2015年9月20日日曜日

母との会話



「どお?げんき?」
「あんまり元気ない」
電話の向こうの母の声がしんどそう。

「だいじょうぶ?」
「大丈夫やないのに、病院の先生、笑うんよ」
「なんで?」
「きのう病院行って血液検査やらなんやら全部調べてもろうて、そしたら、どこっちゃあ悪い数値も悪いところもないって。」
「けんど、しんどいがやろ?」
「うん、しんどいのに、先生は『どこっちゃあ悪うないき、あなたは、ただ歩くだけでえいがよね』っていうが」
「あはは。やっぱしそこか」
「あたしねえ、歩くだけでえいが。そやから歩かんといかん」
出た。
その言葉、耳にたこが100億個できるばあ、聞いた。


彼女はあまり上手に歩けない。いや、初めは単に歩くのが遅い方なだけだった。だけど、だんだんもっと遅くなり、そして今はやっと歩いている。

その原因をさぐっていたが何もわからず、ついに、小脳が萎縮していると言う「原因」に行き当たった。それは進行性の病いと言われているものだったが、それが「発覚」されてから、何一つ進行しない。相変わらず同じような歩行を続けているだけである。

なので医者もお手上げなのだ。
その脳の萎縮がはたして急激に起きたことなのか、長い時間をかけて起きたことなのか、過去にそれを調べたことがないのでわからない。
だが最近彼女の医者は、
「あなたは40代から歩かなくなってきたから、じょじょに脳が萎縮したのだ」
といっているようだ。それって病気といえるのだろうか。。。
誰でも40年以上ろくに歩かなかったら、その機能は衰える。一週間寝っぱなしなだけでふらふらするもんだ。

「あなたは歩くだけ」
と、あちこちの医者に言われ続けても
「あたしは歩くだけでい~のよ~」
と、嬉しそうに言うだけで、ちっとも外に出て行かない。今回も出て行くわけがない。

「もう、歩かんでえいんちゃう?」
「え?」
「歩きとうないんやろ?」
「うん」
「ほな、歩かんでえいやん」
彼女はぽかんとした。


「歩かんといかん」
という言葉には、歩かなければいけないという義務感が含まれている。
じつはその言葉の下には、もうひとつ言葉がある。
「歩かないと、もう歩けなくなってしまう」
と言う脅し文句がセットになっているのだ。

恐怖の上に成り立っている義務感。
これ、人の行動のありとあらゆることの原動力、モチベーションになっている。
もし、それをやらないと、たいへんなことになってしまう、という恐怖心から来る動機である。

これが人を怖れさせる。ほとんど無意識にその恐怖の中に人々はとり込まれて、ムリヤリ行動している。
寒いかっこうしていたら、風邪を引く。
なまけていたら、仕事が干される。
などなど、山のように出て来る。


義務感はぐっと心を小さくさせる。
これ、やらなければいけない。。。
と、おもったとき、心はどう感じているだろうか。
胸のあたりがぎゅっと凝縮したかんじがしないだろうか。
個としての自分がはっきり意識される瞬間でもある。自分と他人の境界線がはっきりと現れはじめる。

しかしみんなで楽しいことをしているとき、自と他と言う境界線があるだろうか。自分も他人も一緒くたになって楽しんでいるのではないだろうか。

もし彼女が
「あ、今日はいいお天気。散歩しに行こうっかな~」
とおもって外に出るとき、そこに義務感はあるだろうか。

ずっと、こうしなければいけないとおもい続けているからこそ、そう行動できないんじゃないだろうか。

私は歩かないと、歩けなくなる。。。
だから歩かんといかん。。。
だけど今日も歩きにいけなかった。。。
ああ、そうすると、ますます歩けなくなる。。。
いかん、歩かんといかん。。
歩かんと。。。。

そういう言葉が彼女の中で、何度も何度もくりかえしなされていることではないだろうか。
こうしなければいけないとおもうのに、そうできない自分を責め、そしてまたますます出来ない自分を責め続ける。

これが彼女を歩かせない理由なのではないか。

心が人を作るんだなあ〜と、彼女を通して知った。彼女は自分で自分を作りあげているのだ。
それは先日紹介した「あなたという習慣を断つ」と言う本に、まさに書いてあった通りだ。
彼女は自分で自分のわだちを掘り下げているのだ。





きのう書いたブログのように「心に浮かんだ思い」をつかまないで、そのままにしておく、流れるままにしておくことが彼女に出来たなら、何かが変わっていくだろうな。


「頭に浮かぶ?『歩かんといかん』ってことば」
「うかぶうかぶ。四六時中。ずっと言い続けている」
「それ、風やで。」
「風?」
「そう。風。風が流れていることをいちいちつかんだりせんやろ?」
「せんせん」
「それをつかむから、ずっとそのことにとらわれるんよ。浮かんだら、あ~、風が吹いたなって、おもってほっといたら?」

「あ。。。。そっ。。。か。。。。」
いつもとちがう、ちいさな声が、電話の向こうで聞こえた。




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