「私は神さまが住まわれる家です」
ある方のブログの中のこの言葉が私の心を射抜いた。
この言葉を自分に語りかけると、フワッと広がる。
「家です」というのがいい。
体ですと言ったりしたら、境界線を感じる。
内と外が分かれている感じで、その中に神を閉じ込めるように。
しかし「家」というのは、実は漠然としている。
一つの建物だけではなく、庭もあるし、住んでいる場所や地域にまで広がる。
生活している場所だ。
いやそんなふうでもないかもしれない。
なかなか上手く言えないが、
神と私は一緒にいるという感じがするのである。
その時自分は体だという感覚が消えている。
どこまでも広がって行き、神の中で休らう。。。
最近、近所で夜になると鳴く犬がいる。
鳴くというよりは、泣くという感じ。
ずいぶん年老いて、外飼いをされている。
ひょっとしたら痛みがあるのかもしれない。
その彼にそっと心でささやく。
「あなたは神さまが住まわれる家です」
その瞬間、私の頭の中の彼の姿が消えた。
そして彼の泣く声が、喜びの声に聞こえたのだ。
私:「え。。。喜んでる?」
犬:「くう~ん、くう~ん。悲しいフリをしているよっ!
ほら!ほら!ね?楽しいでしょ!?」
、、、マジっすか。
そうか。悲しいフリをしていたんだね。。。。
ウンウン、たしかに真に迫っている!うまい!
布団の中で笑いがこみ上げてくる。喜びが溢れてくる。
真っ暗闇の中で最高に楽しくなってくる。
そうか。私はフリをしているんだ。
そうか。そうか。。。。
これ、フリなんだ。。。!
神から離れたというフリ。
という、とんでもない罪を犯したというフリ。
だからこそ罰を与えなきゃいけないというフリ。
で、この世界を作ったフリ。
でその世界の中で苦悩しているフリ。。。。
だけどすっかりそのフリをフリと忘れてしまったのだ。
真剣に取り組んでしまったのだ。
でもフリだから真実じゃない。
それを思い出させてくれるのがこの言葉だ。
「私は神さまが住まわれる家です」
絵:ぽんぽこたぬき
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