2009年3月10日火曜日

からだを信じる




「自分のからだを信じる」
48回目の誕生日を迎えて、そんな言葉が頭の中に浮かんだ。

「自分を信じる」ってえのは聞いた事があるが、からだを信じる?なんかエッチな意味....?(ちがうだろ)

気がつけば、このからだとは48年間もお付き合いさせてもらっている。コンプレックスは山ほどあるのに、「信じる」とはこれいかに。

スギ花粉舞い散るこの季節、首から上に常に意識はあり、アコがかゆい、ここがかゆいと大さわぎ。でもハッカ油のエキスを吸うとすーっとかゆさが消えていく。たとえ一時期だといえどもこの変化はなんなん?

で、かゆさが襲ってきた時に、その場所がどんな風になっているのか観察してみた。なんだか粘膜の上にぎざぎざしたものがうごめいて、おおさわぎしている。ちりちりと線香花火のような、電気のような、ちっこいかみなりのような(ああ、絵で描いたら早いのに!)やつが暴れているのだ。

それがハッカ油を吸い込むと消える。すーっと引いてなくなる。メントールがらみの空気吸っただけなのに。ということはひょっとしたら、ギザギザしたものは、気のせい?
そう思って、今度はハッカ油を吸わずに、イメージでそのギザギザを沈静化してみる。上からすーっと潮が引くようにおさまっていくイメージ。
すると....
かゆみがどっかにいってしまったのだ。
へ..?こんなのあり?
と、またその波がやって来た時に、もう一回やってみる。
やっぱりおさまる。
そうはいっても、油断すると、
「ドつぼにはまってさあたいへん。鼻タン出てきてこんにちは。坊ちゃん一緒に、
へ..へ...ヘーーーークション!」となる。

花粉症の症状はとてつもなくつらい。このかゆさは、かゆいとおもえばおもうほど、ドつぼにはまる。普通のかゆさは、かゆい所をささっとかくと、そのかゆさはおさまる。でも花粉症のかゆさはかけばかくほどもっとかゆくなる!!!かきむしって、かきむしって、目も顔もノドもぼろぼろ!鼻の中は濃厚な鼻たんであふれ返って息も出来ない。
ああ、今そんなことを書いている最中にも思い出しちゃって、くしゃみを連発。それまで忘れていたのにい!

ということは、じつはそのかゆさに心が囚われている?

からだというものは、たんに花粉という異物がからだの中に入ってきて、粘膜が刺激された....という事実があるだけなのだ。
しかしそれに心が動揺して、その刺激をおさめようとかく。しかし逆にその刺激を増幅してしまうのではないのか。

そーいや、忘れているときはちっともかゆくない。あれやこれやとやることがいっぱいあって忙しい時、はっと気がつくとかゆさを忘れている。でもそのはっと気がついた瞬間、一気に鼻がむずむずしはじめる。つまりその瞬間『花粉症』を「思い出す」のだ。

四六時中フガフガやっている人は、いつも「花粉症」を思っている。あのかゆさが、いつ襲ってくるかと戦々恐々としている。だからマスクをして
「私、花粉、吸ってないから」と自分に言い聞かせる。へいきになる。けどいつもどこかで入ってくるのではないかと花粉を見はっているのだ。

人はそうやって自分のからだを見はっているのではないだろうか。

「いつ病気になるかわからないでしょ。三大成人病はこれとこれとこれ。ちゃんと規則正しい生活をして、いい食事をとり、保存料なんか入っていたら大変。農薬なんてもってのほか!」と言って、あっちの野菜が安全、こっちのお肉が安全と言って走り回る。
でもそんなことってそう続けられるのかなあ。ケーキも食べたいし、忙しいお昼は、たまにはカップヌードルですませたい。朝は寝坊もしたいし、美味しいワインを飲んで夜更かしもしたい。

そうすると、心のどこかでチクリと痛さが残る。どっかで病気の種を作っているんじゃないだろうか?と。

人はそうやって、自分のからだを常に見はっているのではないだろうか。いつかどこかで何かの変化がないかとびくびくしている。
だから花粉という異物に対してからだが反応すると、「うっわ〜〜〜〜〜っ、大変だー」と大騒ぎする。
これ「感情過敏症」と似ていない?



でもさー、ご飯食べて、それを消化してくれている胃や腸さんたちは、私たちが見はっているから、ちゃんと働いている?
呼吸は、私たちが忘れていると、吸って吐いてすることをなまけてる?
みんな、ほっげーと忘れている所で、ひたひたと働いてくれているんじゃないの。
私たちの知らない所で異物を出し、消化し、血液を送っている。ものすごい精巧なコンピューターのように。


それが「自分のからだを信じる」ことなんだとおもう。

48年間連れ添っていくれているこのからだは、精巧なコンピューターさんなのだ。おばかな私がいろんなものをからだに入れても、
「こんなもん食いやがって。しょーがないなー」
とかいいながら、黙々と消化吸収排泄までもっていってくれているのだ。だから多少お腹が痛くなっても気にしない。「あ、今へんなもん食ったから直してくれてんだなあ」と感謝する。ひえ〜〜〜、おなかいた〜い!と、おおさわぎはしないことにした。心を静かになにもしないでまつ。すると、しばらくたつと便をもよおし、それは排泄される。

人間のからだはものすごい精巧に出来ている。病いは気からと言うが、それは真実を言っているのではないのか。私は母の背骨の一件や、アメリカ人のあの食生活にしてあの元気さの影に、たんに食物だけが病気の原因ではない気がしている。すべてのキーワードは「心」にあるのではないかと。



で、この季節花粉飛びまくりだけど、私はマスクをはずした。「花粉....」と思った瞬間、鼻の中が膨張するが、気にしないでほったらかしにしておくと、消えていく。
からだは冬から春に変わっていく。多少の難儀はからださんの変化には必然なのだと受け止める。だから多少むずがゆくても、それに心が反応しないようにした。するとかきむしったときの10分の1にも満たないかゆさで終わる。

うちのダンナは花粉症になりそうな症状が出ると、心の中で「かまへん、かまへん」というらしい(なんで関西弁やねん)。そうすると、かまへん気分になって消えていくそうだ。

からだは見はらなくてもちゃんとやってくれている。
そう確信することが、なによりの早道なんじゃなかろうか。

すべてのヒントは自分の中にあるんだろうな。誕生日に大事な言葉をプレゼントされた。

また長くなっちゃった...。

絵:けんぽ表紙「縁側ネコ」

4 件のコメント:

あんづ さんのコメント...

相変わらず長い文章で・・・・(;´ρ`)

この時期、外歩いたら★
も~大変よねぇ

帰ってきたら、花粉を洗い落とさねば!
と、書き込みながらクシャミしてる私
薬飲みたくないんだけど、こればかりは毎年恒例行事(?)なので
いつも1月末から、予防の薬&アレルギ用目薬を処方してもらってるよぉ
(コレ、わりと快適♪)
眼、鼻やノドが2次的症状でツラくなるのでそうならないために微量の薬オススメ
鼻の下赤くなってませんかー、ゴミ箱がティシュでいっぱいになってませんかー

(´∀`)まぁ『病気』っていうものでもないんで気楽にいこう

つくし さんのコメント...

いつも長くってすいましぇん。
よくぞ耐えて読み通してくれました。ありがとうございます。え?また飛ばし読み?

そうか、あんづさんも花粉症かあ。まあ、薬でちょちょっと飲んで楽なのであれば、それにこしたことはない。

でもわたしゃがんばって薬飲まないから、鼻の下赤く色づいております。
かわいいでしょ?

リス さんのコメント...

つくしさん、こんばんは。
今日、畑でお会いしました。
心と体の関係っておもしろいですね。思っている以上に密接につながっていて、つらい時でも、ちょっと引いて観察してみると面白いです。私が気をつけていることは、病気とか調子の悪さにとらわれすぎないことかな。気にしてしまうと、いつまでも悪循環ですもんね。
話は飛びますが、以前、分校で作品を見せていただきました。ひなびた裏高尾と、モダンな作品のギャップがたまりませんでした。藤棚にもいってみますね。

つくし さんのコメント...

リスさん、
コメントありがとうございます。
そうですかあ、心とからだはくっついてますよね。とらわれないこと!そう。まさにそのようです。そこらへんに秘密がある。
しかし、意志力のヨワイ私はなかなか気になっちゃうんです。これも人間形成のための修行だあ。

へえ。あのときの絵を見てくださっていたのですね。ありがとうございました。すごいギャップでしたよね(笑)。
ブックカバーになった印刷物を横にはってあると、おばちゃんがしげしげと眺めて
「はあ〜、ま、何と上手にマネたのねえ〜」と感心してくれました(?)。
おばちゃんおばちゃん、マネたんじゃなくて、この絵がこの印刷物になったの!といっても通じなかった(笑)。そういうギャップも面白かったよ。

ふじだなさんで、見てやってください。
ありがとう。