2019年11月19日火曜日

聖地巡りの記憶その1



聖地巡り。

この言葉がまだここまでポピュラーでなかった頃、私はずっと聖地巡りをしていた。


大地にはところどころにエネルギーが凝縮しているところがあり、そこから出てくるエネルギーが人や自然に影響を及ぼしていると、どうしたわけか根拠もないのに真剣に信じていた。

私の中に、世界を放浪しながら大地を調節していく誰かのイメージがあり、その記憶を辿るように、聖地を探し求めていた。
どこが本物の聖地か、まだ知られていない聖地があるはずだと、あやしげな古い本など、ありとあらゆる本を読みあさり、地図を広げ、地形を調べ、その知識を増やしていった。


日本の神社仏閣は、その場所を知っており、その時代時代にそこに建てられたとおもわれるふしがある。弘法大師もじつはそれを知っていたと言う話しだ。
西洋ではおもに教会のある場所。あるいはある特定の山であったり、谷であったり、ときにはなんでもない場所であったり。あらぶる大地のエネルギーの調節に、人類の平和のために、そしてこの地球のバランスを保つために、その場所は守られなければならない大切な場所であった。


私はその聖地に無性に惹かれて、ダンナと一緒に、時には一人で、その場所をひたすら訊ねて歩いた。
ニューヨーク生活中、マンハッタンの中に、その近郊に、密かな聖地を見つけ浸った。聖なるものととつながったと言う感覚や、ふしぎなビジョンを見た時には、なんともいえない高揚感があり、至福の中でただただその時間を味わっていた。


そんな聖地巡りの中で、際立った記憶の場所がある。

それは出雲大社に出向いた時のこと。
大社の中に筑紫社という社があった。

余談だが、母が最初に私の名前につけた漢字は「筑紫」であった。しかしその当時当用漢字でないものは使えなかったので、父が役所から帰って来たら「築紫」と言う、ふしぎな誰も読めない漢字になったという笑い話がある。

話しを元にもどして、その社には大国主神の妻がまつられている。
私の名前の由来である国。なんともいえない縁を感じた。

出雲大社から帰る電車の中で、いきなりある存在を感じた。
それはさっきまでいた出雲大社の主、大国主神だった。
見たこともないのに、なぜわかるかって?それは理屈を飛び越えているのさー(笑)。

さて、左背後からやって来たその存在は、私を包み込み、あっというまに私とひとつになった。強烈なエクスタシーがやって来て「私は大国主神に愛されている!!!」というたしかな確信が、まわりの空気全部を包み込んで押し寄せて来た。

車窓から見える景色はすべて美しく、愛されている自分への愛おしさが絶頂感ハンパない。胸のドキドキが止まらない。ここまで恋愛感情が高まったことは、かつて人間様のとの中でもあっただろうか。さすがに神さま恋愛はすごい!

その強烈な大恋愛劇を味わうとなりで、
ダンナはうつらうつらと舟を漕いでいた。




アメリカのデスバレーに、ふしぎな場所がある。
「動く石」がある場所だ。

そこに行き着くにはでこぼこ道を四駆で走らないと行けない。
けれどもどうしても行きたい場所だった。
からだが壊れるかとおもうぐらいガンガンに車にゆさぶられながら行き着いた場所は、
ただただどこまでも続く、だだっ広い平らな茶色い大地と、
各々すきな方向に向かって転がる、謎の小さな「動く石」たちと、
その真ん中にぽつんと横たわる大きな岩があるだけの、
命の息吹ひとつ感じられない、本当に何もない世界だった。

私はここで「音のない世界」とはどんなものかを知った。

さて、続きはまたこんど。




絵:「インディアン」



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