2009年10月1日木曜日
ベアマウンテン
秋になると思い出す。ユタと不思議な仲間たちといっしょに行ったニューヨーク郊外のキャンプ場。日本のそれとは違ってとってもワイルドなのだ。
先月東京書籍のネットで掲載された文章をのっけてみます。
『ベアマウンテン』
いつのまにか、天高く馬肥ゆる秋になった。こんな日には、いつか友達とキャンプに行った事を思い出す。
ニューヨークシティを北に1時間半くらい車で上がると、ベアマウンテンという山にたどり着く。その名の通り、よく熊が出る。それもグリズリーというでっかい凶暴なやつ。出かけた時も、数日前にベアマウンテンの住人が襲われていた。それでもニューヨーカーはキャンプに出かける。これはマンハッタンの日常的な犯罪になれているからなのか否か。なにはともあれ犬仲間のフェルナンドに誘われ、最高のキャンプ日和、犬2匹に大人4人、みんな小さな車に詰め込んで北に向った。
アメリカのキャンプ場は日本のそれと違って、キャンプする場所が一つ一つはなれている。ゆったり車を置いて、ゆったりテントが張れる。お隣さんとは3、40メートルは離れているし、樹々におおわれていてお互いが見えない。プライベートが保てていい感じだ。さっそくテントを張ってから山登りする。
ホワイトシェパードにビシュラ。でっかい犬たちのリードを離すと、2匹は全速力で山を駆け巡った。ここはワイルドアメリカ。リードをつけなさいなどと野暮な事は言わない。山道もあるようなないような。樹々のところどころにペンキで赤や青色の丸い印がつけてあるところを目指して歩く。それぞれのコースによって色分けされているだけなのだ。だから道を人とすれ違う事なく歩いていける。岩をのぼり、谷水にぬれ、犬とたわむれながら頂上を目指す。頂上に立つと少しづつ色づきはじめた広葉樹の森が360度眼下に広がっていた。
夜はキャンプファイヤーを囲んでキチンを丸ごと焼く。犬たちが火のそばで気がきじゃない。火の中からなんとかチキンを奪い取ろうとやっきになった。夕食のあとはろうそくの灯りの下で花札。スペイン系ベネズエラ人とやる花札は盛り上がったなあ。
さてその夜。テントの中で、うちの犬はいつのまにかいつもの「犬」ではなくなっていた。
昼間に山を駆け巡り、夜チキンの匂いをかいだ。そしてここは大自然のど真ん中。今、彼は完全に野性の気分になっていた。
テントのすぐ近くでけものが移動する音がする。カサカサ、サラサラ、ミシッミシッ、ギーッ、ホウホウ....。ひょっとしたらすぐ近くにグリズリーがいるのかもしれない。狭いテントの中でホワイトシェパードは全身の毛を逆立てて仁王立ちし、ぴくりとも動かない。全神経で闇夜のけものたちの気配を感じているのだ。
「ユタ、もう寝ろ。いいから、寝ろ。」
そんなことを言ってみても無駄だった。ユタは完全にけものの血がよみがえってしまっていた。もし、ここでテントのジッパーを開けでもしたら、彼は一瞬のうちにベアマウンテンに分け入り、二度とペットとして戻ってこなかっただろう。そんな熱気をただよわせていた。
その晩、彼は一睡もせずに夜を明かしたもよう。帰りの車の中でひたすら爆睡していた。しかし家に着いた頃には、彼はいつものペットに戻っていた。きっと夢の中でペットと野性の折り合いがついたのだろう。
もしかしたらベアマウンテンは、犬をオオカミに変えてしまう山だったのかもしれない。
写真:ユタの顔がすでにイッている。
文:東京書籍e-net掲載
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