2022年1月9日日曜日

ひとつの心

 


友達が我が家に遊びに来てくれた。


気の置けない友達、本音で喋られる友達。


楽しい時間を味わいながら、

私たちは分離しているように見えるけれど、たったひとつの心なのだと実感した。



たったひとつの心が、四つの意識になって語り合ってる。

四つのキャラになって、楽しんでいる。


聖霊が見ている世界を垣間見せてもらったのだな。

こんな風にいつも笑っているのだよ、と。





最近ますます思う。

人の悩みってみんな同じやなあって。


仕事、お金、名声、健康、、、。

その表れ方はまったく違うように見えるけど、よく見たらみーんな同じ悩みのパターン。

ドラマや映画を見たって、ぜんぶ同じ内容だ。


自分は体の中にいて、自分と他人は別々の存在。

その別々の存在がくっついたり離れたり。

お金、仕事、名声、健康の悩みも、元はぜんぶ自分は体だって思っているところからくる苦悩だ。


人の悩みが全部同じってことは、それはひとつの心だからじゃないのか?

たったひとつの心が考えることはみんな同じだから、

だから悩みも同じ。

求めるものも同じ。



人の気持ちがわからないってのは、わからないことにしているだけなのかもね。

それはちょこんと現れてくるキャラの姿だけを見ているから、

相手の気持ちがわからないように感じる。


でもそのすぐ下には、大きなひとつの心。

自分の心を掘り下げてのぞけば、相手の心も見える。


みんな同じように愛を求めて生きている。

体を持った自分は孤独感と欠乏感で苦しむ。


だけど愛を求めてくっ付き合いたい衝動は、

もともと同じ心だってどっかで覚えているからなのだ。


これ、なんかちゃう!

なんかちゃうぞ!って(笑)。




丸いテーブルを四人で囲みながら次々に話題が出てくる。

トラがぐるぐる回って、バターになったイメージが浮かんだ。


二人は寅年。あとの二人は丑年。


バターとミルクで何作りましょ。




絵:ミステリー表紙イラスト



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