このところ、家が見つからなくて焦ったり、
よく覚えてないんやけど、混沌の世界や悲惨な夢を見る。
そして、あ、これ夢だった。
という夢を続けて見ている(笑)。
なーんだ。夢やんけ。
家ここにあるし。
私大丈夫やし。
でもその家、私の知らん家やし。(でもホッとしている)
実際の私は起きてきたけど、
その起きてきたという夢をまだ見ているのかもしれない。
今、パソコンに文字を打っている夢を見ているのだ。
と言うクルンクルンと回ってどこにも収まらないところにいる。
それがなんか面白い。
昨日も、なんとも解決のしようがないことがあった。
一難去ってまた一難。
ほっとくことにした。
世の中は、なんとも解決しようもないことばかりだ。
こうやったら解決すると思うその解決方も、どうもすっきりしない。
どっかにしわ寄せがくる。
そのしわ寄せを別の方法でしわ伸ばしをする。
するとまたそのしわ伸ばしのせいで別なところに問題が発生して。。。。
この世界に完璧な解決法はない。
まるで夢の中のわちゃわちゃと同じじゃないか。
一見秩序立っているかのように装うが(ここが味噌)、ほころびが見つかる。
で、「「なんか変だ。。。これひょっとして夢なんじゃね?」
と思い始めるところに出口がある。
朝、ダンナが、
「この世界は無意味だって知ったら、俺は自由になれる!」
と豪語しながら起きてきた。
コースのワークブックに
「この部屋の中に見えているものには、何の意味もない」
と一発目から容赦ない言葉が出てくる。
この世界は無意味だと言われたら、人は普通「チッ」って思う。
こうなってくれたら幸せと思う。
それはこの世界に意味を感じている。
この世界を価値としている。
だから必死で解決方法を探るのだ。
でもうまくいかない。
うまくいかないのはひょっとしたらギフトなのかもしれない。
そこ探っても何も出てこないよって。
自我はささやく。
「探せよ。されど見つけることなかれ。ひっひっひ」
聖霊はいう。
「見えているものを探しても真理は見つからないよ」
そうなのだ。
無意味であることを知る。
それは自由になる!
でもそう簡単には
「はい。そうですか。では無意味ということで」とはならない。
でも小さな矛盾から気がついていくと
「あれ?」って思うことたくさんあるに違いない。
そしてこれは知っておくべきだ、こうあるべきだと言われていることを
「知らなくていいのかも。。。?」
と思ったりした時のちょっとした開放感。(ここも味噌)
そんなものの積み重ねが、
だんだんとこの世界を
「ほんまにこれあるんかいな。。。?」
と、引いて見れるようになってくるのかもね。



0 件のコメント:
コメントを投稿