2009年3月12日木曜日

上海の超能力者




95年に上海人の気功の先生につれられて、上海、北京、西安に遊びに行った。

その頃、上海の南京路はおしゃれで活気があったが、一歩路地に入るとそこは別世界。迷路のような路地が無限に入り組んで、生活する人々の現実の世界が広がっていた。
その迷路に連れ込まれたいたいけなニッポン人4人、ダンナと、私と、Hくんと、かあちゃん(というあだ名)。みんな気功の生徒たち。

細い路地をくねくねと曲がると、ある家に入る。そこで私たちは中国の超能力者に会った。
聞くところによると、文化大革命の時、その能力が災いして危ない目に会い、生死をさまよったらしい。その後、中国の奥深くに逃亡。今はこうして迷路の中で身を潜めるように生活をしている。気功の先生はその人をいたく尊敬し、師と仰いでいた。

部屋に入ると、師は両手を広げて迎え入れてくれた。いかにも絵に描いたような風貌をしたおじいちゃん。そのお目目にサングラスをかけさせたら、ドラゴンボールのカメ仙人やないかいな。

「皆のからだを見てしんぜよう」(もちろん中国語)

そういって、一人一人のからだを見る。といっても、彼から2メートルほど離れた所に立たされる。カメ仙人はおもむろに目をとじた。左手で黄色いノートを持ち、右手でエンピツを持つ。その右手がふっと私に向かって伸ばされた。まるで私のからだをなでるかのように手が宙をかいている。目が半眼になったり、くらくらとからだが動いている。珍しい動きに思わず彼の仕草を観察する。しばらく私に向かって手を動かしたあと、その右手はノートに落ちた。からだをゆらしながら目をつぶったまま、ノートにあやしげな線が引かれはじめた。ぐにゅぐにゅと引かれる線は、何やら妙な絵を描いている。

「はあ...」とため息をついて私の診察終了。黄色いノートには私の身体のシルエットらしい形が出来上がっていた。
「あなたはこれを飲みなさい」そういって、漢方薬の処方箋をもらった。(なんや、ただの医者だったのか?)

そうやってみんなの「診察」が終わってから、
「皆に、気を送ってしんぜよう」といった。


ニッポン人4人を全員立たせて、その向かいに立ち、はあ〜〜〜〜〜〜っと気を送ってくる(らしい)。
しばらくはなんて事なかったが、そのうち何となくからだが揺れはじめる。なんか恥ずかしくなって抵抗する。でもちょっとだけ動くままにさせていた。でもあんまり恥ずかしいものだから、ちらっと目を開けて、となりのダンナを見た。
すると、からだを前後左右に振りまくり、恥ずかしさなどどこ吹く風、ものすごく揺れまくっているダンナがそこにいた。

さて、その時からカメ仙人のダンナを見る目が変わってしまった。
「きみ!私といっしょに西安の山奥で修行をしようではないか!」肩を叩いてぐっと引き寄せられるダンナ。
「この人の超能力はすごい!ぜひ弟子にしたい!」とコーフン気味。

彼は年に1ヶ月間、西安の山奥に引きこもり、超人になる修行を積んでいるのだ。それにぜひダンナを連れて行きたいとだだをこねる。
彼は修行の一環として、毎朝一番に出る自分のおしっこを飲み干し、その気を養っている。これが一番いいらしい。そ、そんな所にうちのダンナをやっちゃっていいのか?

「だから、師匠はちょっといつもクサイネ〜」と、気功の先生は笑う。
でもそのお陰で額からはものすごい光がバッカーンと出ているらしい。私にはちっとも見えなかった。

「師匠、他の人の超能力はドオ?」と、気功の先生が、のこりの私らの能力を聞く。
「ふん。2番目はこの人」と、かあちゃんを指す。
「3番目は、この人」とHくんを指す。
一瞬、間があって、
「...です。」だと。

え〜っ?
するってえと、私は4番目にも入らんのか?
おついしょうでもいいから、せめて「4番目はこの人」と言ってほしかった...。


カメ仙人の執拗なまでの申し出を振りほどいて、帰路についた私たち。

後日、薬局で仙人の処方してくれた漢方薬を作ってもらって、ホテルで中身をあけてみる。
そこには、サソリ丸々一匹と、体長15センチはある巨大ムカデが、木っ端や枯れ葉(失礼!薬草)の間にひしなびて入っていた....。

おそるべし、中国4000年の歴史!

絵:諸葛孔明

2 件のコメント:

  1. "サソリ丸々一匹と、体長15センチはある巨大ムカデ"
    で、無事に通関できましたか???

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  2. あ、そーいや、ぜんぜん気がつかないまま、通関してました(笑)。
    その後、しばらく煎じて飲みました。ものすごい味でした。今でも覚えているくらい。で、一回分がすごい量なので、4分の1にして飲んでいましたが、途中で飽きてやめてしまいました。体調、なにもかわらなかったなあ....。

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