2021年3月9日火曜日

母とズームで



60歳の誕生日。母に電話しようと思った。


「母ちゃん。あたし60歳になったよ。すごいよね。

あなたが私を産んでくれたあの日から60年も経った。ありがとね。かーちゃん」と。



去年の末ごろ、施設にズームが設置されると聞いた。ひょっとしたら、、と思いながら電話。

電話口では「まだ個人的には、、」というお話だったが、施設側が機転を利かせてくれて、母をパソコンの前に呼びズームで話ができた。


一昨年の11月に母を施設に送り出してから、一度も顔を見ていない。コロナの影響で母と会えることがかなわなかったので高知にも帰っていない。いったい彼女はどんな心持ちで過ごしているのだろう。ずっとそんな思いがよぎっては訂正し、よぎっては訂正しと、葛藤が続いていた。




私のパソコン画面に映った母の顔は笑っていた。


髪も染めていないし、化粧もしていない。

私と同じくらい白髪のシミだらけの母の顔はとても美しく見えた。

これまで母が化粧をしないことはなかった。すっぴんの彼女を見るのは、お風呂上がりの時ぐらい。それが全くしていない。こんなにたくさんの人々の中でいるのに。


彼女の中で何かが落ちたに違いない。

自然体で微笑む笑顔は、私をとても安心させてくれた。


「元気?」

「元気よ」

「どお?」

「みんな、よおしてくれる。親切。」

「よかった。なんかいるもんある?」

「お菓子」

「この間送ったやつね。どれが美味しかった?」

「全部」

「あはは。ほんなら、また全部送るね。文旦は?」

「美味しかった」

「ほな、文旦も」


「はがき、届いた?」

「え?はがき?ああ、前に送ってもらったやつね。うん届いたよ」

そこから話がなんとなく噛み合わなくなった。


「〇〇さんにね。送りやって言われて、送ったの」

「ああ。そうなの?ありがたいねえ」

「あんたが生まれてきた時、廊下であったことを書いたがよ」

「?」


ますます噛み合わなくなったけど、私が生まれてきた時の話をしている。その時の母の心持ちをとても嬉しそうに話してくれた。




母に時々送る荷物の中に、官製はがきを何枚か入れておいた。

施設では個人の電話は引けない。直接のやりとりはあまりできない。

字も絵も描けなくなってきた母に、

「なんでもええから気が向いたら、なんか書いて送って。欲しいもんでも書いてきて送って」

と、切手面に私の住所と名前、それから母の住所も書いて。


そのはがきが最近ちょこちょこ送られてくる。

最初のはがきは、何を書いてあるのかわからなかった。

しかし母にリハビリを教えにきてくれる〇〇さんによると、俳句だという。

そういわれれば、そう読めた(笑)

それは母の私への祈りの歌だった。美しい朝焼けとともに。

遠い昔、小さな私に俳句を教えてくれていた時代を思い出した。あれは幼稚園ぐらいの時だったか。


二番目のはがきは、だいたい読めた。

「だんだん字が上手くなってきたね。練習して、また書いて送ってや」




10分ぐらい話をさせてもらった。

ズームが終わった後、温かい想いがとくとくと泉のように溢れてきた。


ああ。なんて素敵なプレゼントをもらったんだろう。

60歳の生まれ変わりはこうやって起こるんだ。そう実感した。


その二時間後、ポストに母のはがきを見つける。


そこには私が生まれてきたときの、廊下での思いが綴られていた。


「三月八日

まどぎはのひざしつよく

ローカできく

うぶごえたかし、、、。

色々ありました。

ゆめのようです

おたん生日

お目出とう

母よりつくしへ

支えられて幸せです。」


読めた(笑)。

母は私の誕生日に合わせて、はがきを送ってくれていたのだ。


一昨年、施設に入る前の晩、母は私に言った。

「あたしはこれから幸せになる」

その宣言どおり、母は幸せになった。

彼女の言葉がそれを教えてくれていた。

私は何一つ心配することはなかったのだ。


午後、文旦を10キロ送った。

文旦は母の好物。私が彼女のお腹にいるとき、母は毎日近所の八百屋に文旦を買いに行った。つわりがひどすぎて、文旦しか食べられなかったそうな。彼女が来ると店の主人は「あんたが来るとうちの文旦が全部なくなる!」と恐れられていたという。

きっと彼女は全部一人でたいらげるだろう。


私の体は、たぶん文旦でできている。





4 件のコメント:

  1. つくしさん、お誕生日おめでとう‼とても素敵な誕生日になりましたね⁉お母さん、幸せでよかった!それを見てつくしさんも幸せになったね❣  なめちゃん

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  2. ソルティはかた2021年3月11日 12:40

    つくしさん、久しぶりです
    還暦、おめでとうございます。

    今回の話、楽しく読みました。
    いまコロナで介護施設への訪問が中止されているので、家族と会えず淋しがっている老人が多いのですが、ZOOM対話の効用をまざまざ感じました。

    ここ一年、体操教室など地域での集いの場が中止になったせいで、身体能力が低下したり、認知が進んだりと、いろいろな問題が出てきています。

    高齢者こそITを!の時代なのかもしれませんね。
    (もちろん、昔ながらの葉書や電話も良いですが)




     

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  3. ソルティさん、コメントありがとうございます。
    はい。おかげさまで還暦を迎えましたw

    現場でのお声が聞けて嬉しいです。
    老人こそITを!ですかw
    当たってるかも。
    新しいものは刺激になるかもしれません。

    ソルティさんもご苦労が絶えないでしょうが、
    お体大事になさってくださいね。

    ありがとうございます。

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  4. なめちゃん、ありがとう!
    ついにオババ突入です。(すでにオババかw)

    かーちゃんが幸せになって、私も幸せになる。
    んでそれを見て、かーちゃんが幸せになって、私も幸せになる。。。w
    幸せの連鎖だ!

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