2009年1月19日月曜日

裏高尾のボブ・サム





「お墓、きれいにするから」と、棟梁は言った。
「え〜」と、私たち。

ど素人軍団の私たちとしては、畑の開墾当初に、密林と化した畑の中から倒れて埋もれていた墓石を救出し、その場に立て直しただけで、その任務は十分果たしたと思っていた(思いたかった)。そう思いたい気持ちとは、つまりアレは「触れてはいけないもの」という気分があったのだとおもう。だからどっちかというと「そのうち棟梁、忘れてくれるやろ」と願っていた。

ところが棟梁は、先週あたりから、お墓のまわりの竹や葛の根っこを掘り起こしはじめた。
友達のおばあちゃんが、棟梁に頼まれてお墓まわりの根っこを掘り起こしはじめる。私たちも手伝わないわけにはいかないじゃないの。
下に何があるかは、わかっている。でも竹の根は全部ぬかないとまた出てくる。おっかなびっくりお墓のまわりを掘りはじめる。でも根っこはお墓の下をさけて通ってはくれない。葛の根っこを引っぱれば、目の前にある墓石がぐらぐら揺れる。ひえ〜。

「ここ、ぜーんぶきれいにするからねー。平らにするからねー」と、棟梁はうれしげ。
これがまたここに限って、葛や竹の他に、イバラや木の根など、他の場所にはないほどに人口過密地帯だった。そりゃー、そーだろう。下に栄養素があるんだもん....。

そのうち土台を平らにするために墓石を全部どけた。ここまでくりゃ、徹底的にやるだけだ。全員が集まって、うんしょうんしょと根っこと格闘する。根っこを掘るうちに、下からまた新たな墓石出現。その台座も出てくる、デルワデルワ、わけのわからない大きな石、石、石....。


棟梁には、じつはいくつかの問題点がある。そのうちの大きな問題点の一つは、
「なにいってるのかさっぱりわからない」のだ。
「ここをこうするんですよ」「そこをこうするんですよ」という。そこもここもわからない。
「え?え?棟梁。それってどういう意味?」と聞くと、
「だからここをそうするんですよ」と同じことを言う。
しょうがないから、棟梁のする事をまねる。そこで、ああそうか、そこをそうするのか、とわかる。でもなぜそうするのかがさっぱりわからない。

根っこをほじくっているのと同時に、墓石の手前1メートルあたりに溝らしきものを掘りはじめた。大きな石を置くと言う。何がしたいのかわからないまま、みんな棟梁についていく。同時進行的にすべての事を進めていくものだから、自分が今なんの作業をしているのかわからない。でもみんな文句一つ言わずについていく。

そのうちだんだん全体像が見え始めた。小さな石垣を作って、墓石を一段上にあげようと言うのだ。その下に人が鑑賞できる通り道を作り、その一段下にはお花を植える。
棟梁は石を一個一個吟味をして、どう並べたらいいのか気を配る。だてに趣味で盆栽を3億円もかけてやってはいない。石の配置までこだわる。ブロックと違って、自然のものは一つ一つ形も色も違う。その違いを楽しむかのように、一個一個立てながら並べていく。大胆で繊細な角度や配置が要求される。

そのうち石垣は、出っ張りも引っ込みも味になってきた。オモテとなる石のウラにはそれが倒れないように補強の石たちを置く。これもまたむずかしい。ジグソーパズルのように、出っ張りと引っ込みをぴったり合わせなくてはいけない。私はその大役を仰せつかって、ひと汗かいた。

その石垣の後ろに土を入れ、墓石があった場所すべてを平らにし、きっちりと計って水平にまっすぐ墓石を並べた。まだ土の上に砂利を入れるという作業が残っているが、二日かかって、まあ、なんとみごとなお墓が完成したこと!
安土桃山時代から江戸時代にかけての10体ほどの古いお墓たちが、石垣の上に胸を張って並んでいる。
手前には、植え直した水仙の花がきれいに並んだ。

最初は「触れてはいけないもの」とおっかなびっくりだった私たち。こうやってりっぱな姿を見ると、誇らしく思う。ありがたい事に、一度も骨らしきものにも出会わずにすんだ。

でも墓をきれいにするなんて事、今の時代にその職業にでもつかないかぎり、やるチャンスなどない。棟梁といると一体何を経験させられるかわかったもんじゃない。これも棟梁の美意識(?)のおかげである。



墓をきれいにすると言うと、ある人物が思い出される。写真家星野道夫の話に出てくるアラスカにすむクリンギット族、ボブ・サム氏だ。

10年という歳月をかけ、荒れ果てて見捨てられていた墓地を、たった一人でコツコツと復元し、5000という数の墓をきれいにしたのだ。彼の無償の行為は、知らない間にクリンギット族の若者たちに影響を与えていた。今、かれらは西洋の文化から、自分たちの伝統的な文化に目覚め始めたと言う。
 
棟梁は誰に頼まれたわけでもないのに、墓をきれいにし始めた。棟梁にこむずかしい思想はない。もし彼を動かす思想があるとしたら「お墓をきれいにすると、なんかいいことあるさあ〜」の思想だけである。(単なる欲?)
そんな彼の言葉でよく出てくるのは、
「山をきれいにすると、山の神様がよろこぶさ〜」
これも彼の「思想」?

以前、彼といっしょに山の木を整理していた時、何とも言えない喜びを感じていた。きっと昔の人々も同じ心持ちだったに違いない。彼の中には、山の上で生まれ育って身につけた、理屈抜きの自然へのとてつもない畏怖の念がつまっている。

私たち現代人が遠く忘れて来てしまった自然への心を彼はまだ持ちそなえている。今いっしょに畑をやっている私たちは、その棟梁に昔の日本人が抱いていた魂の記憶をかいま見せてもらっている気がする。
ちょうどボブ・サムがよみがえらせたクリンギット族の魂の記憶のように。

彼はまさに、裏高尾のボブ・サムなのかもしれない。
(ちと、ほめすぎたかのー)

絵:ペーパーバック表紙 ちょうどお墓の絵があった。なかなかお墓の絵なんか描かないもんね。

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