2013年3月25日月曜日

わしらは情報でビビってる



情報ってさあ、なんでもかんでもありだよな。
あれとこれを食べないといけない!と言ったかと思うと、あれとこれは食べてはいけない!というし、あれとこれがからだにいい、というかとおもうと、あれとこれはすこぶるからだに悪い!ともいう。
ヘーキで矛盾することをばんばん言う。
で、そのつど、視聴者は、ひえ~、こうしなきゃいけないのか。あ~れ~、ああやっちゃったのがいけないのか。と始終振り回される。

なんかね。
やまんばはだんだんばかばかしくなってきたのよね。


石けんだって、絶対必要だという人もいれば、じぇんじぇんいらないという人もいる。
放射能も微量だとかえってからだにいいという人もいれば、その微量が問題なのだ!というひともいる。

もしこの世が、量子力学で見つけられたこと、99%以上なにもない空間なんだとしたら、その1%にもみたない物体に影響される必要はあるんだろうか。

30品目以上食べないといけないんなら、北斎は89歳まで生きたんだけど、30品目毎日食ってたんか?日本のご長寿さんたちは、毎日30品目食っているんか?
そーかとおもうと「不食」な人もいる。これどっちが正しい?

情報ってなんかおかしい。
そのつど、ビビらせたり、納得させたりして、いっぱいいらんことを詰め込まれているだけにおもえてくる。

情報はこの世の99%占めている空間に入り込んで、わしらの意識をあやつっているかのようにみえる。

んでわしらもその99%の中の意識をそれら情報にその領土を明け渡して、喜んだり、おこったり、心配したりと踊らされているように見える。

ふりまわされてんのは、結局わしらの意識なんじゃないだろうか。

あれがいけないこれが正しいと、二元論にたって大騒ぎしてるのは、そういう価値観を埋め込まれただけのことなんじゃないだろうか。

健康や幸福であるには、何かを飲んだり食ったりすることよりも、そのビビりまくっている意識にヒントがあるんじゃないか。

わしらはまず、自分の意識にちゅーもくすることなんじゃなかろうか。99%は意識なんじゃないか?

ひょっとしたら、1%の物質じゃなくて、99%の意識にわしらの人生は影響されてんじゃないか。



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