毎晩、夜寝る前に窓を開けて外の空気を入れる。
正確に言うと、石油ストーブを消すとにおいがでるので、部屋の空気を入れ替えるのだ。
部屋の電気をすべて消してゆっくりと窓を開ける。
山の空気が部屋の中にサアーッと入ってくる。家の中と山の中が交じって一体になる瞬間だ。
わたしは軽く座禅を組み、じっと外の「音」をあじわう。
目の前の川のせせらぎ、フクロウの声、風の音、風が樹々をなでる音、電車の音、かすかに聞こえる野生動物が草をわける音などをただ聴く。
風はやさしくそっとほほをなでる時もあれば、つめたくたたくときもあり、そして雨だれをつれてくるときもある。
そんな時は、においも一緒につれてくる。土の湿ったにおい、梅の花の香り、どこかで花ひらいた甘ったるい樹々のにおい。
冬の間、沈黙を守った生き物たちも、やがて4月のカジカの第一声とともに活動が始まり、にぎやかな夜をつれてくることだろう。
ほんの二日前。
窓を開けると、小雨が降っていた。夜雨の予報はなかった。ふいのことにわたしの心は踊った。夜の雨は大好きなのだ。
少しして、わたしはあることに気がついた。
心がいつもとはちがう感覚にいた。
この感覚が何なのか、しばらくはわからなかった。
信じがたかったが、わたしはこの雨に恋をしていた。
心の底から、なにかわからない、ほとばしるようなおもい。
恋して、恋して、恋いこがれて、なんと表現していいかわからないほどの熱い思いが、この目の前の雨に向かっていたのだ。
恥ずかしながらも、わたしはその雨に向かって両手を開いていた。
だけど。
言葉は何一つでなかった。
言葉にならないほどの恋を、その雨にしていた。
絵:「抱擁」/和紙、洋紙、水彩、オイルパステル
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