2010年5月16日日曜日
コゲラとヘビ、どっちをひいきする?
「ぎーぎー」
コゲラが庭の木を物色している。また巣を作るらしい。ああ、思い起こせば、コゲラちゃん、庭の梅の木に巣を作ってくれたあの日からちょうど一年になるんだなあ。ウチの木に巣を作るなよ。またヘビに食われるぞ。あ、そこのもみの木もやばいぞ。鳩の卵も食われたぞ。
我が家の庭も畑と同じで荒くれどもが徘徊するブロンクス庭なのだ。
でもさ、考えてみると、私はコゲラちゃんをひいき目にみているのだ。視点を変えてヘビをひいき目にみたら、「あ、おいしいえさにありつけたなあ。よかったよかった」となる。
どっちに立てばいいのだ?かわいいほうか?じゃあかわいいのはどっちだ?
どっちかに立つから感情がうずく。あるのは事実だけだ。コゲラが巣を作った。ヘビがコゲラのヒナを食べた。それだけだ。それだけなのにそこに感情移入するのは、そこに自分が投影されてしまうからなのかもしれない。かわゆいコゲラちゃんは私で(どこがや)、ヘビは悪党。
ああ、なんということでしょう〜、コゲラのヒナちゃんは悪党のヘビにまんまと食べられてしまいました。お母さんコゲラはただただ巣のまわりで泣き叫んでいるのでした。となる。
ところが、ヘビの立場に立つと、なんという事でしょう!おいしいえさにありつけました。ヘビちゃんは何日も何も食べていなかったのです。ほとんど死んでしまいそうでした。しかしおいしいえさにありつけて、元気を取り戻しました。となる。
たぶんヘビの立場に立つ人はあんまりいないだろう。しかし一方に立つから感情がうずく。この両方の立場を理解すると、感情はうずかなくなる。これを冷淡な人といえるのだろうか。むしろ両方の気持ちがわかっている人なのだ。片方の気持ちだけよりも愛情は深くなる。
どっちにも立たなくていいのだ。そしてどっちの立場も気持ちも分っている。それがクリシュナムルティのいう全的行為なのかもしれない。
それは決して「君には君の考えがあるね。僕には僕の考えがある。だから君は君の考えを優先してくれたまえ、僕は僕で好きにするから」というものではない。それは一方の側に立つだけで、もう一方に踏み込んで理解しようとしてはいない。なぜか。君の立場を理解する事は、自分が傷つくから。傷つかない位置に立って君はそっち、僕はこっち、と分けているだけだからだ。一見、相手を理解しているようなふうに見えるが、立場を理解しているだけであって、その人の気持ちまで理解していない。その人がなぜその位置に立っているかを理解しようとすれば、必ず自分の事に関係してくる。無意識に自分をジャッジされる事を恐れているからだ。だからもっとうんと手前で線引きをする。お互いの立場を尊重するというようなふりをして、ようはこう言っているのだ。「こっちからこっちは僕の領域。だから君も入って来ないでね」と。
コゲラを理解する事は簡単だ。でもヘビを理解するには勇気がいる。ヒナを食べられているという瞬間を、食べているよろこびとしてもとらえなければいかないからだ。その一歩踏み込む事が相手の理解へと繋がっている。自分が傷つく事にとらわれていると、その一歩が踏み越えられない。いいとか悪いとか判断をしているから踏み越えられないのだ。
この世は、これは良い事、これは悪い事、という考えが多すぎる。その基準で無意識に自分や他人をジャッジしているのだ。
大自然は、良い悪いで動いてはいない。
絵:「あめがくる」オリジナル絵本より
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6 件のコメント:
ああ、なんだか諸星大二郎だか誰かの作品にそんなのがあった気がしますねぇ・・。
クモの巣にかかったチョウチョを助けた坊さんが、ある日、クモ(やはり女グモ)の結界に取り込まれて苦しめられるっていう話でした。
チョウチョは可愛いからいいんか?クモは肉食だからあかんのか!?てな話だったような・・・。
んで、私は基本弱いもんの味方です・・。
微妙な時と、強いもんが強すぎるときは、その時の流れで。(-_-;)
私も気持ち的には弱いもんの見方ですが、そうはいかの塩から。あんがい弱いもんはしたたかだったりする(笑)。
考えたら自分で「私は強いものの見方です!」という人はあんまりいないような気がするなあ。やっぱ、誰でも弱いもんの見方だと言うと思うよ。けどなあ、何をして「弱いもの」というのかという問題になってくる。
力のことだとすると、男が強いもんで女が弱いもん、てことになる?でもじっさい、女の方がしたたかだったりするでしょ〜?強いのどっち?
諸星大二郎さんは深いのー。その話は覚えてないなあ。
私が働いてた事務所のちいさなビル、諸星さんの事務所も入っていたって言ったっけ?結局一度も会えなかったなあ。偶然あった友だちが言うには、くら〜いひとだったと。。。あいたかったなあ〜。私は妖怪ハンターと暗黒神話にはまったなあ。
諸星大二郎さんかどうかは、???なんですけどね。
てゆうか、御尊顔存じ上げないので、お顔拝見してもわかりません・・・。
あ、そーいや、わしも顔知らん(笑)。
ひょっとしてあってたりして。。。
ライオンがシマウマを倒す瞬間だけみると残酷な感じがするけど、それまでにライオンが何日も餌にありつけず、トライしては失敗する姿なんか見せられた日には、応援したくなるもんね。
自分でも、なんだかなと思うけど、けっこう影響されやすいものです。
そうそう。そうみえます。
映像はこわいですよ。どっちの味方するか、意図的に編集されます。人は眼で見て音で聞いてという二重効果で簡単にそうのよう見え、簡単に納得するんです。
どっちもありだよなあ〜、と一歩引いて淡々と見ている方がいいんですよね。
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