせた相手にむかって心でエアー演説する。
自分がどれだけ正しいのか、自分で自分に納得をしようと試みる。

スピリチュアルは、その不快を心地よい言葉でくるんで、いろんな解釈を与える。
前世からのカルマ、
墓の位置、
家の間取り、
ポールシフト、
惑星直列。

そしてそれを回避するには、
呪文を唱える。
墓参りに行く。
パワーストーンをもつ。
聖地に行く。
瞑想をする。
宇宙と繋がるイメージをする。

正直ぜんぶやってみた(笑)。
だけど不快は一時消えたかにみえるだけだった。


不快は、自分の心の入り口だ。
楽しい時は自分を意識しない。しかしネガティブな感情になった時、いきなり自分と言うものを意識する。自分と言う一個の独立した物体である私。
ネガティブは「わたし」という存在を強く意識させる。

人生57年。自慢じゃないが、この不快から逃げまくって来た。
だけどこの不快はあり続けた。

押してもダメなら、引いてみな。
逃げてもダメなら、飛び込んでみな。

人の不快には、必ず理由がある。

ナウシカも不快の森に、、、じゃなかった、
腐海(ふかい)の森に自ら飛び込んで、その森の理由を知ったではないか。

腐海の森は、人間が放った毒を植物が吸い取り、それを無毒化していった。変化し結晶化されて、正常な大地に戻していく作用を起こしていた。

「腐海は人間が汚した世界をきれいにするために生まれたの。
みんなに伝えて。腐海が生まれたわけを。」
そうナウシカは言った。


不快の森に飛び込むと、そこは不快にあふれている。(あたりまえだ)
だが、なぜか死なない。(腐海じゃないからな)
じっと不快の森の、不快感を味わってみよう。
興味深く、観察するように。
全身に広がる不快感を味わったって死なないのだ。
頭はなぜか不快を死に直結させるが、実際は死なない。
安心してくれたまえ。

逃げようとするその衝動を感じる。
頭が不快を与えたヤツに向かってエアー演説しているのも、ただ観察する。
胸のあたりがムカムカして、いやーな気分になるのも味わう。
身体に変化がおこるのも味わう。
ナウシカになった気分で、果敢にそれを受け取るのだ。

それがどれだけ自分をパワフルにするか。
それがどれだけ自分の中にあるいろんな思いをぱたぱたと解消していくか。
それがどれだけ自分の中にある観念に気づかせてくれるか。

その現れ方は、そのときどきでちがう。
「あ。。。あーーーっ!」
と、劇的な気づきが起こるか、
ふと、「あれ?こういうこと?」
と、なんかがストンとふに落ちたりする。
だが結果を期待した瞬間、それは思ったようには起こらない。
それがこの世のはがいたらしいところ(笑)。



不快は腐海とまったく同じ作用をする。
腐海があるがゆえに、大地は正常になり、
不快があるがゆえに、人は心を意識し、正常にする。


ナウシカは偉大だった。

(そこかいっ!)