2010年2月18日木曜日
みんなで渡れば
ニンゲンとしての理想は前回書いた「あるべき姿」だけじゃないとしても、たいがいはそっちの方向にみんなの顔が向いているのは確かである。それはおかしいと思わないか。人は全くそれぞれ違う個性を持っているのに、目指すべき方向が同じとは。
漠然とした一方方向にみんな引っ張られているのは「みんなが言うんだからまちがいない」とか「赤信号みんなで渡ればコワくない」的な心が動いている。
だがみんな個性が違う。個性が違うのに同じ姿を求める不自然さ。
星の形をした人に、四角い箱の中にはまりなさいといっているようなもんだ。とうぜん葛藤が起こる。
「先生、わたしは四角の箱にはまりません」と言うと先生は、
「つくし君、はまらなくて当然だ。君は星の形をしている。だが人生は葛藤の連続なのだよ」
といわれると、そんなもんか、葛藤するのが人生なのかと鵜呑みにしてしまう。で、その四角い箱をじーっとながめて入ろうと、あの手この手を考えるが、やっぱりはまらない自分にイライラするのだ。
昔、ある有名なイラストレーターがこういった。
「絵は描き続けなければいけないんだ。描いて描いて、また描いて。手を止めてはいけない。腕が鈍るのだ。仕事がないときもひたすら描き続ける。そうして自分の絵が出来上がってくるのだ」
純粋無垢な私は、そうか、描いて描いて描き続けなければいけないのだ、と思い込んだ。ところが、いざスケッチブックを前にすると、はて、私は何を描けばいいんだ?と腕組みをする。しかたがないので目の前にあるコーヒーカップを描いてみる。つまらない。花を買って来て描いてみる。でもあの花の美しさはどうにもこうにも私が描いて描けるものではない。そのうち描けない自分にイラだって、私には才能がないんだ、と思い込んでしまう。ところが仕事はそんな才能のない私にやってくる。描きながら「才能がないんだから、私」と思い続ける。暇になると何か描かなければ腕が落ちる、と必死になって描こうとする。でもたいてい1時間でいやになる。ほげーっとしていると、仕事の電話。仕事の絵を描く。また自分の絵が描けない。暇になって、描こうとする。でも30分も続かない。ああ、描き続けなければいけないのにと、もんもんする。
というのが、なんと20年以上続いてしまった。
今頃になってやっと気がつく。別に描き続けなければいけない、なんてことないんじゃないのか?と。彼のように描いてないのに、ここまでこれたのはどーゆーこっちゃ。私は私の描き方があるんじゃないのか?と。やっとだ。今頃。(あほちゃうか)
つまり、有名イラストレーターさんのいうことを、自分の中で勝手に「法律」にしてしまっていたのだ。権威のある人のいうことはまちがいないと。描いて描いて描き続けていれば、彼のようになれると思い込んでいたのだ。でもああいう言い方をしたのは、ひょっとしたら彼は書き続ける事が単に好きだっただけじゃないのか?描いている時間がことのほか快感だっただけなのかもしれない。
近所に絵描きさんがいる。
野生動物の絵を描かせれば、本当にかわいい。彼は写真を見て動物を描けない。山の中に夜寝泊まりをしながら、動物たちを追いかける。その仕草動作を、その目で見てスケッチしないといけないそうだ。絵描きはそうあるべきかな?ともおもう。でも私にはできない。依頼があれば、とっとと写真を見て描いてしまう。それでいいのだ。人それぞれなのだ。彼は山に分け入ってその目でその動物たちを見てその場で生き生きとした姿を描きつける事がことのほか好きなのだ。私は違う、それだけだ。
人は無意識に誰かの模倣をしなければいけないとおもいこんでいないか。それは保険でもある。こうやっていれば、安心。だってそうやって成功した人がいるんだもんと。しかしそれは成功したその人自身から出て来た方法であって、それを別の人がやったからってそうなる決まりはない。私は彼の方法をマネすることによって、自分に保証を与えていただけだった事に気がついた。だがその保証は単に心の安心を与えているだけで、その反面そこに葛藤が始まる。それは自分から生み出された方法ではなかったからだ。むしろその保証は手かせ足かせになっていたのだ。
私ははじめて自分は四角い箱には入らないという事を決めた。星は星のカタチのままでいいのだ。そのまま腕を四方八方に(人迷惑なぐらい)広げて、星たる私を生きるのだ。
絵:「モンスター列伝」/渋沢栄一「千手観音」
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4 件のコメント:
星は四角い箱に入らない。だから葛藤。
っていいですね。
一緒に仕事してる人たち見てて、自分が足りない点が見えて、悩みますが、実は相手も、同じように思っているはず。って信じてるんですが、どう見ても全くそんなこと思っていない、わが道をひたすら歩いているやつが確かにいて、不思議だなぁ。と思います。
ただ、少なくとも私がたくさんいても会社はつぶれるし、奴ばかりでも、やっぱりつぶれる。って思うようにしてます・・・。
つぶれる、つぶれないは会社の運命。そうなったらそうなった時考えようよー。会社を背負う事ないよお。ホントにまじめなんだから。
それにパパさんみたいな人ばっかりいるのも、そのわが道を行くヤツばっかりいるのも、げんじつありえない。
色々いていいんです。だって、ホントにみんないろいろなんだもん。出来るヤツも出来ないヤツもいるからこの世はおもしろいのだ。
モンスター列伝の人々、こんな風に描いてしまうTsukushiさん、すごい。
本なのか、特集なのかわからないけど、読んでみたい。
リスさん、おひさしぶりです。
「モンスター列伝」は、ビジネス雑誌の連載でした。
内容も結構辛らつでした。いや、事実だったんだと思います。
やっぱ「偉業」を成し遂げた人々は、それなりのお顔をしています。私は彼らの顔をじーっと見て、浮かんで来たモンスター(笑)を描きました。
今考えると、好きな風にやらせてもらえたもんだと思います。このおしごとはおもしろかったですよ。
本になったら面白かったのにね。
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