2010年7月5日月曜日
お姫ばあさん
あるところに、お姫ばあさんがすんでいました。
お姫ばあさんは、薄暗い蔵の中で毎日楽しく過ごしていました。
「これはAちゃんの筆箱。これはBちゃんの筆箱。そしてこれがアタシの筆箱。うふっ、アタシのがいっちば~んステキッ!」
蔵の中には素敵なお洋服と素敵な食器と素敵な家具で埋め尽くされています。
「ここにいるのが、い~っちばんしあわせ!」
そういって、蔵にあるひとつのちいさな窓から外を見下ろします。人々が忙しげに大きな荷物を抱えて往来しているのが見えました。
「ああやだ。下々の者たちって下品よね。あの汚い服を見てちょうだい。あのおばさんを見てよ、背中が曲がって、ああみにくい!」
窓から顔を背けると、薄暗い蔵の中にはキラキラ光る絹でゴブラン織りされたソファがありました。
「うんもう。やっぱりここがいちばん!」お姫ばあさんは、どさっとソファにもたれて、心ゆくまでくつろぎました。
りーんりーん。
電話がなりました。電話に出ると、彼女が毎週一回通っているお教室のお友達からでした。
「お姫ばあさん、来週来れる?私、素敵な服をつくったのよ。貴方にぜひ見てもらいたいわ」
「あら、すてきね。貴方センスがいいから、きっと素敵な服ね。ぜひ楽しみにいくわ」
電話を切ったあと、紅茶を入れました。ボーンチャイナのカップでダージリンを飲みながら、お姫ばあさんはだんだんイライラしてきました。すると、ちいさな列車がすっとおばあさんの横に止まりました。
列車には『感情列車』と書かれています。列車は、
「感情列車にようこそ~っ!」
といいました。お姫ばあさんは、それにヒョイッと乗っかりました。
ガタン、ゴトン。。。列車はゆっくりと動き出しました。
「なんであんなこといっちゃったのかしら、アタシ」
おばあさんはつぶやきました。
列車はじょじょにスピードを上げていきます。
「だいたいあんな人、どこがセンスがいいのよ」
しゅっしゅっぽっぽ、しゅっしゅっぽっぽ。。
「それなのに、アタシったら、ウマをあわせて『素敵な服ね』なんて言っちゃった。ああ、何言ってんだろ、アタシ!」
ぽーっ!汽笛が鳴りました。
「アタシに見てもらいたいだなんて、100年早いわよ!」
「ぽっぽっぽーーーーっ!
「ああああっ、けがらわしい!だから下々の者たちってきらいなのよーーっ!」
列車は猛スピードで走り始めました。おばあさんの心もそれにあわせるかのように暴走し始めました。いや、実はおばあさんの心が列車の燃料になっているのです。列車はいつの間にかジェットコースターに変身。猛スピードで登ったかと思うと猛スピードで急降下。その勢いで一回転してはまた登る。。。そうやって、お姫おばあさんは、三日三晩列車に乗り続けました。
りーん、りーん。
電話がなりました。へろへろになって出ると、やまんばからの電話でした。
「も。。し。。も。。。し。。。?」
「あれ?また疲れてるね」
「うん。。。お友達から電話があったの」
「それくらいのことでそんなに疲れるわけないでしょ。あ、また列車に乗っちゃたんでしょ」
「列車?」
「その友だちのこと、悶々と考えてたでしょ。そのとき列車が横付けされなかった?」
「ああ。そういえば列車が来た」
「それ、感情列車にようこそ〜っ!っていわなかった?」
「言ってた、言ってた」
「んで、ひょこんと乗っちゃったでしょ」
「あ、乗った、乗った」
「どーせ、ジェットコースター並みにビュンビュン飛ばしてたんでしょ。疲れて当たり前だわい。で、何日乗ってたの?」
「三日間。。。」
「さっさと降りなさい」
「はーい」
翌日、お姫ばあさんからやまんばに電話がありました。
「あのねえ、あれから列車から降りて色々考えたの。ホントにあの人のこと嫌い?って自分で聞いてみたの。そしたら、アタシはみんなのことが大好きだってわかったの」
「へえへえ、さいですか。そりゃ、よござんした」
「アタシって幸せ者ねえ〜」
「そりゃ、けっこーなこって。
でも、くれぐれもその列車にゃ、もう乗るなよ」
「はーい」
絵:メディアファクトリー新書表紙/「睡眠はコントロールできる」
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