2022年3月17日木曜日

着流しオヤジとカメラオヤジ


 

近所に着流しを着てそぞろ歩く粋なオヤジがいる。


昨日も黒一色の着流しに、赤い半襟をちらつかせ、

手作りの粋な杖をついて遊歩道を向こうから歩いてきた。


「今日もオシャレだねえ。」

と惚れ惚れと見ていると、

「いや。。。ついに言っちゃったんだよ」

「何を?」

「前から言おう言おうと思ってたんだけど、なかなか言えなくて。。

そういう日にゃ、夜中ずっとそのことを考えちまってよお。。。眠れねえんだ。」


私に告白でもしてくれるのかと、期待に胸を膨らませていたのだが、全然違った。



この遊歩道はその昔はほったらかしだったが、

最近野草を保護しようと、石や木をおいて、道と野草のエリアを分けた。

そのおかげで踏み荒らされることもなく、毎年自然に野草が生えてくるようになった。


だが中にはその境を超えて侵入し、カメラやスマホで野草の写真を撮る人達がいる。

オヤジはそんなやつらが気に食わないらしい。


「だが、さっきついに言っちまったんだ!」

「なんて?」


「この遊歩道は、子供達が綺麗な野草を楽しんでもらおうと作ったものなんだ。

それをあんたはその思いを踏みにじったうえで、

その野草を自分の孫に見せるのかね。

『ほら。おじいちゃん、いいのを撮ったよ』と。

さぞかしいい写真が撮れるだろうねえと。」


「ものすごいイヤミですねえ~(笑)」

「そうだろう?そこまで言ってやってもわかんねえんだ。あいつら」


何年も思い悩んで、どう言ってやろうかと考え続けて、

やっと口から出た彼の思い。


だけど彼の心に「やってしまった」感が出ていた。


言わないことによる後悔と、言ってしまったことによる後悔。

どっちに転んでも、彼の中の罪悪感は激しさを増すばかりのようだ。


「言ったって、きっとわかりゃあしないさ。

だって、平気で柵を越えていくやつらだよ」


言ってしまった罪悪感を打ち消すために、さらに相手の罪を咎める。


今夜は眠れない夜を過ごすのかもしれない。。。



「きっと入ってますよ。その彼の心に。」


私は胸をちょんと押した。

うん。間違いなく入っている。





良かれと思って、柵を作る。

良かれと思って、柵を越えて写真を撮る。

良かれと思って、注意する。


みんな良かれと思う、優しい心からくる。

それは幸せになるためにやる行為。


着流しのオヤジも、カメラオヤジも、みんないい人だ。


しかし心に罪悪感があるうちは、罪を見る。

それに耐えられず、外に罪をなすりつけることで自分を正当化する。


でも本当の心の底は、その正当化さえも苦しい。

苦しいからもっと他のことに目を向けて、あれやこれやを咎め続ける。


そんなことを私たちの心はやっている。




「歩いてたら、道でそいつに会うよ。

会ったらなんか言ってやっておくれ」

「あいよ~」


別れた後、何人かのカメラオヤジに会った。

みんないい人たちだった。



着流しオヤジとカメラオヤジが、

互いに素敵な朝を迎えられたことを願う。




絵:「SFマガジン」/扉イラスト







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