2019年8月6日火曜日

カメのように





「いつ電話がかかってくる?こっちから電話しようか」
「だいじょうぶ。彼は絶対ほっといたりしない。そのうちかかってくるよ」

知り合いの業者さんから電話が来ないままだ。
自分では何も決めないでおこうと決めたものの、暑い毎日の中で、何もことが運ばないことにだんだん不安になってくる。



ずっと「自分で」この世界を乗り越えて来たと思っていた。だからなんでも「自分で」解決しなければいけないと思ってがんばって来た。

しかしだんだん「自分」ではどうしようもないものがある、と言うこともわかって来た。それは自分でなんとかして来れなかった膨大な量の挫折の日々が教えてくれている。

そしてついに、じつは「自分で」なんかやってこなかった、なにひとつ動かしてなかったんだ。。。。と言うことに気づきつつある今。
すべてを手放して、起こるままにすると言うことが意識的になりはじめている。



たとえばNYのピーターからスケッチの返事が来ないことへのいらだち。自分のいたらなさをなげき、反省し、どうにかして事を進めようと、あの手この手で挑んで来た。
しかしその虚しさに気がつき、今はそのままにしておくことができるようになった。

どこかで自分のせいでアートディレクターが苦心しているという思いにさいなまれ続けていた罪の意識。それが自分を苦しめていたのだった。

ある時、「ああ、これは私のせいではなかったんだ。。」とふとおもった。
その時から待てるようになった。果報は寝て待て。これは神の言葉だ。



こんどは神さまは次のレッスンをくれた。
クーラー壊れてからだを意識するというやつ!
からだのピンチは死と直結する。

パソコン開くと「熱中症」「死亡」というワードが目に入ってくる。
ますます恐怖のズンドコに。(それをゆうなら、どん底)
「こっ、、、このままだと死ぬ。。。!」
心がいかにからだに影響を与えているのか、自分の身体の変化に教えられる。
待つと言うことが出来なくなるのだ。

だから冒頭のダンナへの質問。
「ねえねえ、いつ?」




ピーターへのメールでもそうだ。
何をどうやっても動かないものは動かない。ただほっておくしかない。
でもどうしてもバタバタするのは、心の保険/安心が欲しいのだ。
なんかやっているほうが、何もしないよりもマシ的な(気休めだけど笑)。
どのみち、汗かいてヒーヒーバタバタやっているだけで、起こるときは起こる。動く時に動く。


私たちはウサギとカメみたいだ。
私はいつもウサギをやっていたのかもしれない。
ゆっくりと静かに進んでいけば、余分な体力も使わないまま、まっすぐゴールに着くだけなんじゃないか?



今朝、ピーターから返事が。

Hi Tsukushi,
They love the sketch, Please finish the cover with the following changes…..

数個の小さな変更があるのみで、ゴーサインがでた。



じぶんの人生を信じる。
たったこれだけのことが私たちにはできない。

私はカメの心になれるか。




追伸:これを書いたあと、コーヒーを飲んでいたら電話があった。
「今日クーラーが届いたら、夕方そっちにつけにいくよ。早い方がいいでしょ?」

果報は寝て待て。
(あ、コーヒー飲んで待て、か)





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