2018年12月19日水曜日

しょぼいアル中




「何でお酒を飲むんだろう?」
考えてみた。

夕方になると、飲みたくなってそわそわ。
5時から麦汁プッシューっ!
お酒のおつまみでその日一日をふりかえりつつ、充実した時間を過ごす。
特に絵ができ上がって、それを堪能しながらの一杯はまた格別!

その後、夕食の支度。
そのあいだもワインか日本酒をちびちびやりながら作る。

夕食が出来上がってからも、また一杯。

トータルすると、缶ビール350ml一本と、
ワインか日本酒を2杯。
それだけなんだが、毎日飲む。毎日。365日。

五十肩が痛くなって、鍼灸師の友だちに、お酒はカラダを冷やすと聞いてから、後ろめたさを感じはじめた。
昔漢方薬をやっていたし、マクロビオテックも勉強していたので、陰陽の食物の知識はある。お酒はカラダを冷やすことは重々知っていた。

「しばらくやめてみようかな?」
そう思ってやめてみようとする。
しかし。。。。
夕方になると、そわそわが止まらない。
飲みたい気持ちがおさまらない。
「これ、アル中ちゃうん!?」
自分に愕然とする。
アル中と言えば、朝っぱらから飲んだくれ、ものすごい量を飲んで、前後不覚になり、幻覚を見始め、仕事が手につかず、家族に迷惑をかけて、家の中を荒らしまくる。。。。
というイメージが、バババババとわき上がる。

そ、、、そんなことはしないが。。。
しかも350mlのビールと、ワイン2杯で、アル中て。。。。
どんだけしょぼいアル中やねん。。。。


痛みは汚血でなる、とも言われ、食事をふりかえってみる。
玄米と野菜中心の食事、陰陽の食物もバランスを考えている。特に冬は土から下、根のものをとることで、カラダを温める。豆類も取り、青や赤などの色の濃い野菜も欠かさない。はっきり言って、これ以上バランスの取れた食事はないだろうの域。
すると残るは350mlのビールと、ワイン2杯の酒。。。。w

それがやめられない。
必死のパッチで3日やめた。
だが症状は変わらない。
4日目に飲んでみた。麦汁がまずかった。
むしろ症状は楽になる。なんで?
一日また開けて、飲む。
飲んで、やめて、また飲んで、やめて。。。を繰り返す。
相変わらずな症状。

きっとこういわれるだろう。
もっと飲むのをやめなさいと。




だが。
そもそも何で私は飲みたいのだろう?と考えた。
そのとき頭に浮かんだのは、食事を作ることだった。
作ることで思いだされるのは、母のこと。

高校時代、朝早くに母に叩き起こされ、矢継ぎ早に夕飯の献立を言い渡される。
「今日はカボチャの煮物。カボチャはこう切って、調味料はこれとこれとこれ。
さかなはぶり。塩をこうやってふって、ここでこうやって焼いて、おひたしはホウレンソウ。味付けはこうやって、ああやって、こうで。わかった!?じゃ、行って来ます!バタン!」

寝ぼけまなこの私は、母に言い渡された強制のような罰則のような宣告を呆然と受け取る。
「そんなこと言われたって。。。。え?なに?わかんない。。。。」

高校時代の私はバンドに明け暮れていた。学校が終るとバンドの練習。そのあと大急ぎで家に戻り、母からの罰則をあわてて作る。

しかしこの世は非情だ。仕事から帰ってきた母に、
「何!この煮物!まずいでしょ!」
と、その場で全捨て。一から作らされる。

たぶん、そこからきている。
私にとって食事を作ることは、プレッシャー。成功か失敗か、どちらか。
何一つ楽しんで作ってない私がいた。



人の行為は、ありとあらゆるものが複合されて出て来る。
父の晩酌の影響もある。こわい父がゆいいつ優しくなったのは、私が一緒に彼の晩酌の席にいたときだった。
そのゆったりした時間をもとめ、その後の食事をつくるという張りつめた緊張感をすこしでも緩めて、リラックスするために、そしてプレッシャーやストレスからのがれるために、私は飲んでいたのだ。



考えてみれば、人はストレスから解放されるために、ありとあらゆることをする。お酒、食事、レジャー、スポーツ、趣味、、、。
おおよそこの世はストレスからの解放のために動いているといっても過言ではないのかもしれない。

もし人にストレスがまったくなくなったら、マハリシのようにやかん一個をぶら下げて、布一枚だけ腰にまとい、一生をゆったりと過ごすのだろう。


私にとっては、絵を描くこともプレッシャー。それはずっとクライアントの視点から見ることを余儀なくされてきたからだろう。
おおよそ「作る」ことは、私にとってストレスであった。つねに結果をもとめられてきたからだ。母の査定、クライアントの査定。



今は母に怒られることもない。むしろ怒られてきたのは一瞬の時間だったのに、今の今まで私はそれを引きずってきた。
それはあまりにも当り前のように自動的に反応し、ストレスを与え続けてきた。


母は、私にプレッシャーやストレスを与えるために言ったわけではない。

彼女のおかげで料理を学べたことはとても感謝している。

だが親の意図せずして受ける、子の傷もまたある。

それは子自身が乗り越えていくために、自身で設定した人生の山でもあるのだ。


私たちはそうやっていくつもの自動反応を背負って生きている。
その反応から解放されるには、それに気づき自分で解放するしかない。
それは長く地味な道であるが、やがて自身の解放へと向かう、大きな道だ。


それを教えてくれた一連の出来事に感謝する。





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