2008年8月25日月曜日

イルカと銀河



そうはいっても(きのうの続き)、そうおいそれとは「監視人」をクビには出来ない。だって、知らず知らずに雇ってしまっていたのだから、本人がクビにしたつもりでも、知らない間にまた雇ってしまっているのかもしれないのだ。そうすると、勝手に「監視人」さんは居座って、あそこがいけないの、ここがいけないのと、またいちゃもんをつけてくる。
「ほらほら、朝はちゃんと起きなきゃイケナイでしょ。仕事はちゃんとしなきゃイケナイでしょ。遊び?ああ、遊びもあなたの義務の一つだから、ちゃんとこなさなきゃ、イケナイに決まってるじゃないの」口酸っぱくいってくる。
こういう存在を雇ってしまう原因は、「自分で自分が信用できない」からだ。オリンピックの選手たちは「自分を信じている」という。この自分を信じるという言葉、そうとう難しい。あそこまで練習に練習を重ね、追いつめた彼らだからこそ、言える言葉であって、フツーに生活している私にとって、いったいどこまで追いつめたら自分を信じれるのか?ああ、私もあんな風に「自分を信じている」と言ってみたい。でも信用できるところまで行かない限り、この監視人さんは、「わしは終身雇用じゃ」と、いつまでたっても居座ることになってしまうのだ。

なぜか。それはずっと同じ反応をくり返して来たからなのだ。根底に私には強烈な自己嫌悪がある。自分のやることなすことが気に入らないのだ。だからいちいち自分に文句を言い始めた。それがこの監視人を作ってしまった最大の原因。親にああしろこうしろと言われ、それが出来ないと怒られる。でも出来ない。だから自分がいやになる。そうしていちいち出来ないことを責めはじめるのだ。
私が集中していることは、「出来ないこと」なのかもしれない。ところが、出来ることはしらっとしている。出来て当たり前じゃん、と思っている。
日本人は叱って育てる。悪いところを直して育てる。だから私の幼児期のあり方も、他の家とたいして変わらないに違いない。するとみんなも多かれ少なかれ似たような気分を抱えているのかもしれない。だからひょっとしたら、日本人には「ちゃんとしなきゃ病」が蔓延している可能性もある。そうすると、出来ないこと、劣っていることばかりに集中して、自分を責めている人がいるのかもしれない。だからキレルのか?もしくは自分を追いつめて自殺するのか?

この星は「感情の星」だといわれている。今、色々な感情のほとばしりが世界にあふれている。それはすばらしいことだ。けれども反面、危険な感情にひっぱられもする。
私は自分の感情のクセというモノに気がついた。そのクセのせいで「監視人」なるものを作ってしまった。けれども、まずはこれに気がついたことをほめてあげよう。プラトンの学校の入り口には「汝自身を知れ」と書いてあったらしい。まさに私は自分の一端を見つけたのだ。きっとここから、本当の自分の旅が始まるに違いない。

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