2010年12月13日月曜日

なんかようかい?




言葉というものは不思議な作用があるものだ。
言葉によってイメージは強化される。「閉じている」「KY」「2番じゃダメですか?」
時代時代によってハヤリ言葉が現れる。その言葉を聞くと、その時の状況や固定化されたイメージがすぐ浮かぶ。
それをおもちゃに、人を「閉じてる人」とか「KYな人」とかいってみたりする。するとそれはまた固定化され、Aさんを「あの人はKYな人だ」と、Aさんに対してイメージが固定化されるのだ。いっぺんついちゃうと、これがなかなかとれない。Aさん=KY。

言葉はイメージを固定化しやすい。人の名前でもそうだ。
ガンジー=えらい人。小沢いちろー=ダーティな人。
一旦なにかの拍子でついちゃったイメージは、なかなかとれないもんだ。意識的にとろうとも思わない。だって、誰かが言ってたんだもん。それをそのまま受け入れちゃうのが手っ取り早い。右にならえ。人と違うこと言ってたら、白い目で見られるし。

感情のエリアでもそうだ。たとえば「怒り」という言葉。
この言葉もイメージなのだ。ダンナとけんかしてむかっ腹立つとする(日常茶飯事)。このやろあのやろと色々心が大騒ぎする。そして過去にあった出来事をつらつらと机の上に並べ始める。一旦広げ始めると無限に広がってくる。東京ドームぐらいの大きさに広げたところで、だんだん飽きてきてそのうち寝ちゃうのがいつものパターン。昼間だと、仕事を思い出してダンナのことを忘れている。そうやって怒りは「そのうちおさまる」というパターン。そうねえ。かれこれ、20年はやっているかしら。ほほほ〜。

さてこの「怒り」という言葉を使わないとどうなるのか。この世に「怒り」「腹が立つ」「怒る」という言葉がなかったとする。
ダンナと口喧嘩をする。心が動揺する。ダンナに言われたことを繰り返して考える。また心が動揺する。動揺するということは、少なからずあたっているからだ。全く外れていたら、動揺しない。つまり私が何か間違ったことをしたかも知れない、とおもっている。失敗したかもしれないとおもっている。でもでも、それはこういう理由でやったことなんだから!と自分がやったことを正当化しようとする。心の中で一所懸命言い訳している。。。。だけなのだ。

この時の感情を「怒る」という言葉を作ったことよって、イメージが固定化されていく。この動揺は「怒り」なのだと。まわりの状況を見計らわず好き勝手に振る舞う人を「KYな人」というように。そんなことをいうと、感情と言葉とは違うといわれそうだけど、ほんとに?「KYな人」と言った言葉の後ろに感情は入っていないのか?

「怒り」という言葉を教えてもらったのは子供の頃。これが怒りというもんだと、母や父から教わる。そうやって私は小さい頃から「怒り」のイメージを記録に残して来ているのだ。だからダンナとけんかすると動揺がおこり、これが「怒り」だと、過去の経験に照らし合わせて思い出し、無意識に「怒り」をグーグル検索し、あらあら出てくる過去のいろんな怒りのオンパレード。
いつの間にかダンナへの怒りも、世の中への怒りも一緒くたになって爆発するのだー!

と、なっているのではないか?

だから「怒り」も「KY」も似たようなもんだと思うぐらいが、よろしいんではないかとおもっちょる。「怒り」というイメージの言葉に、執着するほどの価値もないかも。

じっさい、腹立った時、その腹の立った感情だけをみてみるといいかも。ダンナの言った言葉を思い出すのではなく、ただその自分の動揺だけを観察してみるのだ。自分の心の大きな動揺に気がつくだろう。その動揺をいいとも悪いとも判断せず、ただみる。ただひたすら自分の心だけを見る。いいわけもしない。きっと言葉がどんどんうかんで出てくる。ああいった、こう言われたと。しかしそれも映画のワンシーンのように眺める。人ごとのように見る。そのとき、何かが溶解していくのを見るだろう。
そのときこう言うのだ。
「なんかようかい?」

(えーかげんにしなさい!)

 
絵:「ハーバードビジネスレビュー』カットイラスト

6 件のコメント:

まいうぅーぱぱ さんのコメント...

確かに通常忘れていることが、怒り出すと蘇って来ますわい・・。で、更に悔しくなって。でも男は、つらつらっと文句が出てこないので、あとから、くーっ!とトイレで思うわけです。

男って、"なん"だよね・・・。

つくし さんのコメント...

言葉がねえ。。怒ると出ないもんだよねえ。

「男は黙ってサッポロビール」だあ〜!
あ、おたくは、エビスビールだった。

じゃあ、「ぱぱさんは黙ってトイレでくーっ!」

くるり さんのコメント...

こんにちわ。
カウンセリング屋さんがよく、『怒りは感情の蓋』という言い方をします。
これも言葉の妙、のひとつだけど、さすが上手いなと思います。

怒りを感じるときにはだいたい、
その背後に『悔しい』とか『悲しい』とか人間にとってちょっと辛い感情が隠れてるんだって。
だから怒りを感じたときには、その蓋の下に自分のどんな心があるんだろうって見てあげようね、という…。

つくしさんが同じことを書いててびっくりしました。

心の動きを、なにかひとつの言葉にまとめて片付けてしまうのを止めると、見え方がぜんぜん変わってくるのかも。と思った夜です。明日は流れ星がキレイだそうですねー!!

つくし さんのコメント...

こんちは、くるりさん。

へえ、怒りは感情の蓋ねえ。そんないい得て妙な言葉があったんですねえ。
その壺(?)のフタを取ると、下にいっぱい思いがあふれているわけですね。
と、いうことは、怒りはその人自身が何をどう感じているかを知るきっかけになるということでもありますね。

今夜は流星が飛ぶんかあ〜。晴れるといいなあ!

まいうぅーぱぱ さんのコメント...

ふたご座流星群でしたっけ。
寒いんですよね・・・。その時間寄っててすべての星飛んでる可能性あるし・・。

つくし さんのコメント...

ぱぱさんのオハコだったよねえ。
きっと今頃、夜空眺めているのかな?ショーチュー片手に。
風邪引くなよ。
あれ?まだ仕事?