2026年1月17日土曜日

なーんだこれ夢やった、という夢を見る


 このところ、家が見つからなくて焦ったり、

よく覚えてないんやけど、混沌の世界や悲惨な夢を見る。

そして、あ、これ夢だった。


という夢を続けて見ている(笑)。


なーんだ。夢やんけ。

家ここにあるし。

私大丈夫やし。

でもその家、私の知らん家やし。(でもホッとしている)



実際の私は起きてきたけど、

その起きてきたという夢をまだ見ているのかもしれない。

今、パソコンに文字を打っている夢を見ているのだ。


と言うクルンクルンと回ってどこにも収まらないところにいる。


それがなんか面白い。




昨日も、なんとも解決のしようがないことがあった。

一難去ってまた一難。

ほっとくことにした。


世の中は、なんとも解決しようもないことばかりだ。

こうやったら解決すると思うその解決方も、どうもすっきりしない。

どっかにしわ寄せがくる。

そのしわ寄せを別の方法でしわ伸ばしをする。

するとまたそのしわ伸ばしのせいで別なところに問題が発生して。。。。


この世界に完璧な解決法はない。


まるで夢の中のわちゃわちゃと同じじゃないか。

一見秩序立っているかのように装うが(ここが味噌)、ほころびが見つかる。


で、「「なんか変だ。。。これひょっとして夢なんじゃね?」

と思い始めるところに出口がある。



朝、ダンナが、

「この世界は無意味だって知ったら、俺は自由になれる!」

と豪語しながら起きてきた。


コースのワークブックに

「この部屋の中に見えているものには、何の意味もない」

と一発目から容赦ない言葉が出てくる。


この世界は無意味だと言われたら、人は普通「チッ」って思う。


こうなってくれたら幸せと思う。

それはこの世界に意味を感じている。

この世界を価値としている。

だから必死で解決方法を探るのだ。

でもうまくいかない。


うまくいかないのはひょっとしたらギフトなのかもしれない。

そこ探っても何も出てこないよって。


自我はささやく。

「探せよ。されど見つけることなかれ。ひっひっひ」


聖霊はいう。

「見えているものを探しても真理は見つからないよ」




そうなのだ。

無意味であることを知る。


それは自由になる!


でもそう簡単には

「はい。そうですか。では無意味ということで」とはならない。


でも小さな矛盾から気がついていくと

「あれ?」って思うことたくさんあるに違いない。


そしてこれは知っておくべきだ、こうあるべきだと言われていることを

「知らなくていいのかも。。。?」

と思ったりした時のちょっとした開放感。(ここも味噌)


そんなものの積み重ねが、

だんだんとこの世界を


「ほんまにこれあるんかいな。。。?」


と、引いて見れるようになってくるのかもね。








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