2008年10月17日金曜日
花咲か爺さん
父は、警察署に出勤する時、わざと真っ赤なアロハシャツを着ていくような、ちょっとすっとぼけたところがある。
私に話す警察の話と言えば、白バイで暴走族を全速力で追っかけていて、カーブを曲がりきれず、白バイをハデにひっくり返しちゃったこととか、海から引き上げられた車の中に、巨大なカニが2匹住んでいて、それを部下が美味しそうに食べていた話など、どれもへんな話ばかりである。その車の中には白骨化した死体が2体いたそうだ。その丸々と太ったカニの主食が何だったかは一目瞭然である。
「部長!これどうですか。めちゃくちゃうまいですよ」
「おまえ、よくそんなもの食えるなあ」といってやったという。
ウチにやってくる警察官はみんな面白い人ばかりで、いつもおかしなことを言って、私を笑わせる。『ピャッピャッ』とかいうあやしげなトランプ遊びも教えてもらった。お酒を飲んでバカ話をする彼らを見ていて、子供心に警察の人って変わっているなあ...と心のどこかで思っていた。今から思えば、日々のプレッシャーを切り抜けるための、彼らの知恵だったのだろうな。
そうかとおもうと、お中元やお歳暮の頃にウチにやってくる美味しそうな箱は、一度も開けられた事がない。「全部返すからそのままにしておけ」と厳しい。私へのしつけも相当厳しかった。
ある日、小学校で、「大きくなったらお家を継ぐ」という話しを聞いた。同級生のほとんどの家はお百姓さんか漁師だった。先生は「いいですか、みなさん。あなたたちが大きくなったら、お父さんのお仕事を継ぐんですよ」と言われた。私はその頃看護士になりたいと思っていたから、寝耳に水である。世の中にそんな決まり事があるのかとビックリした。
学校からの帰り、田んぼのあぜ道を辿りながら、私はじっと考えた。
「よし、お父さんの仕事を継ごう」
家に帰ってみんなで夕食を食べ終わってから、私は意を決して切り出した。
「お父さん。今日学校で教わったの。先生が言うには、みんな、大きくなったらお家を継がないといけないんだって。それで、私もお父さんのお仕事を継がないといけないんで、私、婦人警官になります」
一瞬、みんなの顔がかたまった。そして次の瞬間、吹き出すような笑い声が。
「アホか、おまえ。お父さんの仕事は稼業じゃないから、おまえ、べつに警察官にならんでもいいんだぞ。好きにしていいんだぞ」
母と父は、私の決死の覚悟を、あろうことか大声で笑い飛ばしてくれたのであった。
今思えば、父はあのとき、よくそういってくれたもんである。
あのとき、「よし、継げ」なんていわれてたら、このニッポンはアヤウイことになっていたかもしれん。私はこの世で最も警察という仕事に向かない、とてつもなくいいかげんな性格だったからだ。父と母は、私の特性をよく知っていたに違いない。
そんな父は今年の秋、叙勲をもらうこととなった。
私には何も言わない、彼だけのいろんな苦労があったに違いない。これはきっと神様からもらった彼への大きなプレゼントなのだ。
親孝行のちっとも出来ない私は、密かに心からお祝いするだけである。
「おめでとう。おとうさん」
絵:『花咲か爺さん』COOPけんぽ表紙掲載
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